私のアンプ設計マニュアル / 雑学編
18.シングルかプッシュプルか

単発機と双発機

プロペラ飛行機には、単発機と双発機とがあります(もちろん、3発機や4発機やそれ以上のもありますが)。単発機は、1つのプロペラを1つの向きに回転させるために、いろいろと厄介な問題を抱えています。回転するプロペラの反動で、ボディが反対の向きに回ろうとします。そのために、旋回性能が左右でずいぶん違ってきますし、地上滑走中は、飛行機が勝手に向きを変えようとするのを抑えるために、頻繁に舵を一方に切らなければなりません。そういった左右の不釣合いを少しでも解消するために、単発機の中には、左右の主翼の長さを違えているものもあります・・・だからといってすべてが解決するわけではありませんが。

双発機になると、2つのプロペラをお互いに反対の向きに回転させて、プロペラの反動を打ち消すことができるので、単発機で生じたような厄介な問題から開放されます。そのかわり、2つあるプロペラの回転数の同期の問題が生じたり、そもそも1機の値段が高くなってしまいますが、エンジンの数が2倍になっている分、大きな機体と多くの負荷を載せることができます。


シングル回路

真空管も、トランジスタも、その入出力特性は宿命的にリニアではありません。直線性ということばがありますが、増幅素子に関していえば、曲線性と言った方がいいくらいに入出力特性はいいかげんなところがあります。それを、騙し騙し、あたかもリニアであるかのごとくに使っているのがオーディオアンプだと言っていいと思います。シングル回路は、単発機にたとえることができます。増幅素子の非直線性を騙しながら、なんとか、乗り心地の良い安定した飛行を行っている単発機です。しかし、エコノミーさ、回路の簡単さを考えると、シングル回路にかなうものはありません。

シングル回路の欠点が表面化するのは、ひとつには、非常に大きな出力電圧(あるいは電力)を取り出そうとした時です。シングル動作ではA級動作しかできませんが、A級動作では無信号時でも一定以上のプレート電流を流し続けなければなりません。そのため、最大出力の理論値は、無信号時に出力管に流したプレート電流値と負荷インピーダンスの関係で決定されてしまい、しかも出力管のプレート損失の50%が上限になってしまうからです。プレート損失の定格が20Wの出力管からは、10W以上のパワーを取り出すことはできません。

真空管の非直線性による歪みは、出力電圧にほぼ比例するという特性があります。出力電圧が小さければ、歪みはどんどん小さくなって、実用上、ほとんど無視できるレベルまで低減されます。プリアンプでは、それぞれの電圧増幅段において扱われる信号電圧は数mVから高くても数V程度ですから、真空管電圧増幅回路の一般的な最大出力電圧の1/10以下が普通です。しかし、メインアンプでは、出力段においては、めいっぱいの動作を行いますから、中出力から最大出力においてどうしても真空管の非直線性による歪みが露呈しやすくなります。

さらにもうひとつ、メインアンプ特有の大きな問題が出力トランスの直流磁化です。出力トランスのコアが磁化されると、低い周波数における伝達特性が著しく劣化しします。シングル回路では、出力トランスの1次巻線電流による磁化は不可避ともいえる問題です。直流を流さない手法もないわけではありませんが、さまざまな欠点なり副作用があるためにいまだ一般的ではありません。

そのために、シングル用出力トランスは、同じ電力を扱えるプッシュプル用出力トランスに比べて相当に大型になります。なおかつ、1次インダクタンスは、プッシュプル用の出力トランスに比べて著しく低い値しか得られないため、超低域特性に関してはかなり苦しい特性しか得られません。実際、シングルアンプで得られる超低域の信号波形は、はなから崩れてしまっている、といっても過言ではありません。シングルアンプとプッシュプルアンプの音の違いは、超低域において最も顕著に現われます。

判官贔屓という言葉があります。人間は、やや不利な立場にある者をあえて応援したがる、という性を持っています。シングルアンプは、どこか判官贔屓の心をくすぐるところがないわけではありません。プッシュプル回路の方が性能がいいのはあたりまえ、シングル回路で工夫し、あれこれ考えるのが面白い、という意見は説得性があります。いや、アンプの自作をやると、かなり多くの人がこの気持ちに囚われます。私もその一人です。


