<差動2段化>

FET/Tr差動ヘッドホンアンプ Version 4
FET/Tr Differential Headphone Amplifier



LEDと電源スイッチを分けるか(上)、LED内蔵のスイッチを使うか(下)・・・
2015年のゴールデンウィークの暇つぶしに作ったヘッドホンアンプです。元になった回路はトランジスタ式ミニワッターPart4です。そんなに何台も作ってどうするの?という気もします。ケースおよび構造部品はシンプルバージョンを潰して流用しました。Version3で十分な音が出ていますから、それを放り出して本機に乗り換える必要があるかどうか、そこのところも少々疑問です。しかし、まだ作り足りない、暇でしょうがない、することがなくてごろごろしていると家族に叱られる、という方は是非暇つぶしに作ってみてはいかかでしょうか。

冗談はさておき、このアンプは何年も前から温めていたものでして結構本気を出して設計しました。早々と作った方が多数いらっしゃるようで、V3より好みである、という声も多いです。

2017年6月に高域の歪みの改善の設計変更を行いました。基板スペースに余裕があるので、すでに製作されたものも容易に変更できます。


■はじめに

このヘッドホンアンプの前身は、トランジスタ式ミニワッターPart4です。トランジスタ式ミニワッターPart4は小出力のパワーアンプですが、改良に改良を重ねた結果、半導体アンプらしからぬ音を出すなかなか面白いアンプになりました。ヘッドホンを鳴らしてもなかなか良い音がするので、ヘッドホン専用アンプとしてアレンジしてみたのが本機です。トランジスタ式ミニワッターPart4にはヘッドホンジャックがついていますし、性能的にも不足はありませんから、Part4を持っている方はわざわざ本機を製作する必要はないかもしれません。

■FET差動ヘッドホンアンプVersion3との違い

FET差動ヘッドホンアンプはVersion1からVersion3まで、共通して「差動1段+ダイヤモンドバッファ」ですが、本機は「差動2段+SEPP」なので回路構成はかなり異なります。差動1段で得られる利得はあまり高くないため、FET差動ヘッドホンアンプVersion1〜3の負帰還量はあまり多くありません。本機では、差動2段とすることで利得は十分すぎるほど高くすることができたので、それらをすべて負帰還にまわしています。Version3が半導体アンプにしては少な目の負帰還で音をまとめたのに対して、Version4は多量の負帰還をかけた状態で音のチューニングを行った点に大きな違いがあります。もうひとつの違いは、FET差動ヘッドホンアンプVersion1〜3は出力と負荷との間にコンデンサが介在しますが、本機では出力側にはコンデンサがなくなったことです。そのかわり入力側にDCカットのコンデンサが追加になっています。このことが微妙にトーンキャラクタに影響を与えています。

■トランジスタ式ミニワッターPart4との違い

トランジスタ式ミニワッターPart4は4Ω〜8Ωの負荷を想定して設計しましたが、本機はヘッドホンが駆動できれば十分なので想定負荷インピーダンスは16Ω〜240Ωとしました。16Ω以下の負荷では電源電圧利用効率がかなり低下しますので、16Ωのヘッドホンなら無理なく大音量で鳴らすことはできても、8Ω〜16Ωのスピーカーを鳴らし切ることはできません。ヘッドホンを鳴らすのであれば最大出力は各負荷インピーダンスにおいて50mWも出れば十分ですので、本機の出力段はFET差動ヘッドホンアンプV3と同じ2SC3421/2SA1358を採用しています。電源回路の負担が軽くなったので、電源ON時の突入電流を制御するためのリレーは不要になりました。放熱器もいらなくなったので基板がコンパクトになりました。

■Version 4全回路

本機の回路およびブロック構成は以下の通りです。

2017.6.22に以下の改訂を行いました。
・2SA1015のベース〜コレクタ間コンデンサを1200pFから220pFに変更。
・負帰還抵抗(2.7kΩ)と並列に150pFを追加。


■回路の解説

基本回路はトランジスタ式ミニワッターPart4と同じなので、こちらを参照してください。→ トランジスタ式ミニワッターPart4

<初段>
初段は2SK170による差動回路で、ドレイン電流は1.65mAです。左側の2SK170には入力信号、右側の2SK170にはAC帰還とDC帰還の両方がかかっています。初段の利得は3倍程度しかありません。共通ソース側に入れた10Ωの半固定抵抗器はDCオフセットの調整用です。約16mVの調整能力しかないので、2SK170はかなり揃ったバイアス特性のペアでないと調整しきれません。

