■■■FET式・・・平衡型差動プリアンプ Vesion1■■■
Balanced Line Pre-Amplifier


このアンプは今ウィーンの某所にあります。左下の小さいのが本機。


●背景とVersion1製作に至る経緯など

簡単かつコンパクトにバランス入力→バランス出力」を実現する方法のひとつとして平衡(バランス)型FET差動+トランス式ライン・バッファ(http://www.op316.com/tubes/balanced/line-buffer.htm)があります。この回路は入出力ともにバランスとアンバランスの両方に対応したとても便利な機能を持っており、何度も実験を行ってその実用性は確認済みです。この回路の実験がなかったら本機は生まれていませんでした。

2014年の冬、ウィーンに住む音楽家から(連絡はいつもはメールなのに)その日に限って国際電話がかかってきて「非常に状態の良いEMT948が手に入りそうなんだけど、どうしたらいい?」と言っています。「EMT948はLP再生の究極のゴールのひとつだけど、決めるのは自分だよ」というような返事をしたところ、すこし経ってから「ザルツブルクのプロエンジニアがばっちりメンテナンスしてくれるっていうので手に入れちゃった。出力がキャノンコネクタ付きのバランスなので適当なプリアンプが欲しい」という連絡がきました。その年の5月頃にウィーンに行く計画を立てていたので「なんか、ひとつ作ってみてお土産に持って行くか・・・」ということで本機が誕生したのでした。


●1号機への要求と構成・・・バランスとアンバランスが共存できるプリアンプ

入力ソースとして考慮したのは、バランス出力のプロ機材とアンバランス出力のコンシューマ機材、そしてiTunesなどを搭載したPCの3種類です。PCソース用のDACは本サイトでおなじみのAKI.DACのキットを想定しています。まとめると以下のようになります。

入力ソース 区分 信号レベル 伝送方式 端子
プロ機材 アナログ 4V〜5V(0dBFS時)・・・いわゆる+4dBu バランス キャノン/XLR3
コンシューマ機材 アナログ 1V〜2V(0dBFS時)・・・いわゆる-10dBv アンバランス RCA
PC(iTunesなど) デジタル 0.62V(0dBFS時)←AKI.DACの定格 USB USB

このプリアンプは、パワーアンプとしてミニワッターを使うことを想定しています。ミニワッターには、アンバランス入力のものとバランス入力のものがありますので、どちらのタイプも無条件に接続できることが設計の要件です。ラインプリとしての利得は0dBでもかまわないわけですが、使い勝手を考えて本機に2〜3dB程度の利得を持たせることを考えて設計します。

出力 出力先 利得 伝送方式 端子
プリ出力 ミニワッターあるいは通常のパワーアンプ -10dBv入力対して
+2〜3dB程度
バランス/アンバランス共用 キャノン/XLR3


●利得問題の解決法

本機は3種類の異なる入力信号レベルを扱います。メインアンプに送る信号レベルはひとつですから、どこかで入力感度を調整して揃えなければなりません。考え方は2つあります。

中間の信号レベル=-10dBv(0dBFS)に合わせる・・・プロ機材からの高レベル(+4dBu)信号はアッテネータで落とし、AKI.DACからの低いレベル信号は何らかの方法で10dB程度増幅する。さらにラインアンプで2〜3dB程度の利得を稼いでプリ出力とする。この場合、利得を持ったユニットが2つ必要になる。

最も低い信号レベル=AKI.DACに合わせる・・・信号レベルが最も低いのはAKI.DACの0.62V(0dBFS)ですから、他のライン入力にアッテネータを入れて一旦0.62V(0dBFS)に落とし、その後に12〜13dB程度の利得を持ったラインアンプで増幅してプリ出力とする。この場合、利得を持ったユニットは1つで済むが、高レベルの信号は一旦落としてから増幅することになる。

どちらの方式も一長一短ですが、全体をシンプルに仕上げることを考えて後者の方式を採用することにしました。


●全回路図(1号機)


●入力回路の解説

入力は3つあり、CH1はUSB DAC、CH2とCH3はライン入力です。ライン入力側にはバランス型のアッテネータがあります。入力インピーダンスは、バランス時で約50kΩ、アンバランス時で約25kΩです。CH2は+4dBuと-10dBvを意識して6dBの切替スイッチをつけました。アンバランス入力として使う時はCold側を接地すればいいので、3番と1番をショートさせた普通の「RCA→キャノン・アダプタ」が使えます。音量調整ボリュームは、50kΩ4連ボリュームを使いました。

