Mini Watters
高域歪みの改善と旧バージョンの改修方法
このレポートは、トランジスタ式ミニワッターPart4/5において共通してみられる高域における歪みの増加についての解析と解決策です。記事はPart5(19V版)をベースに書いてありますが、Part4(15V版)およびPart5(15V版)についても同様です。

<まず現象から>

下の2つのグラフは、トランジスタ式ミニワッターPart2(左)とトランジスタ式ミニワッターPart3(右)の歪率特性です。100Hzと1kHzと10kHzの3つの周波数はほぼ重なっています。厳密には10kHzの歪みがわずかに多いですが、周波数によって歪みの大きさは変わらずほぼ一定と言えそうです。

Part2→ ←Part3

今度はトランジスタ式ミニワッターPart5(19V版)の歪率特性を見てください。100Hzと1kHzはきれいに重なっていますが、10kHzだけは突出して歪みが多いです。異なるパワートランジスタを使った2台を比較していますが、10kHzにおける歪みの増え方は共通しています。この結果は15V版のトランジスタ式ミニワッターPart5でも同じです。

2SA1869/2SC4935→ ←2SB1375/2SD2012

3つのポイントだけでは様子がわからないので、上記の2台のPart5(19V版)について周波数帯域全体ではどうなっているのかを調べてみました。出力は0.5Wで一定として、8Ω負荷での測定結果がこれです。歪みが最も少ないのは100Hz〜1kHzの帯域で、2kHzから上では徐々に増加していることがわかります。100Hzと1kHzがきれいに重なったのは、ある意味たまたまそうなっただけと言えそうです。


<Part2とPart3とPart5はどこが違うのか>

下図はPart2、Part3、Part5(19V)の2段目の増幅機能のエッセンスを抜き出したものに、初段の負荷を書き足したものです。Part3、Part5(19V)は回路が上下逆さまになっていたり差動回路になっていたりしますが、増幅作用の基本は全く同じです。

Part2を例にして説明します。先頭の1.1kΩは初段のコレクタ抵抗で、これは初段の負荷の一部を構成します。2段目のトランジスタは2SC4408で、コレクタ電流は30mA、hFEは220、エミッタ側に2.2Ωが入れてあります。hFEは常温時はもう少し低いですし個体差がありますが、動作中は温度が上昇するのでその影響を考慮して220としてあります。コレクタ負荷は180Ωに加えて出力段の入力インピーダンス(ざっと見積もって1.36kΩ)が重なります。ベース〜コレクタ間にコンデンサが2つ書き入れてあります。220pFは実装したものですが、16pFは2SC4408の内部容量(Cob)の概算値です。2SC4408のCobはベース〜コレクタ間電圧が6Vの時に14pFですが、本機の動作では6V弱なので若干増加します※。これらの条件から求めた利得は51.8倍です。利得の求め方は、私のアンプ設計マニュアルの半導体技術編に解説があります。

※トランジスタのCobは、ベース〜コレクタ間電圧に反比例的に直線的に変化する性質があります。


<入力容量の違い→ミラー効果>

3つの回路で注目すべきはベース〜コレクタ間容量と利得です。エミッタ接地増幅回路では、その利得の大きさに応じてベース〜コレクタ間容量が入力容量に影響を与えます。そのような現象をミラー効果と言いますが、自分で設計する方ならばミラー効果の意味がよくご存知だと思います。ミラー効果とは、増幅作用の結果実際に存在するよりも大きな容量があるように見える現象で、その大きさはベース〜コレクタ間容量の「利得+1倍」になります。Part2とPart3の利得が低いのはエミッタ側に2.2Ωが入れてあるためです。Part2とPart3では、この2.2Ωを省略すると最大振幅時に寄生発振が生じます。

以下に、Part2、Part3、Part5の入力容量の違いをまとめてみました。

Part2Part3Part5(15V)Part5(19V)
ベース〜コレクタ間容量220pF+16pF=316pF390pF+27pF=417pF560pF+26pF=586pF560pF+40pF=600pF
利得51.8倍51.6倍218.5倍285倍
入力容量0.0125μF0.0219μF0.129μF0.171μF

Part5の入力容量がダントツに大きいことがわかります。この入力容量は初段の負荷になるため、値が大きいとある周波数から上で初段利得が低下し歪みも増えます。それぞれの場合の入力容量がどれくらいのリアクタンスになるかを計算してみましょう。

Part2Part3Part5(15V)Part5(19V)
入力容量0.0125μF0.0219μF0.129μF0.171μF
100Hz127kΩ72.6kΩ12.4kΩ9.3kΩ
1kHz12.7kΩ7.26kΩ1.24kΩ930Ω
10kHz1.27kΩ726Ω124Ω93Ω

Part5では、入力容量が大きくなったために初段の負荷が非常に重くなっていることがわかります。設計時に「少々無理をさせたかな」というくらいの意識はあったのですが、これほど重い負荷になっていることには思い至りませんでした。設計のツメが甘かったです。どれくらいの周波数から上で影響が出るのかもう少し詳しく解析してみます。