<2段目>
2段目は2SA1015-GRによる準差動回路です。共通エミッタ抵抗71.5Ω(82Ω//560Ω)の低抵抗ですから完全な差動動作はしませんが、それでもかなりの差動的動作をします。本機が低歪なのは2段目を準差動化したことによるものが大きいです。2段目の利得は200倍ほどあります。両方の2SA1015のベース〜コレクタ間に220pFの帰還容量を抱かせることで帯域を制限しています。

注目すべきは、回路図中の2SA1015の2個所のコレクタ負荷抵抗(910Ω)のコレクタ側の電圧です。右側は-0.9Vですが、左側は-0.9V±0.5Vとなっています。ヘッドホン出力端子のDCオフセットが0Vである限り、右側の電圧は必ず-0.9Vになり、これがゆらぐことはありません。しかし、電源電圧の変動や温度変化によって2段目のコレクタ電流の合計は常時変動します。そんな時、右側の2SA1015のコレクタ電流を一定値に保ためには、その変動を左側のコレクタ電流を変化させることで吸収するのです。

<出力段>
2SA1358/2SC3421によるごく標準的なSEPP-OTL回路です。ベースバイアスにはLEDを使いました。ここで使用するLEDは順電圧が約1.8Vのものが適します。1.8Vからトランジスタのベース〜エミッタ間電圧の1.2Vを引くと0.6Vが残ります。これを2個のエミッタ抵抗すなわち6.8Ω×2=13.6Ωで割って、0.6V÷13.6Ω=44mAが出力段のアイドリング電流になります。これくらいのアイドリング電流があれば、ほとんどの音量において純A級動作になります。出力トランジスタのコレクタ損失は300mW程度なので放熱器は不要です。出力段のエミッタ抵抗の値が十分に大きいので熱的な不安定さの懸念はありません。熱結合などの配慮も不要です。

SEPPを使ったパワーアンプのバイアス回路では、出力段トランジスタの熱暴走を防ぐために使用するダイオードの温度係数を出力段トランジスタのベース〜エミッタ間電圧に温度係数に合わせるという工夫をします。しかし本機ではエミッタ抵抗が6.8Ωと非常に大きな値であるため、バイアス回路に温度補償機能を持たせなくても全く問題はありません。ご参考までに、順電圧が1.8VくらいのLEDの順電圧の温度係数は約-1.8mV/℃であり、ベース〜エミッタ電圧1個分の温度補償機能を持っていますので、本機においてもトランジスタ1個分の温度補償は行われていることになります。

<負帰還回路>
2.7kΩと1.8kΩによるβ=0.4の負帰還定数を設定していますので、最終利得は2.5倍弱になります。220μFのアルミ電解コンデンサには過渡的に若干の±のDCがかかることがあります。電圧が0.5V以下であればアルミ電解コンデンサは無極性と割り切ることができます。

<電源回路>
DC15Vのスイッチング電源式のACアダプタを使います。電源電圧が15Vから離れると2段目の差動バランスが狂ってきますので、供給する電圧は15V±1V以内に収めてください。ACアダプタにはスイッチングノイズが大きいものもあるので、1mHのインダクタを入れてLCフィルタを構成しています。トランジスタのエミッタフォロワ回路を使って15Vをほぼ半々に分割した疑似±電源方式です。2SC2655のコレクタ電流は27mAですので、コレクタ損失は

27mA×7.3V=197mW

となり、270Ω1Wもほとんど同じ消費電力になりますからどちらもそこそこ熱くなります。この疑似±電源方式はトランジスタ式ミニワッターPart3で考案したもので、電源のON/OFF時の過渡電流を巧みに吸収してくれます。4個ある3.3Ωの抵抗は電源を左右に振り分けるためのもので、左右チャネルクロストーク特性の改善に貢献しています。

なお、電源回路のコンデンサ容量ですが、これ以上増やすとACアダプタの保護回路が働いて誤動作を引き起こします。増やしたい場合は、電流容量が大きいACアダプタを使うか、トランジスタ式ミニワッターPart4で採用したリレー回路(同じもので良い)を追加してください。LEDの駆動電流は、

