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■■■トランス式USB DACのチューニング手順■■■
Simple DAC using Line Transformer

工事中

トランス式DACは、シンプルな構成と簡単な製作手順で魅力的なDACを構成できますが、未知のトランスを使いこなすには少々手の込んだ解析とチューニングをしなければなりません。いくつかのトランスについてはどんな定数を設定すれば実用的な結果が得られるかのデータをこちらの記事で公開しましたが、これに漏れたトランスを使いたい場合、どうやってチューニングしたらいいかについて説明します。


■TI PCM2704と秋月電子のDACキット(AKI.DAC-U2704)

本機の母体となる秋月電子の廉価なDACキット「AKI.DAC-U2704」についてはこちらのページ(http://www.op316.com/tubes/lpcd/aki-dac.htm)を参照してください。

◆基礎知識編◆

■DACとして使えるトランスとは

トランス式DACは、素のキットのままでは粗い音しかしないAKI.DACを、トランスを使って簡単に高音質なもの化けさせるところに意味があります。うまくゆけばハイエンドのCDプレーヤをしのぐ音が得ることができますが、そのためには優れたトランスを使わなければなりません。トランス式DACに適するトランスは、業務機器で使われる放送局グレードやレコーディング機器グレードのものにほぼ限定されます。

トランス式DACのトランスの役割は2つあります。1つめは、AKI.DACの低い出力信号レベル(約0.62V at 0dBFS)を1.5〜3倍ほど昇圧する役割です。トランスは10〜20%くらいのロスがあるので、昇圧比(巻き線比)は1:2〜1:4くらいが必要です。2つめは、AKI.DACでは取りきれていないデジタルノイズをカットする役割です。カットしたいデジタルノイズの帯域は22kHzから1MHzくらいに分布しています。従って、あまり広帯域のトランスは適しません。数十kHzから上がカットされているものがベストです。トランス内で1次巻き線から2次巻き線にノイズが直接飛びついてしまわないためには、2つの巻き線の間に静電シールドがついているものが効果的です。

AKI.DACで使われているPCM2704のアナログ出力が無理なく動作するためには、あまり低いインピーダンスの負荷をかけられません。望ましい負荷インピーダンスは300Ω以上です。300Ω以下でも動作させることは可能ですが、低くなるほど歪みが増加します。PCM2704からみると負荷インピーダンスは高い方が都合がいいのですが、高すぎると今度はDACの出力インピーダンスが高くなりすぎて実用性が損なわれます。


■インピーダンス比と巻き線比

トランスの巻き線比とは、コアに巻いてあるコイルの巻き数の比です。トランスの1次側に入力した電圧と2次側に生じる電圧は、巻き数比と同じ比率になります。巻き数比は1:2のトランスの1次側に0.6Vを入力すると、2次側には1.2Vが生じます。このトランスの1次インピーダンスが600Ωである場合、2次インピーダンスは1.2kΩではなくて2.4kΩになります。

インピーダンス比=巻き線比の自乗
という関係があります。ですから、トランス式DACでよく使われるインピーダンス比が600Ω:10kΩのトランスの巻き線比は1:16.7ではなく1:4.08です。このことをよく理解しておかないと失敗します。

注意:オークションの出品者の半数はインピーダンス比=巻き線比(昇圧比)と思い込んで誤った解説をつけています。


■トランスの磁気飽和とコアサイズ

トランスが伝送できる電力には限界があります。簡単に言うと、トランスのコイルに流す電流が大きくなってある限界値を超えると磁気飽和を起こし、磁気飽和が生じるとインダクタンスはどんどん低下しやがてついにはコイルとしての働きがなくなります。インダクタンスが低下するということは、特に低域において特性が極端に低下するということであり、ないものはないので回路に組み込んで負帰還をかけてもどうにもならない種類の性質です。磁気飽和の限界はトランスのコアサイズで決まります。同じ電力であれば、大きいトランスの方が低い周波数まで伝送できます。同じ周波数であれば、大きいトランスの方が大きな電力を伝送できます。

トランスの飽和特性を含んだ周波数特性グラフは見方が特別です。上のグラフの中央のトランスで説明します。10Hzから上はフラットに見えますからこのトランスは10Hz以上ならばちゃんと音が出ると思ったらそれは間違いです。飽和に近づいたトランスは波形をまともに伝送できず激しく歪みます。100Hzですでに歪は増加しはじめ、50Hzではかなり歪んでいて、20Hzでは波形が崩れます。普通のフィルタ特性のように波形は形をとどめながらレスポンスだけ減衰するというのとは違います。ですから、10Hzまで再生できると思ってはいけません。

