私のアンプ設計マニュアル / 基礎・応用編
電圧増幅回路の設計と計算その4 (カスコード回路)
電圧増幅管を2つ重ねた回路方式には2つのものが知られています。1つは、前章でご紹介した「SRPP回路」です。もう1つは、カスコード回路と呼ばれているもので、そもそもは高周波増幅のために開発された「カスコード回路」です。カスコード回路は、直線性は劣りますが、超高域が圧倒的に優れているため、増幅における広帯域化とともに、オーディオ回路においても時々みられるようになってきました。


下側管の動作

右図は、6FQ7を使った典型的なカスコード増幅回路の例です。まず、下側管の動作について考えてみます。

下側管のプレートは、上側管のカソードにじかに接続されています。そして、上側管のグリッドは、270kΩと100kΩの2つの抵抗による分流回路によって、常に一定電位(68V)になるように固定されており、さらにコンデンサ(0.47μ)によって交流的にアースされています。上側管のグリッド電位が固定されているために、同管のカソードの電位もほとんど一定電位(70V)になってしまいます。すなわち、下側管は、プレート電圧が常に(ほぼ)一定となるような制約を受けます。

そういう条件下で下側管のグリッドに信号が入力されると、下側管は、プレート電圧が(ほぼ)一定に固定されたままで、プレート電流だけが変化するようになります。

右図中の赤い線が、その様子を表わしています。動作の起点は、Ep=70V、Ip=2mAでその時のバイアスは、Rg1=-2Vです。プレート電圧が(ほぼ)一定のままで、プレート電流だけが変化するために、動作は赤線上を動くことになります。バイアスが、Eg1=-1V〜-2V〜-3Vの範囲で変動すると、プレート電流は、Ip=3.8mA〜2mA〜0.6mAの範囲で変動します。

厳密にはプレート電圧は70V一定ではありません。下側管からみた上側管のカソード側の内部抵抗はゼロではないからです。実際、プレート電流が変化すると、上側管のバイアスも変化します。しかし、近似的にはプレート電圧はほとんど一定だと割り切って考えても不都合がないでしょう。

ところで、バイアスの変化率とプレート電流の変化率の関係は、gmで表わされます。この下側管からみた上側管のカソード側の内部抵抗は、おおむね、1/gmで表現されます。gm=2の電圧増幅管のカソード側からみた内部抵抗は、1/2(kΩ)=0.5kΩになります。右図中の赤い線がわずかに傾いているのは、70V、2mAのポイントを通るような0.5kΩのロードラインを引いているからです。

しかし、一般的には、カソード側からみた内部抵抗のことは忘れて、プレート電圧=一定、とみなして設計されることが多いようです。


全体の動作

今度は、カスコード回路全体の動作について考えてみます。

カスコード回路では、上側管の動作は、もっぱら下側管に支配されます。下側管によって決定されたプレート電流は、そのまま上側管のプレート電流となって現われ、プレート負荷抵抗に電圧を生じます。従って、カスコード回路ではSRPP回路と同様、上側管の個性はほとんど失われます。その様子を表わしたのが、右図です。

カスコード回路をあたかも1本の真空管であるように考えると、右図のようなEp-Ip特性を持った球のように見えます。

下側管のプレート電圧分(この場合は70V)は、常にリザーブされてしまいますので、右図上では、グラフの起点を70V分だけずらしています。上側管について、Eg1=0Vのライン(黒い線)から左側の領域も使うことができません。

プレート電流は、上側管のプレート電圧に関係なく、下側管のバイアスだけで決定されます。これを、Ep-Ip特性に置き換えてグラフにすると、右図の赤い線のようになります。これはまさに、5極管の特性とそっくりです。事実、カスコード回路は、さまざまな点で5極管と同じ特徴を持ちます。2本の3極管で、1本の5極管を作った、と言ってもいいでしょう。

この、疑似5極管に、電源電圧250Vから30kΩのロードラインを引いてみました(青い線)。動作の起点となるプレート電流は2mAでしたから、Ip=2mAのポイントをロードライン上に求めると、Ep=190Vが得られました。

この回路では、バイアスが、Eg1=-1V〜-2V〜-3Vの範囲で変動すると、プレート電圧は、Ep=136V〜190V〜230Vの範囲で変動することが読み取れます。すなわち、回路利得は、(230V-136V)÷(3V-1V)=47(倍)になります。上側管の内部抵抗は無限大となってしまうため、出力インピーダンスはプレート負荷抵抗と同じ30kΩになります。

最大出力電圧は、ロードラインからもわかるように、せいぜい100Vp-p、すなわち、35Vr.m.sがいいところでしょう。カスコード回路は電源利用効率があまり良くないのです。


ミラー効果

何故、カスコード回路が高周波用途で多用されたかという理由は、その高周波特性の良さにあります。オーディオ回路においても、超高域特性は、負帰還をかけた際のアンプの安定性や、総合的な帯域特性に大きな影響を及ぼします。

超高域特性を決定づける最大の要素は、増幅回路における入力容量の大きさです。真空管では、グリッド〜カソード間の容量(Cg-k)、グリッド〜プレート間の容量(Cg-p)が特に重要です。前段の出力インピーダンスと、次段の入力容量の大きさで、高域の伝達特性が決定されてしまいます。

ところで、入力容量は、

入力容量 = Cg-k + Cg-p×(利得+1)

で求めることができます(「低域の設計・高域の設計」参照)。特に、Cg-pの値が大きいとてきめんに入力容量に響きますが、3極管は5極管に比べてCg-pが著しく大きいという欠点があります。ちなみに、「×(利得+1)」の部分を「ミラー効果」といいます。ところが、カスコード回路では、下側管のプレートに出力信号が現われないため、入力容量を求める式は、

入力容量 = Cg-k + Cg-p

になります。「ミラー効果」の部分がなくなるため、入力容量は格段に小さくなるのです。

ただし、入力容量が小さいことによるメリットは、前段の出力インピーダンスがある程度大きい場合に限られ、たとえば、前段が、出力インピーダンスの低いプリアンプであるような場合では、カスコード回路としたことによる意義はなくなってしまいます。


カスコード回路の得失

通常の3極管増幅回路が、もっぱら「μ」によって利得を得るのに対して、5極管増幅回路やカスコード回路は、「gm」によって利得を得ています。3極管の「μ」は、非常に安定していて、直線性の良い増幅作用が得やすいのに対して、「gm」は、ばらつきが生じやすく、しかも直線性に劣ります。「gm」によって利得を得ているカスコード回路では、利得のばらつきと歪みの増加に注意しなければなりません。

もうひとつ、カスコード回路は、下側管のプレート電圧分だけ電源電圧が犠牲になるため、電源利用効率が低下するので他の増幅回路と比較して得られる最大出力電圧が低めになります。また、油断すると出力インピーダンスも高くなりますので注意してください。

入力容量のちいささについてはすでに述べましたが、良い点がもうひとつあります。それは、下側にgmの高い3極管を使い、プレート電流を多めに流してやると、非常に高い利得を得ることができるという点です。ただし、高gm管は、そのgm値に非常に大きなばらつきがありますので、利得のばらつきとなって跳ね返ってくることも覚悟する必要があります。

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