プッシュプル回路

プッシュプル回路は、双発機にたとえることができます。互いに反対方向に回転する2つのプロペラのおかげで、増幅素子の非直線性がかなりうまい具合に打ち消され、あるいは互いに補い合いながら、滑らかでパワフルな飛行性能を実現した双発機です。しかし、エンジンを2つ搭載した分、コストがアップし、回路が複雑になってしまいました。

プッシュプル回路では、真空管の非直線性による歪みは出力電圧にほぼ比例する・・・そのために低歪みにならない、という問題からかなり開放されます。しかも、出力管を2本投入できるプッシュプルアンプでは最大出力も容易に大きくできるため、同じ出力における歪みで比較すると、より一層プッシュプルアンプの方が有利になってしまうのです。さらに、プッシュプル回路では、A級だけでなく、無信号時のプレート電流が少なくてすむAB級〜B級動作が可能です。そのため、出力管のプレート損失の割に、大きな出力を取り出すことがあるのです。

しかし、プッシュプルアンプにおける最大のメリットは、出力トランスの直流磁化がない、という点につきると思います。そのために、シングルアンプに比べて圧倒的に小型の出力トランスで同じかそれ以上の性能を得ることができ、ことに超低域特性に至っては比較にならないくらい上質の伝達特性が得られます。

20W以上の大出力を望むと、シングル回路ではもう無理で、プッシュプル回路を選択せざるを得なくなります。10W程度でも、シングル回路ではかなり大掛かりなものになりがちです。それに比べると、プッシュプル回路では難なく10W以上の出力を得ることができます。では、5W程度の出力の場合、プッシュプル回路は意味がないでしょうか。私は、1W程度のミニパワー・アンプであっても、プッシュプル回路を採用することに多いに意味があると思います。1W程度のパワーのシングルアンプでは、おそらく、ほとんどの人が小型の出力トランスを使うと思いますが、そうなるといよいよ低域特性はプアになってしまいます。ところが、プッシュプル用の出力トランスでは、数百グラムの小型トランスであっても、大型シングル用出力トランスに負けない優れた低域特性が得られてしまうのです。

プッシュプル回路の問題点は、部品の多くがシングルの時の2倍必要である点と、位相反転回路が必要であることでしょう。位相反転精度や質を問わなければ、実にさまざまな名回路、珍回路が知られていますが、高い精度で高品質の位相反転を行おうとすると、使える回路はほんのわずかしかありません。そこで、割り切りが必要になってきます。すなわち、精度と質にこだわるか、だいたいのところで手を打って遊ぶか、この2つです。

本章の話題からちょっと脱線しますが、自作オーディオというものは、所詮、ちょっと実用性のあるおもちゃだと割り切った方が賢明だと思うのです。誰かと競争してどこかの企業への納入争いをするわけではありませんし、1台理想アンプを仕上げて一生それしか使わない、というものでもなさそうだということです。だとすれば、その時の好き嫌いで決めたらいいことなのです。位相反転方式について、1ヶ月以内に調査の上報告せよ、を言われているひとは(たぶん)いないと思います。


蓼食う虫

世間では、「シングルアンプは2次歪みが多く発生するので、耳に心地よい響きがする」「プッシュプルアンプは音が平板である」等々、たくさんのありがたいアドバイスに涙の出る思いがしますが、私は、趣味で真空管オーディオを弄ぶ限りは、どちらでもいいではないか、と思っています。蓼食う虫も好き好きです。ちなみに、道端によく茂っている蓼という植物は、酸っぱ辛い味がしてとても食べられませんが、そんな植物にも好んでつく虫がいる、というくらいの意味です。

「蓼」は、さまざまな真空管であり、さまざまな回路方式です。「虫」は当然我々のこと。おそらく、シングルアンプの方がちょっと酸っぱさが強いかもしれない、しかし、プッシュプルアンプにだって怪しい回路方式はいくらでもあります。

もし、「蓼」はいやだから「薔薇」か「蘭」が欲しい、とおっしゃるのなら道は2つあります。一流の花屋できれいに咲いたのを買ってくるか、さもなくば、徹底的に勉強してご自身の力で素晴らしい薔薇や蘭を育てあげる技術を身につけることです。自分の家の庭に誰もが認める素晴らしい薔薇園を作るというのは、本屋でノウハウ本を買ってきたくらいでは無理というものです。おそらくは、何年も努力を重ね、勉強し、失敗し、人に教えられるくらいの経験が必要でしょう。趣味とは、そういうものだと思います。流行に乗って一時的に手を染めるような趣のない手合いは、趣味とは言いません。

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