●DAC部の解説

DAC本体はAKI.DACをそのまま使いました。DACのアナログ出力の直後にCR2段のLPFを入れてあります。ラインアンプ側にLPF的要素があるので、このLPFの高域側カットの周波数はやや高めに設定してあります。AKI.DACはアンバランス出力ですから、入力セレクタ・スイッチのところでCold側が接地されるようにしました。

AKI.DACについては「秋月電子のDACキットAKI.DAC-U2704についてのやや実践的な説明」の記事に詳しい解説がありますのでそちらを参照してください。

●ラインアンプ部の解説

ラインアンプは2SK170-GRの差動回路による1段増幅の後、2SC1815-Yによるエミッタ・フォロワで出力トランスをプッシュプル駆動します。このような構成はプロ機のライン出力でよく採用されています。プロ機の場合はFET差動回路ではなくOPアンプを使っているのがほとんどです。ライン出力にトランスを使うことで、音に一定のキャラクタを与え、また容易にバランス/アンバランス出力を得ています。この回路の面白いところは、出力のHotとColdを生かせばバランス出力となり、出力のCold側を接地するとアンバランス出力になり、しかも利得はバランスの時もアンバランスの時も同じになるという点です。つまり、パワーアンプは側がバランス/アンバランスいずれであっても全く気にせずにいきなりつないでも問題が生じないということです。

2SK170のドレイン電流は1.4〜1.45mAとなっています。たまたま手持ちにあったIDSS=2.8mAの2SK30Aを使いましたが、IDSSがこれくらいの2SK30A-GRは滅多に取れません。実際に製作される場合は、2本合わせて2.8mAくらいになるようなIDSS=1.3〜1.5mAくらいの2SK30A-Yから選別されるか、自力で定電流回路を組まれることをおすすめします。

負帰還は、ライントランスの2次側から初段ゲートにかけています。従って反転増幅器になりますので、入力側と出力側の位相が逆になりますから、PRE OUTのキャノンコネクタへの接続は2番と3番は入れ替わります。また、負帰還は4.7kΩと1.2kΩの組み合わせと、2個の62kΩの組み合わせの2段階で減衰させています。これは負帰還回路に高抵抗を使いたくなかったためです。

負帰還量は25dBほどになるので、位相補正なしでは高域側に激しいピークを生じます。使用したライントランスと本機の回路定数の組み合わせの場合では、15pFくらいの位相補正コンデンサでバランスの良い周波数特性になりました。10pFでは若干のピークができ、22pFでは高域側の落ちはじめが20kHz以下になってしまいます。このあたりはかなりクリティカルです。本機で使用したのと異なるライントランスを使う場合は、実測データをもとにチューニングしてください。

●電源部の解説

電源部は3つの機能に分かれます。1つめはノイズフィルタ、2つめは電源ON時の立ち上がりを遅くする回路、3つめは疑似±電源です。

ノイズフィルタは、ノイジーなACアダプタを使った場合の対策で、秋月で売られているACアダプタはノイズが少ないのでここまでやる必要はありません。1mHと470μFによるLPFと、2SC2655によるリプルフィルタ、15Ωと570μF(470μF+100μF)の3段階ですので、能力的には過剰なくらいです。

ACアダプタを使う場合、AC100V〜240V側をON/OFFするならば、電源の立ち上がりはそんなに急峻ではありません。しかし、ACアダプタがONの状態でDC側をON/OFFすると、特にONの時にかなり大きなポップノイズが出ます。これを防ぐための2SC2655を使ったディレー回路を入れました。

本機は+16Vと-6Vの2電源です。±両レール〜アースライン間にはDC成分もAC成分も流れませんので、抵抗分割による簡易±電源で十分に足ります。


●部品について(1号機)

ライントランス

本機の最重要部品はバランス出力を得るためのライントランスです。当初は最も多く出回っている600Ω:600Ωのライントランスを使うつもりでしたが、オークションで手に入れたやや小型で巻き線比が1:1.41のトランスが2種類あったのでこれを使ってみることにしました。機材から取り外した中古なので汚れていますがそういうことは気にしません。

ひとつはTpAs-1S(600Ω:open、右の画像)で、もうひとつはTpAs-41S(600Ω:1.2kΩ)です。この2つのライントランスは形状・重量・DCR・巻き線比いずれも全く同じで型番と表記インピーダンスのみが異なっています。周波数特性を実測してみたところご覧のとおり全く同じ結果となりましたので、この2つのトランスは実質同じものとみていいでしょう。測定条件は、送り出し側インピーダンス=50Ω、受け側インピーダンス=オープン〜1.5kΩ〜2.2kΩです。2次側をオープンにして使うとご覧のとおり強烈なピークを生じました。