(14.6V−1.8V)÷3kΩ=4.3mA

です。


■部品と製作

<製作>

製作手順は以下のようにしたらいいでしょう。

  1. ケースの加工準備・・・加工図面を作成あるいはコピーし、基板を実際に当てながら位置を確認しつつ、ケース部材に加工用のマークを入れます。

  2. ケースの加工・・・本機の加工は丸穴しかありませんので、ドリルに加えてテーパーリーマーあるいはステップドリルがあれば作業できます。基板の取り付けにサラビスを使う場合は、すり鉢状の追加工が必要です。すべて実際の部品を当てて大きさを確認しながら作業します。

  3. ユニバーサル基板・・・パターンのチェック・・・回路図と実際の配線のは見た感じがかなり異なるものです。人が作った基板パターンで製作する場合は、いきなり基板パターンを見て作るのではなく、どんな基板パターンなのなかを学習してください。基板パターンを追ってそこから回路図を起こしてみる方法をおすすめします。おそらく、回路図とは似ても似つかない場所に部品が配置されていてびっくりされるでしょう。基板パターンの間違いが発見されることもあります。考えているうちにもっと良い基板パターンが思いつくこともあります。ですから、基板パターンからの回路図の逆作成は必ずやってください。

  4. タカスのユニバーサル基板の使い方はこちらに重要な解説があります。ユニバーサル基板の一般的な使い方とは考え方が異なりますが、この基板パターンで製作する時に必要な知識であり、さまざまなメリットがあるので必ずお読みください。
  5. ユニバーサル基板・・・ジャンパー線の取り付け・・・ユニバーサル基板では、パターンをつなぐ線は銅箔がある下側に這わせるのが普通ですが、本機では上側を這わせています。こうすることで、実装密度を高められる、接触導通が良くなる、部品の交換が容易・・・といったメリットが出ます。ジャンパー線には細めの0.28mm径の銅線を使います。これを「コの字」型に折り曲げたものを基板の上から差し込んでからホチキスの針のように下側で折り曲げて固定します。最初にこの作業をやっておけば、あとは半導体やCR類は上から差し込んでどんどんハンダづけするだけで完成してしまいます。半導体やCR類は下側で折り曲げませんので、作業性が良いだけでなく、間違えた時の交換も非常に簡単です。

    小型のJFETとトランジスタは上からみた形状を書き入れてあります。パワートランジスタは印字面側に「↑」マーク側をつけてあります。ジャンパー線は、実線が0.28mmのむきだしの銅線、破線が0.18sqの絶縁があるビニル線です。(画像の基板は試作機なので、ところどころ最終版と異なっています)

  6. ユニバーサル基板・・・ジャンパー線のハンダづけ・・・ジャンパー線を通した穴には、ジャンパー線しか通さない穴と、ジャンパー線だけでなく同じ穴に後から半導体やCR類のリード線も同居する穴の2種類があります。ジャンパー線しか通さない穴は今のうちにハンダづけできます。

  7. ユニバーサル基板・・・アンプ部の半導体&CR類の取り付けと通電テスト・・・本機は実装密度がやや高く混みあっています。立てて取り付ける抵抗器は、一方が胴体でもう一方がリード線ですから場所の余裕を考えて向きを決めます。考えないで適当な向きに取りつけてゆくと部品と部品が当たって入らなくなります。部品はすべて表面が絶縁されているので接触しても問題ありませんが、熱くなる部品の実装には若干の注意がいります。

    ・ジャンパー線の忘れ物がないか念入りにチェックする。
    ・2SC3421と2SA1358・・・リード線を短くしすぎないで基板面から5mmくらい浮かせる。かなり熱を持つので他の部品に接触させない。
    ・2SA1015と2SC2655・・・リード線を長めにして基板や周囲の部品から離す。
    ・LED・・・リード線が長い側が+、短い側が-。うっかり切ってしまうとわからなくなる。
    ・270Ω1W・・・やや熱を持つので他の部品に接触させない。
    ・コンデンサ・・・アルミ電解コンデンサもフィルムコンデンサも熱に弱いので発熱部品と接触させない。
    ・抵抗器・・・熱に強いので気にしなくてよい。
    バイアス回路のLEDのダイオードの向きを1つでも間違えた状態で電源ONすると、パワートランジスタに大変な過電流が流れて壊れますのでしっかりチェックしてください。慎重を期する場合は、左右片チャネルごとに動作試験をしながら作業を進めるのがいいでしょう。

