私のアンプ設計マニュアル / 周辺技術編
6.トランジスタ増幅回路の基礎その2 (SEPP回路)

SEPP回路とは

SEPP回路の"SEPP"とは、"Single Ended Push-Pull"の略です。OTL(Output Trans Less)とセットにして"SEPP-OTL"回路といわれることも多いです。トランジスタは真空管に比べて流せる(取り出せる)電流がずっと大きいため、出力トランスを使わなくても(つまりOTL方式で)4〜16Ωのスピーカを直結したアンプを作ることができます。トランジスタを使ってメインアンプを設計する時に、もっとも基本となるのがSEPPと呼ばれるプッシュプル回路です。

トランジスタを使ったSEPP回路は、旧来の真空管出力回路と比べて以下のような特徴・長所を持っています。

  1. 低電圧で動作する・・・わずか35Vの電源電圧があれば10W(8Ω)が得られ、100Vあれば100W(8Ω)が得られる。
  2. 出力トランスが不要である。
  3. エネルギー効率が良い・・・少ない発熱量で大出力アンプが可能。
  4. アンプとスピーカのインピーダンス・マッチングが不要。
  5. 容易に広帯域、低歪み率が得られる。
  6. 容易に高ダンピング・ファクタが得られる。
  7. 総合的にみてきわめて廉価。
この特徴・長所は、従来型の出力回路を駆逐するのに十分でした。私も、中学生の時、友人が作った手のひらに載る大きさの基板のアンプが20Wの出力があると聞いて呆然となったものです。SEPP回路1970年代に一気に普及し、その基本型あるいは応用型として21世紀の今も出力回路の王者として君臨しています。OPアンプの出力部でも今もあたりまえのようにSEPP回路が使われています。

SEPP回路の例

まずは、SEPP回路を使った例として簡単なヘッドホン・アンプを見てみましょう(下図の回路)。回路の左半分は2SK170を使ったごく普通のシングル電圧増幅回路です。電源電圧約9V、ドレイン負荷抵抗1.3kΩ、ドレイン電流2mAで半導体回路にしては古典的な自己バイアス(ソース抵抗82Ω)で動作させています。この部分だけであれば利得約20倍、出力インピーダンス約1.3kΩ(ドレイン負荷抵抗値とほぼ同じになる)の1段増幅回路です。このままの状態でドレイン(出力)側からゲート(入力)側に局部帰還をかければ、真空管増幅回路におけるP-G帰還と同じになって、手頃な利得のラインアンプになります。

しかし、このままではインピーダンスが数十Ω程度のヘッドホンを駆動することはできません。そこでSEPP回路の出番となります。2SK170とヘッドホン出力端子の間に割り込んでいる上下2つのトランジスタ(2SC2644と2SA1020)がSEPP回路です。この回路は、スピーカを鳴らすには力不足ですが、ヘッドホンであればかなりの大音量で鳴らすことができます。


SEPP回路の動作原理

SEPP回路の基本構成は右図のとおりです。極性の異なる(NPNとPNP)2つのトランジスタと2つの電源を使って負荷(この場合は70Ωのヘッドホン)を駆動します。なお、説明を簡素化するためにバイアス等についての回路条件は省略しています。

(1)入力信号がない時、2つのトランジスタ(Q1、Q2)のコレクタ電流は0mAです。ここに実効値1Vの正弦波信号を入力してみます。実効値1Vの正弦波ということは、ピーク〜ピーク値では±1.414Vの振幅になります。

プラス側の半サイクルの正弦波信号がはいるとQ1のみONになってコレクタ電流が流れ、そのコレクタ電流はQ2には流れてゆかずにすべて負荷の中を流れます。プラス側の半サイクルの最大値は+1.414Vですが、この電圧はほとんどそのまま出力側に現れますので、70Ω負荷に流れる信号電流の最大値は1.414V÷70Ω=約20mAになります。マイナス側の半サイクルになると、Q2のみがONになってピーク値が約-20mAのコレクタ電流が流れ、負荷の両端には-20mA×70Ω=約-1.4Vの電圧が生じます。このような動作の時の出力は、P=E*E/R=1V×1V÷70Ω=14mWです。14mWのパワーというと、ヘッドホンをかなりの音量で鳴らすことができます。

このような動作では、2つのトランジスタは、信号のサイクルの片側でしかONになりませんから、B級プッシュプルということになります。

(2)今度はQ1、Q2に対し無信号時に常時10mAのコレクタ電流が流れているような設定にしてみます。右の回路中、3つのダイオードおよび2つのエミッタ抵抗(RE)は10mAのアイドリング電流を得るためのバイアスの仕組みです。但し、以下の説明をわかりやすくするために、動作の解析ではバイアス回路の存在と影響は無視することにします。

さて、プラスの半サイクルの正弦波信号が入力されるとQ1のコレクタ電流は増加し、Q2のコレクタ電流は同じだけ減少するような動きをします。入力信号がプラスの半サイクルの時の最大値(+1.414V)になった時、Q1のコレクタ電流は10mAから20mAに増加し、同時にQ2のコレクタ電流は10mAから0mAに減少します。ということは、70Ωの負荷からみると都合20mAの電流を得たことになり、前述のB級動作の時と同様に70Ω負荷の両端には実効値で1V(ピーク値で±1.414V)の電圧が生じます。これがA級プッシュプルの動作です。

これまでのところを表にまとめると、以下のようになります。

SEPP(B級動作) SEPP(A級動作)
Q1 Q2 70Ω負荷に流れる信号電流 Q1 Q2 70Ω負荷に流れる信号電流
プラスの半サイクル +20mA 0mA +20mA +20mA 0mA +20mA
無信号時 0mA 0mA 0mA +10mA -10mA 0mA
マイナスの半サイクル 0mA -20mA -20mA 0mA -20mA -20mA


バイアス回路

無信号時における <工事中>
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