今度は、伝送する電力で何が変わるかについて説明します。AKI.DACから出力されるアナログ信号の最大値は約0.63Vです。この信号を同じコアサイズで、1次インピーダンス=150ΩのトランスAと、1次インピーダンス=600ΩのトランスBで受けた場合の違いを計算してみましょう。

トランスAの場合の電力=(0.63V×0.63V)÷150Ω=2.65mW
トランスBの場合の電力=(0.63V×0.63V)÷600Ω=0.66mW
トランスAの電力はトランスBよりも4倍大きいですね。ということは、同じコアボリュームのトランスだったとするとトランスAの方が早くに磁気飽和を起こします。1次インピーダンスが低いトランスの場合はより大きなコアボリュームのものを選ばないと早くに磁気飽和の限界にぶつかって十分な低域特性が得られないということです。下のデータはTpAsサイズの場合ですがご覧のとおりです。小さいTpAsサイズを150Ωで使うとこんなことになってしまいますが、ひと回り大きいTDサイズやTKサイズならば150Ωでも10Hzから落ち始めるようなことはありません。


■巻き線のDCR(直流抵抗)と実際の昇圧比

コイルにはすくなからず直流抵抗が存在します。トランスの低域側の帯域特性を良くするには1次巻き線に高いインダクタンスが必要ですが、高いインダクタンスを得るためにはより多くの回数を巻かなければなりません。巻き線にためのスペースの制約があるため、多く巻くためには線が細くなります。そのため低域特性が良いトランスの1次巻き線のDCRはどうしても高くなります。1次側の巻き数を増やすと、それに応じて2次側の巻き数も増やさなければなりません。DCRが妙に小さいトランスは巻き数が少ない、すならち1次インダクタンスが小さいため低域側の帯域が狭くなります。ロスが少ないなんて言って喜んでいる場合ではないのです。

手元にある2つトランスのDCRを測定してみたところ、以下のとおりでした。

TD-1(600Ω:600Ω)・・・・1次側=45Ω、2次側=46Ω
TK-20(600Ω:10kΩ)・・・・1次側=42Ω、2次側=870Ω
TD-1の巻き線比は1:1で、インピーダンス比も1:1です。負荷側からみると45Ω+46Ωが直列になるので、600Ω/(600Ω+45Ω+46Ω)=0.868倍のロスが生じるため、昇圧比は1:0.868となります。

TK-20の巻き線比は1:4.08で、インピーダンス比は1:16.67です。負荷側からみると(42Ω×16.67)+870Ωが直列になるので、10kΩ/(10kΩ+700Ω+870Ω)=0.864倍のロスが生じるため、昇圧比は1:(4.08×0.864)すなわち1:3.53になります。

注意:トランスの巻き線のDCRは絶対温度に比例するので、測定条件によってかなり変動します。機器が暖まるとトランス巻き線によるロスは大きくなるということでもあります。


◆実践編◆

これから、未知のトランスを材料にして実際にチューニングを行い、その様子を解説付きでレポートしますので参考にしてください。なお、これから説明する手順は結構手がかかる作業で、しかも一発で答えが出るものではありません。何か便利な系数式やシミュレータでもあって机上で求められることを期待された方にはまことに残念なことかもしれませんが、トランスとはそういうものなのです。私の記事の設計値も、上記のさまざまな要素を考慮しつつ面倒な手順を経て得られたものです。

●準備・・・必要な測定機材

・デジタルテスター
・AKI.DACとつなぐPC・・・・Windows、Macintoshなど。
・WaveGen・・・・信号生成フリーソフト、Windowsのみ。
・電子電圧計・・・・100kHzまで正確に測定できるもの。Leader製、Kenwood製、自作、高性能なデジタルテスターなど。
・LPF用のインダクタ・・・・標準的には2.7mHのもの。
・LPF用のフィルムコンデンサ・・・・2.7mHと組み合わせる場合は0.01μF。
・1〜2kΩの半固定ボリューム・・・・1次側のチューニングで使用。
・10〜20kΩの半固定ボリューム・・・・2次側のチューニングで使用。