    基板裏側の「アース」と「ヘッドホン出力」との間にDCVレンジのテスターを当てて電源ONします。10秒以内に±0.01V以内に落ち着けばアンプ部はほぼ正常とみていいでしょう。念のために、プラスマイナス電源の電圧も確認して±7V前後を維持していることも確認します。2SC3421と2SA1358は300mW以上の電力を消費するので結構熱くなります。

    本機の出力段のアイドリング電流は、冷却スタート時で35〜50mA、十分に暖まった状態の安定動作時で40〜55mAです。各チャネルの出力段の両エミッタ間電圧を測定して13.6Ωで割ればアイドリング電流を求めることができます。私が製作したものでは0.62Vになりましたので、0.62V÷13.6Ω=46mAとなります。

  8. ユニバーサル基板・・・シャーシアース・ポイント・・・アースラインをどこでシャーシに落とすかは実装の都合で決めてください。本機では、基板の裏側でアースラインにアースラグをハンダづけし(右画像)、金属スペーサを通してケースと導通させました。そのため後面パネルとRCAジャックに間で導通するとアースループができてしまうのでRCAジャックの取り付けのところでは絶縁板を挟み込んでいます。

    RCAジャックを後面パネルにじかづけしてここでシャーシアースをとる場合は基板側のアース処理は不要ですし、この方が実装は楽だと思います。もうひとつの方法としては、ヘッドホンジャックのところで前面パネルと導通させる方法もあります。いずれの方法でもかまいません。

  9. パネル側のLEDの接着・・・LEDはエポキシ系の2液混合型のボンドでパネルに接着します。ボンドはたっぷりつけてLEDをしっかりと固定します。LEDの足は長さが違っていて長い方が+です。足を同じ長さに切ってしまうとどちらが+かわからなくなりますので、切る時も長さを違えて切るようにします。

  10. 動作確認と調整・・・すべての配線が完了したら、動作確認試験を行います。アンプ部の単体試験はすでに済んでいますから、組み上げた状態でも同じ結果が出るかどうか確認します。調整前の状態でのDCオフセットは10mV以内に収まっていると思いますので、この段階で音出しが可能です。

    DCVレンジにセットしたテスターでヘッドホン出力側の電圧を監視しながら、基板の温度が上昇して安定する様子を確かめつつ、半固定抵抗器をまわしてヘッドホン出力の電圧がゼロV近くになるように調整します。2SA1358/2SC3421の熱が基板を伝わって2個の2SK170の温度を変化させますが、それにともなってDCオフセットので電圧はすこしずつ流動します。ケース内の気流の影響も大きいので、この調整はケースの蓋を閉めた状態を維持して行ってください。最終的なDCオフセットが3mV以内であればOKです。

全体のレイアウトは以下の画像を参考にしてください。なお、既存のアンプのケースおよび構造部品を流用したため、線材の色がデタラメですので真似しないでください。

画像をクリックすると大きくなります。

<ケースとアースの導通に関するご注意>

タカチのHENシリーズは、上下ケースと前後パネルの4つで構成されています。上下の2つのケースは表面がアルマイト加工された凹凸を合わせるだけなので導通しません。前後2枚のパネルは、2個ずつのビスで上下の2つのケースと接触します。上下の2つのケースにはネジ穴が切ってあるので、ビスとケースは導通します。問題は、ビスと前後パネルの導通です。前後パネルのサラネジのすり鉢状の穴はアルマイト加工されているので、ビスをゆるく締めただけでは導通しません。ビスが前後パネルの穴をこするようにしてきつく締めるとようやくアルマイトが削れて導通してくれます。8個すべてのビスをきつくこすりつけて導通させないと、上下ケースと前後パネルの4つすべてが互いに導通してくれません。

ケースを組み立てたら、アンプのアースラインと上下ケースと前後パネルの4つが互いに導通しているかテスターで確認してください。アルマイト加工された表面にテスターを当てても導通しませんので、ボリュームシャフトやボリュームを取り付けているナット、電源スイッチの金属部分、前後や底面のネジの頭などで確認したらいいでしょう。


<部品について>

抵抗器は電源の270Ω1W以外はすべて1/4Wタイプで足ります。精度は5%級のカーボン抵抗器で十分ですが頒布では1%級の金属皮膜抵抗器です。なお、残留雑音は金属皮膜抵抗器の方が若干少なくなります。