Part2Part3Part5(15V)Part5(19V)
入力容量0.0125μF0.0219μF0.129μF0.171μF
前段負荷(1)1.1kΩ470Ω910Ω1kΩ
2段目入力インピーダンス(2)675Ω1.14kΩ321Ω173Ω
(1)と(2)の合成値(3)418Ω333Ω237Ω147Ω
入力容量と(3)で決まる時定位数30.5kHz21.8kHz5.2kHz6.3kHz


<問題解決の方向>

2段目の入力容量を小さくする方法はいくつかありますが、最も効果的なのはベース〜コレクタ間に入れたコンデンサ容量を小さくすることです。しかし、当初の設計では560pFという値は高域の安定を確保するために必要です。390pF以下にすると高域での安定が損なわれはじめ、やがてピークが生じます。単純に小さくしただけでは高域特性がおかしくなります。

それはそれとしてベース〜コレクタ間に入れるコンデンサ容量を、220pF、150pF、100pFと減らしてみました。150pFで十分な効果が出始めて、100pFで10kHzの歪みはかなり減らすことができました。100pFにした時の入力容量は0.04μFくらいです。

Part5(19V)旧版Part5(19V)改訂版
ベース〜コレクタ間容量560pF+40pF=600pF100pF+40pF=140pF
利得285倍285倍
入力容量0.171μF0.04μF

どれくらいの周波数から上で影響が出るのかは、入力容量と回路インピーダンスから求めることができます。計算上は、6.3kHzだったものが27kHzになりました。

Part5(19V)旧版Part5(19V)改訂版
入力容量0.171μF0.04μF
前段負荷(1)1kΩ1kΩ
2段目入力インピーダンス(2)173Ω173Ω
(1)と(2)の合成値(3)147Ω147Ω
入力容量と(3)で決まる時定位数6.3kHz27kHz

Part5(19V)版の最終的なチューニングは、負帰還抵抗(13kΩ)と並列にコンデンサを抱かせることで行いました。出力トランジスタの種類によって異なる結果が出たため、ケースを分けてのチューニングとなりました。

高域側の減衰カーブをどう仕上げるのかは、アンプ設計のノウハウにひとつと言われています。この耳に聞こえない帯域のカーブの形状によって音のニュアンスが変わってきます。下のグラフでは、黒線が560pFの時のもので、青と水色が100pFにした状態のものです。負帰還抵抗(13kΩ)と並列に入れるコンデンサ容量によってかなり変化します。最終的に、2SA1869/2SC4935の時は22pF(左側、青い線)、2SB1375/2SD2012の時は33pF(右側、水色の線)としました。

周波数vs歪率の最終的な結果は下のグラフの通りです。0.5W出力時に、14Hz〜30kHzの帯域で歪率がどうなるかを表したものです。細い線が560pFの時のもので、太い線が改訂版の特性です。


<旧版の基板の改修方法>

用意するもの:

・100pFコンデンサ×4個。
・22pFまたは33pFコンデンサ×2個。
Part5(15V)・・・出力トランジスタは2SA1869/2SC4935、2SA1359/2SC3422いずれの場合も33pFです。
Part5(19V)・・・出力トランジスタが2SA1869/2SC4935の場合は22pF、2SB1385/2SD2012の場合は33pFです。
(積層セラミックコンデンサを使う場合は印加する電圧によって容量が変動しないCHタイプあるはNPOタイプを使います。フィルムコンデンサやマイカコンデンサであれば容量変動の心配はありません。)
・ハンダ吸い取りリボン。

作業1:コンデンサの交換

旧版の470pFまたは560pF×4個をすべて100pFに交換します。
基板を裏側にしてハンダを除去します。
きれいに除去できたならばコンデンサは容易に抜き取れます。
同じ場所に100pFを取り付ければ完了。

作業2:コンデンサの追加

負帰還抵抗(13kΩ)と並列に22pFまたは33pFを追加します。
基板上はこのコンデンサを追加できるスペースはありませんので、裏側で立体配線で取り付けます。
まず、13kΩを固定しているハンダを穴が見えるくらいまできれいに除去します(下の画像)。

次に、取り付けやすくフォーミングしたコンデンサ(22pFまたは33pF)を13kΩの足にハンダでチョン付けして固定します(左下の画像)。
ハンダを追加して接触を確実にしつつ形を整えます(右下の画像)。

(上の画像の基板は、試験のために何度もハンダづけと撤去を繰り返したのでかなり汚れています))


<効果>

多くの方が、改善効果を実感できるだろうと思います。
落ち着き感が増しつつ、音場のスケールが大きくなりました。
物理的な変化が生じたのは中高域ですが、耳で聞くと高域が変化した、きれいになったという感じではなく、中低域を含む全帯域にわたって落ち着いた心地よさが増したように思います。


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