●手順1・・・未知のトランスX

・・・。

●手順2・・・トランスの基本データの収集

<DCR=巻き線の直流抵抗の測定>

テスターを使って、単純に1次巻き線と2次巻き線のDCRを測定します。業務用として通用するような性能の良いライントランスの場合、1次2次各巻き線のDCRは公称インピーダンスの5%〜20%くらいの値のものが多いです。ですから1次2次巻き線のDCRを把握すれば大雑把なところでトランスの素性の見当をつけることができます。タムラや日本光電のライントランスの場合、600Ωの巻き線のDCRは30〜120Ωくらいの範囲が普通です。

注意:デジタルテスターによってはDCRの測定時に表示が安定せず、測定値が得られないものがあります。その場合は、2次巻き線をショートすれば測定できることが多いです。このようにしても測定値したDCRの正確さは損なわれません。

<インピーダンス比>

トランスの型番がわかっていて特注でないカタログ品ならば、ネットで検索すれば最低限のデータくらいは見つかります。タムラのトランスならば、以下をクリックすればpdfデータを閲覧・ダウンロードでき、ここに大概のものは載っています。

タムラのトランスカタログ(2000.9版)
タムラのトランスカタログ(2012現在)

<巻き線比>

インピーダンス比がわかれば、計算で巻き線比を求めることができます。しかし、何故かインピーダンス比から求めた計算どおりの巻き線比ではないトランスも存在します。私は、念のために必ず以下の方法で真の巻き線比を確認するようにしています。

<巻き線比がわからない場合>

トランスの巻き線比は、2次側に負荷を与えない(つまり開放)状態で1次側に入力した信号電圧と2次側に現れた信号電圧の比から求めます。この時、周波数特性は低域側は早くから減衰し、高域側にはピークができるので、どちらでもない400Hz〜1kHzくらいの周波数を使って測定します。測定で使用する信号電圧が100mV以下だとノイズの影響を受けやすいため、0.5V〜1Vくらいがいいでしょう。測定して得た信号電圧の比を二乗すればインピーダンス比が求まります。


●手順4・・・測定値の収集

<未知のトランスXのDCR=巻き線の直流抵抗の測定>

1次巻き線=125Ω、2次巻き線=228Ω
昇圧比=1:1.39

上記の巻き線のDCR値から1次インピーダンスは600Ω〜1kΩくらいであろうということと、昇圧比データからインピーダンス比は概ね1:2であると見当がつけられます。そこで、1次側の抵抗値は560Ω〜1kΩくらい、2次側は1kΩ〜3.3kΩくらいを想定して実験環境を用意することにします。

<2つの抵抗値と周波数特性の関係>

1次側の抵抗・・・これがないと2.7mHと0.01μFが共振して数十kHzに鋭いピークができます。抵抗を入れるとピークがだんだん下がってきて、抵抗値を小さくするにつれて程良いフラット+ハイカットフィルタとなり、抵抗値をさらに小さくすると数kHzあたりから上がダラッと下がってきます。

2次側の抵抗・・・上記と同様ですが、特性が変化しはじめる周波数は必ずしも同じではありません。この抵抗はトランスの1次および2次巻き線とで減衰も生じます。変化はわずかですが、抵抗値を大きくすれば減衰は少なくなり、小さくすれば減衰は大きくなります。

<1次側=560Ωの時>

2次側の抵抗値を「1kΩ〜1.5kΩ〜2.2kΩ〜3.3kΩ」の4段階で変化させてみます。

1kΩの時、高域はかなり早くから減衰を開始しています。抵抗値を高くしてゆくにつれて高域の減衰がなくなってゆき、やがてピークを作りはじめました。

0dBFS時の1kHzの出力電圧は以下のとおりです。2次側の抵抗値が大きくなるほどロスが少なくなることがわかります。

1次側2次側
1kΩ1.5kΩ2.2kΩ3.3kΩ
560Ω558mV631mV690mV739mV

注意:以下の3つのグラフは、縦軸(dB)を通常の4倍に拡大してわずかな変化もわかるようにしてあります。実際の周波数特性は見た目ほど激しく変化しているわけではありません。

<1次側=750Ωの時>

1次側の抵抗値を560Ωから750Ωに上げた状態で、2次側の抵抗値を「1kΩ〜1.5kΩ〜2.2kΩ〜3.3kΩ」の4段階で変化させてみます。高域側がより持ち上がってきますが、2次側の抵抗値を変化させた時の高域側の変化の傾向は変わりません。

1次側2次側
1kΩ1.5kΩ2.2kΩ3.3kΩ
750Ω564mV638mV697mV747mV


<1次側=1kΩの時>

1次側2次側
1kΩ1.5kΩ2.2kΩ3.3kΩ
1kΩ568mV643mV703mV754mV



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