DCオフセット調整用の半固定ボリュームは比較的入手しやすいBOURNSの25回転タイプです。

音量調整ボリュームは、当サイトではおなじみALPS製のRK27型50kΩAタイプ2連です。このボリュームは出来のよさの割には廉価で、なんといってもステレオで使用した時の左右の音量のアンバランス(ギャングエラーという)が非常に少なく、信頼性も高いという特徴があります。左右のギャングエラーのリスクがありますが、150円〜300円くらいで売られている廉価なものでもOKです。左右のギャングエラーを自力で修正するにはこちらのページ(http://www.op316.com/tubes/tips/tips21.htm)を参考にしてください。

コンデンサはいずれも通常タイプのものを使用しています。オーディオグレードのアルミ電解コンデンサは概してかさばるので基板に乗らない可能性が高いのと、音に個性が出すぎる傾向があります。位相補正の220pFおよび150pFはフィルムコンデンサまたは積層セラミックコンデンサを使うことになります。積層セラミックコンデンサの一般品は印加する電圧によって容量が変動してしまうので、容量の電圧依存がないタイプのもの(ムラタ製ではCHタイプ)を使ってください。

インダクタは、470μH〜2.2mHくらいのもので許容電流が0.3A以上あれば十分です。基板上のスペースには余裕がありますから、少々形状が異なっても十分に実装できます。

初段で使う2SK170はBLランク、GRランクともに問題なく使えます。10Ωの半固定抵抗器でDCオフセットを解消するためにはバイアス特性が揃ったペアが必要です。暫定的にはIDSSが精密に揃ったものを選別すればなんとか実用になります。当サイトではバイアス電圧で精密にペア取りしたものを頒布しています。自力で同等の選別をするには専用の器具が必要です。作り方はこちら(http://www.op316.com/tubes/toy-box/tester2.htm

2段目の2SA1015はGRランクを使いましたがYランクでも問題なく使えます。2SA1015はGRランクでもhFEが高いものはほとんどなく、YランクもGRランクもあまり変わらないからです。むしろhFEが高すぎると裸利得が大きくなってしまい位相補正が難しくなります。2SA1015以外のトランジスタを使う場合はhFEが高すぎないもの(300以下)を推奨します。

出力段の2SA13582SC3421はhFEが高い方が有利なのでYランクを指定します。バイアス回路が安定していて出力段トランジスタのばらつきの影響を受けないので、0.3Wのコレクタ損失に耐えるものであればTTA008B/TTC015Bなど2SA1358/2SC3421以外のトランジスタも使えます。

電源回路の2SC2655は、hFEが140〜180くらいのものがベストですが、この値からはみ出していてもさしたる問題にはなりません。2SC2655以外で使えそうなのは、2SC22362SC34212SC3422あたりです。ここで使用するトランジスタは音に関係ありません。

出力段のバイアス回路には順電圧=1.8V〜1.85VのLEDを使いました。赤色や橙色や黄色のものなら順電圧は大概1.8V〜1.85Vに収まっています。白色や青色のものは順電圧がかなり違うので使えません。

下図は、本機で使用したJFETおよびトランジスタの接続です。いずれも、印字面を手前にした状態あるいは下から見た図です。上からではありませんので間違えないでください。2SK170は、回路図でいうと、上からドレイン(D)、ゲート(G)、ソース(S)の順ですが、実物は左からドレイン(D)、ゲート(G)、ソース(S)の順です。おなじみ2SK30とは左右が逆ですので注意してください。トランジスタは回路図で矢印がついているのがエミッタ(E)、横に出ているのがベース(B)、斜めに出ているのがコレクタ(C)ですが、実物は左からエミッタ(E)、コレクタ(C)、ベース(B)です。

JFETやトランジスタの足の配置図は、下から見た(bottom view)順序で表記されています。はじめてトランジスタで自作する方はよく上から見た図と思って配線してしまいますのでご注意ください。2SK170は、印字面に向かって「D-G-S」、2SA1015/2SC2655/2SA1358/2SC3421すべて印字面に向かって「E-C-B」の順です。

