私のアンプ設計マニュアル / 半導体技術編
トランジスタ増幅回路その15 (差動増幅回路)

差動増幅回路の基本形

差動増幅回路は真空管時代から存在しましたがラジオやオーディオ回路として使われることはほとんどありませんでした。そして初期のトランジスタ回路においても差動増幅回路はほとんど見ることはありませんでした。差動増幅回路が再登場して広く使われるようになるのは1970年以降のことです※。その鏑矢となったのがONKYOが1969年に発表したプリメインアンプ「インテグラ725」でその回路を見た時の衝撃は忘れることはないでしょう。差動増幅回路の復活とともにオーディオ回路は設計の自由度が格段にアップしました。

※真空管プッシュプルアンプの位相反転回路として知られるミュラード型位相反転回路は差動増幅回路そのものですが、何故かこれを差動増幅回路と呼ぶ人はほとんどいません。

右図は差動増幅回路の基本回路です。特性が同じ2つのトランジスタ(Tr1、Tr2)のエミッタ同士を繋いだ増幅回路で、共通エミッタ側は定電流回路または高抵抗回路にして2つのトランジスタの電流の合計を一定に保つのが基本です。この基本構造は、トランジスタからFETや真空管に置き換わっても変わりません。

差動増幅回路は、2つのベースの電圧差(Vin1−Vin2)を増幅します。2つのトランジスタのコレクタ電流の合計は一定値(IO)に縛られるため、一方のコレクタ電流が増加すると反対側のコレクタ電流はシーソーのように減少します。そのためA倍に増幅された出力は、両方のコレクタに正確に同じ振幅かつ逆相で得られます。

但し、正確なシーソー動作となるためには共通エミッタ側は完全な定電流特性である必要があります。入力信号に応じて共通エミッタの電位が変動するため、定電流回路を抵抗器で置き換えた場合はその変動の影響を受けます。

この回路は、一対のエミッタ共通回路と考えることもできるし、一方のトランジスタをエミッタ・フォロワ(コレクタ共通回路)、反対側のトランジスタをエミッタ入力回路(ベース共通回路)と考えることもできます。どちらで考えても誤りではないので結果は同じになります。

差動動作は極めて高速で広帯域であること、わずかな差も検出してくれること、トランジスタの非直線性が打ち消されることで低歪みが得られることなど、電子的にもオーディオ的にも優れた特性を持っています。


利得の考え方

差動増幅回路は利得の計算で混乱しやすい側面があります。利得の計算は基本的にエミッタ共通増幅回路と同じなので、通常のエミッタ共通増幅回路の利得計算と結果的に同じになることが多いですが、2つのエミッタが直列になっていることと、コレクタ負荷抵抗が2つあり、さらに入力と出力ともに2つずつあるという重要な違いがありますのでそこのところをよく理解しておく必要があります。

<差動増幅回路は2つの素子の直列回路>
差動増幅回路の共通エミッタ(あるいはソース、カソード)は接地されるどころか交流的には絶縁・フロートしています。一方が逆さまになっている2つの増幅素子が直列になって一体となっあたかも一つの増幅素子として動作していると考えるとわかりやすいかもしれません。

<普通のエミッタ共通増幅回路では>
この時、一方の増幅素子について利得を考えてみましょう。トランジスタを使った差動増幅回路でコレクタ電流が1mA、コレクタ負荷抵抗が3.3kΩだとします。通常のエミッタ共通回路でしたら利得は以下のようになります。

利得=4.7kΩ÷(26Ω÷1mA)=180倍
この計算はエミッタが交流的に接地されている時には成り立ちますが、差動増幅回路ではエミッタは接地されておらず、そこにはもう一方のトランジスタのエミッタがあります。このもう一方のトランジスタのエミッタの存在はどんな影響を与えるのでしょうか。

<差動増幅回路では>
その様子を表したのが右図です。差動増幅回路の右半分をエミッタフォロワと考えて、ここにエミッタフォロワの出力インピーダンスが存在すると考えるとわかりやすいです。ちなみに1mAのコレクタ電流を流したエミッタフォロワ回路の出力インピーダンスは26Ωです。先ほどの利得の計算式にを書き直すとこのようになります。

利得=4.7kΩ÷((26Ω×2)÷1mA)=90倍
差動増幅回路の左側だけを考えると利得は普通のエミッタ共通増幅回路の半分になってしまうわけですが、よく見ると右側のコレクタにも同じ振幅の出力が現れています。左側の出力と右側の出力は互いに位相が逆ですから両方合わせると出力は180mVになります。回路全体としてみると180倍の利得が得られていることがわかります。

差動増幅回路の使い方として、2つある出力の両方を使う場合と、片側の出力しか使わない場合とがあります。片側の出力だけを使う場合は利得が半減することを計算に入れて設計する必要があります。この方式を採用しているのは「FET差動ヘッドホンアンプ」と「真空管/FET差動プリアンプ」です。

<差動増幅回路の2つの入力に同相信号を入れたら>
今度は差動増幅回路の左右両方に位相が同じ信号を入れてみます。本章の冒頭に書かれている「差動増幅回路は、2つのベースの電圧差(Vin1−Vin2)を増幅します」という説明を思い出してください。同相信号は差がありませんから差動増幅回路の増幅の対象にはなりません。