2SK170 2SA1015 / 2SC2655 2SA1358 / 2SC3421

ユニバーサル基板はタカス製のIC-301-72です。

ヘッドホン・ジャックはスリーブ(アース)側が絶縁されていて取り付けた時にパネルと導通しないタイプを使用しました。導通するタイプを使用する場合は、ここがシャーシアースポイントになりますので、他のポイントではアースがシャーシと導通しないようにしてください。

ヘッドホン・プラグ/ジャックの結線は下図のとおりです。先端をTipと呼んで「左チャネル」、真ん中をRingと呼び「右チャネル」、根元がSleeveで「アース(共通)」です。Top-Ring-Sleeve構造のプラグ/ジャックのことを略して「TRS」とも呼びます(画像出典:Behringer社)。ジャック側の端子の配線は部品によってまちまちなので、実物を見て、テスターで導通をみて判断してください。お持ちのヘッドホンをジャックに差し込み、Ωレンジにしたテスターで端子を触るとジリジリとノイズが聞こえますから、それで左右を判断したらいいでしょう。

電源スイッチは、LED内臓のロッカースイッチでも、穴あけ加工が容易なトグルスイッチとLEDの組み合わせでもかまいません。このあたりの部品選定は全く趣味の世界ですので、製作にあたっては好みで決めてください。使用したLEDは通常品とは異なった形状で先が丸くない筒状のものです。通常品はチカッと光りますがこれはつや消しなので全体がいい感じで光ります。スタンレー製で3889Sシリーズといいます。2年以上前に製造中止となってしまいましたが、手持ちがありますので希望される方にはお分けします。部品頒布ページからどうぞ。

ケースは、タカチ製HEN110320S(pdfカタログ)を使用しました。サイズ(外形)は、幅11.15cm、高さ3.25cm、奥行き20cmです。秋葉原では、奥澤エスエス無線で購入できます(いずれも地方発送あり)。タカチからのメーカー直送なので早いです。

ACアダプタ秋月電子のDC15V/0.8A〜1.2Aタイプ(750円くらい)です。きわめて廉価ですがスイッチングノイズが非常に低く、特性的にも申し分のないものです。これに適合するDCジャックは外径5.5mm/内径2.1mmの標準タイプです。なお、小型のものは電源ON時の過渡電流で正常な電圧が出なくてしばらくLEDが点滅を繰り返すものもあります。

部品頒布(はんぷ)全般についてはこちら(http://www.op316.com/tubes/buhin/buhin.htm)です。


■基本動作テスト

各部の電圧は回路図中に記載してありますが、代表的なものは以下の通りです。回路が正常に動作しているかどうかは、各部の電圧が設計どおりであるかで大体わかります。

  1. 左右共通部分の±電源の電圧(対アース)=±7.1〜7.5V
  2. 左右各チャネルのプラス側の電源電圧(対アース)=+6.8〜7.2V
  3. 左右各チャネルのマイナス側の電源電圧(対アース)=-6.8〜7.2V
  4. 初段2SK170の共通ソース電圧(対アース)=0.16V〜0.33V
  5. ヘッドホン出力の電圧(対アース)<±3mV・・・・要調整。
  6. 出力段無信号時電流(6.8Ω+6.8Ωの両端電圧を測って13.6で割る)0.62V±0.1V÷13.6Ω=40〜55mA
プラスマイナス電源の電圧はほぼ半々になるように設計してありますが、2.2kΩと2.7kΩのばらつき、2SC2655のhFEのばらつき、2SC2655のベース〜エミッタ間電圧の温度変化によって比率が変動します。条件次第で必ずしも正確に半々になるわけではありませんが、それでアンプの性能が損なわれることはありません。電源の電圧をプラスマイナスで精密に同じに揃えるのは無意味です。

冒頭の回路図を見ていただくと、このキモとなる箇所の電圧はすべて記載されています。そして、異常な電圧が現われた場合、そのほとんどは部品の異常ではなく配線の不良(し忘れ、半田がちゃんとのってない)です。そしてもう一つの可能性は購入した(とりつけた)抵抗器の値の間違いです。本機のような低圧回路の場合、耐圧破壊の可能性はほとんどなく、また、電源回路に1mHや3.3Ωがあるため少々の回路ショート事故が起きてもトランジスタが破壊することは希です。部品を疑う前に、ご自分の作業を疑いましょう。