両方のトランジスタのベースをプラスに振ってもマイナスに振っても、エミッタ側に定電流回路がある限りコレクタ電流は変化しませんし差も生じません。エミッタ側が高抵抗の場合は、相対的に振幅が大きければコレクタ電流はある程度変化しますが利得は1倍を超えることはなく、数分の1あるいは数十分の1程度にとどまりますから出力に信号が現れる場合でもその大きさは非常に小さいです。そして2つのコレクタ電流に差は生じませんから両コレクタ間に現れる信号はゼロです。

2つの入力に同相信号を入力しても出力がゼロになる、このような性質のことを「同相除去」と言って差動増幅回路の重要な機能の一つとされています。「同相除去比/CMMR※」が高い回路ほど外来ノイズの影響を受けにくいからです。OPアンプも非常に高い同相除去能力を持っています。

※同相除去比:CMMR=Common Mode Rejection Ratio。

<差動増幅回路の2つの入力に逆相信号を入れたら>
1つの入力あたり1mVの逆相信号を両方に入力した場合は、その差は2mVになります。片側に1mVを入力した時の2倍ありますから、2つの出力からは180mVずつが得られます。

<2つの入力に差があることが重要>
差動増幅回路が優れているのは、2つの入力の内訳がどのような比率になっていようとも、常にその差だけをとらえて増幅するところにあります。1つの入力を使って2つの逆相出力を得れば位相反転回路となり、2つの入力に逆相信号を入力して2つの逆相出力を得れば平衡増幅器になります。

オーディオアンプでは、差動増幅回路のこの性質をうまく利用して、一方の入力にソースからのオーディオ信号を入力し、反対側には出力からの負帰還信号を入力してその差分を取り出し、歪みやノイズを打消すことで物理特性の改善をはかっているわけです。

2つの入力の電圧の差を検出して増幅するという機能は、DC領域でも大きな役割を果たします。OPアンプや半導体パワーアンプの出力端子のDC電圧が安定して0Vを保っているいるのも差動回路のおかげです。


差動増幅回路の機能

差動増幅回路はじつにさまざまな場面で使われますが、オーディオ回路ではもっぱら初段で使われます。OPアンプの初段は差動増幅回路なしでは成り立たないですし、今日では初段が差動増幅回路でないオーディオ回路を見つけることの方が難しいくらいです。オーディオアンプの初段の差動増幅回路には3つの重要な役割があります。右図は当サイトの「FET/Tr差動ヘッドホンアンプ Version4」の回路図です。これを教材にして説明します。

(1)入力信号を増幅する
ヘッドホン・アンプに入力された信号は初段の差動増幅回路の左側のFETのゲートに入ってきます。この入力信号は増幅されて2つのドレインから出力されます。

(2)入力信号と出力信号を比較する
ヘッドホンを駆動する出力信号は、負帰還回路を経て差動増幅回路の右側のFETのゲートにも入ってきます。この時、入力信号と出力信号の比較が行われてその差だけが初段の差動増幅回路の出力になります。入力信号は歪んでいませんがヘッドホン・アンプを通った出力信号は歪が生じています。初段の差動増幅回路は、入力信号と出力信号を比較することで歪み成分だけを検出して入力信号に加えているのです。こうすることで歪が打ち消されます。これが負帰還の効果です。差動増幅回路の2つの入力の差を増幅するという性質が上手く活かされているわけです。

(3)2つの入力のどちらに信号を入力しても出力は変わらない
差動増幅回路は2つの入力の差を増幅しますので、2つの入力のどちらか一方だけに入力しても、両方に入力しても、2つの出力から得られる信号は変わることがなく常に同じ振幅で位相が逆の信号が出力されます。この性質を利用したのが位相反転回路です。

(4)逆相を出力する・・・位相反転機能
差動増幅回路の2つの出力の位相が逆になるのは宿命的なものです。オーディオ回路では、逆相で得られる2つの出力を積極的に使う回路と、片側の出力だけを使う回路とがあります。

(5)DC電圧の差を検出する
初段の差動増幅回路をDC的にみると、左側のFETのゲートは560kΩを介してアース電位が与えられています。右側のFETのゲートは2.7kΩを介してヘッドホン出力の電位が与えられています。初段の差動増幅回路は、ヘッドホン出力に生じるDCオフセット電圧も検出し監視しています。DCオフセット電圧が生じると、負帰還のメカニズムによって自動的に修正されます。

オーディオアンプ以外にもDC電圧の差を検出する仕組みが必要な回路はたくさんあります。安定化電源回路では基準電圧との比較回路で使われますし、さまざまなサーボ回路やリレーを駆動するロジックでも使われます。

(6)地味に回路全体のDC安定を高める
2段目も差動増幅回路の形をしていますが、初段ほど積極的かつ重要な役割は担っていません。しかし、2段目を差動増幅回路にするかしないかでアンプ全体のDC安定や温度安定にかなりの違いが生じます。2段目が差動増幅回路でない場合は、2段目の増幅素子の温度特性の変化が初段差動増幅回路のDCバランスを狂わせますが、差動増幅回路にすると温度特性の影響を打ち消すことができるのです。


差動増幅回路の直線性と歪み

差動増幅回路は構造的に偶数次高調波(歪み)はすべて打ち消されてしまうので発生しません。そのため負帰還に頼らなくてもそれなりにそこそこの 低歪み特性が得られます。発生するのは比較的大振幅で目立ち始める奇数次高調波(歪)だけです。


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