■利得の調整

本機の利得は2.5倍です。利得は、2個の負帰還抵抗の値で以下の式によって決定されます。

利得=1+(2.7kΩ÷1.8kΩ)=2.5倍
実際の利得も上記の計算とほとんど一致しました。利得が高すぎると感じた場合は、2.7kΩを1.8kΩまで減らしてください。回路の安定上の理由からこれ以下に減らすことはおすすめしません。利得が足りないと感じた場合は、1.8kΩを1kΩ〜1.5kΩの範囲で減らしてください。

■特性

残留雑音ですが、利得=2.5倍の時で約11μVです(帯域80kHz)から、1V出力に対して約100dBのS/N比を得ており、あいかわらずの静粛性を誇ります。本機は、電源ON時に若干のポップノイズが出ますが、耳障りなほどではないので何の対策もしていません。この種のポップノイズがヘッドホンを痛めることは全くありません。

周波数特性は以下のとおり。黒い線は2段目のベース〜コレクタ間コンデンサを1200pFとした初期の設計のもので、これを220pFに変更しただけの状態が水色の線、負帰還抵抗(2.7kΩ)と並列に150pFを追加したのが青い線でこれが最終版です。

歪み率特性は、Version3と比べるとノイズレベルはほぼ同等、100Hz〜1kHzにおける歪みは1/10以下で格段に低歪みになっています。しかし、10kHzにおいて歪みがかなり増えてしまいました。この問題はトランジスタ式ミニワッターにおいても同じ現象が生じたため改修を行うことにしました(参考記事はこちら)。

左:1kHzにおける負荷インピーダンス別の歪率特性
中:初版の100Hz、1kHz、10kHzの歪率特性(68Ω負荷)
右:改修後の100Hz、1kHz、10kHzの歪率特性(68Ω負荷)

初版において10kHzの歪みが多くなってしまった背景を探るために、出力を1V一定にした状態で周波数帯域の中でどんな変化が生じているのか調べてみたのが下のデータです。1kHzあたりから周波数が高くなるほど歪みが増えています。この原因は2段目のベース〜コレクタ間コンデンサ(1200pF)によって生じたミラー効果による直線性の低下です。ベース〜コレクタ間コンデンサを220pFまで減らすことで可聴帯域におけるミラー効果の影響が少なくなり、歪率特性がかなり改善されています。


■レビュー

ブラインドで聞いてVersion3とVersion4を正確に聞き分けられるかというと、それは微妙かもしれません。Version4でまず気が付いたのは中低域〜超低域がよく制御されているという感じです。完成直後に私があるプロの音響エンジニア氏に送ったコメントには「キックのキレが良い」と書いてあります。比較的新しい録音のフュージョンやロックを聞くとその特徴がわかりやすいと思います。クラシックでは、チェロソナタやコントラバスを1本入れた室内楽がわかりやすいでしょう。制動が効いた音が好みの方にはVersion3よりもこちらがおすすめです。

本機は40dB以上の強度な負帰還をかけています。負帰還をかけると音が引っ込む、平板になる、面白くなくなるとよく言われますが、そういう印象を持っている方は一度このアンプの音を聞いてみてください。音にしっかりとした存在感があり前に出ます。負帰還の弱点が出ないで良い面が出てくれました。負帰還がうまくかかるとこういう音になる、という見本のようなアンプになったのではないかと思います。

* * *

2017年6月に高域における歪みの増加を解消するための改訂を行ったわけですが、その効果はかなりはっきりと現れました。基板パターンを変更することなくコンデンサの交換&追加だけで改修できますので、機会がありましたら是非トライしてください。


■製作例

ちょっと面白い製作例をご紹介します。下の画像にはタムラのTpAsタイプのトランスが見えます。(詳しい記事はこちらにあります。)

タムラのライントランスには10kΩ:7kΩというのが大小何種類かあります。右図はTpAs-3Sの実測データですが、2次側に約8kΩの負荷を与えるとちょうどいい感じの周波数特性になります。測定時のソース側の出力インピーダンスは50Ωです。

そこで、このヘッドホンアンプの入力のところにTpAs-3Sを追加し、トランス式のバランス入力にアレンジしたわけです。入力インピーダンスは10kΩ程度と低めなのでソース機材を選びますし3dB程度の減衰が生じますが、プロ機材がソースであればむしろ都合が良いくらいで何の問題もありません。

これを製作したのは某FM放送局の技術部ですが、非常に具合がいいらしくVersion3も含めて中継などの放送業務の現場で活躍しているそうです。



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