600Ω:1.2kΩ(巻き線比1:1.41)ですので2次側オープンの時は1:1.41の昇圧が得られましたが、1.5kΩ負荷の時は1次側100mVの入力に対して2次側出力は105mVでした。DCRによるロスがかなりあるので昇圧はほとんどないということです。

TpAs-1S:

TpAs-41S:

ライントランスの負荷チューニング

トランスは、以下のような一般的性質があります。

・ソースインピーダンスが高いほど低域側の歪が増え、高域側は低い周波数から減衰が始まり、損失も増える。
・ソースインピーダンスが低いほど低域側の歪が減り、高域側の帯域が広くなり、やがて持ち上がってピークができる。損失は減る。
・負荷インピーダンスが高いほど高域側の帯域が広くなり、やがて持ち上がってピークができる。高域側の減衰角度は急になる。損失は減る。
・負荷インピーダンスが低いほど高域側の帯域は狭くなるが、高域側の減衰の角度は緩くなる、損失は増える。
トランスは、ソースインピーダンスと負荷インピーダンスの組み合わせで特性は大きく変化します。どんな条件でもフラットで広帯域になる、というものでは全くありません。ですから、トランスを使う場合はソースインピーダンスと負荷インピーダンスの両方についてきちんと設計しなければ良いパフォーマンスは得られないわけです。そこで、本機で使うトランスについてどんな性質であるかをまず把握するところからチューニングが始まります。

タムラのライントランスは、定格どおりの負荷で使うと高域側の帯域は控えめになる傾向があり、負荷インピーダンスを定格の1.2〜2倍くらいで使ってやると帯域が少し広くなるものが多いです。しかし、本機では多めの負帰還をかけますから、裸の状態で帯域を欲張ると逆効果です。負荷になるのは、出力のところにつけた2kΩと、負帰還抵抗(4.7kΩ+1.2kΩ)×2と、接続されるパワーアンプの入力インピーダンス(40kΩとしておきます)の合成値になります。アンバランス出力の場合はCold1側を接地しますから、バランス、アンバランスそれぞれの計算は以下のようになります。

バランス接続時: 2kΩ // 11.8kΩ // 40kΩ = 1.64kΩ
アンバランス接続時: 2kΩ // 5.9kΩ // 40kΩ = 1.44kΩ
いずれの場合も概ね1.5kΩくらいの負荷になりますので、TpAs-1SおよびTpAs-41Sの上のデータの青い線に該当します。未知のトランスを使用する場合は、まず、トランス単体の周波数特性を把握してから、上のデータの特性に近い感じになるような負荷インピーダンスを模索してください。そうすれば、回路に組み込んで負帰還をかけた時のチューニングが楽になります。

自力で測定・チューニングするためには、500kHzくらいまで発振できるオーディオジェネレータあるいはもっと高性能なファンクションジェネレータ、200kHzくらいまで正確に測定できる電子電圧計が必要です。テスターだけではダメですのでご覚悟ください。電子電圧計は、当サイトの自作例「アナログ・テスターで作る簡易電子電圧計V1.2あるいはV2」があれば足ります。TAMRAの業務用のライントランスは非常に精密に作られており、同じ型番のものを使う限り本サイトのデータとほとんど同じ結果が得られますので、再チューニングの必要はありません。

半導体

初段差動回路には2SK170-GRの選別品、定電流回路には2SK30A-YからIDSSによる選別品、次段エミッタフォロワには2SC1815-Yを使いました。電源回路は2SC2655ですが、耐圧が35V以上、コレクタ電流定格が0.2A以上でhFEが150以上のものであれば大概のトランジスタが使えます(2SC2120、2SC2235など)が、2SC1815はコレクタ電流が50mA以上になると飽和領域に入ってきてhFEがガタッと落ちてしまうのでおすすめしません。

初段の定電流回路は2SK30A-Yを定電流ダイオード接続(ゲートとソースをショートさせる)したものです。回路が要求する定電流特性は2.8〜2.9mAですが、IDSSがこの値の2SK30Aは滅多に手に入りませんので、IDSSが1〜2mAくらいの2SK30A-Yを2個並列にして合計で2.8〜2.9mAとなるような個体を探します。

ケースおよびユニバーサル基板

タカチのOSシリーズ「OS-44-26-16SS」を使いました。但し、このケースは高さの外寸が44mm、内寸は34mmしかありませんので、実装には相当に工夫がいります。もうすこし背が高い「OS-49-16-26SS」の方がおすすめです。ユニバーサル基板は当サイトでも頒布しているタカス「IC-301-72」です。

拡大画像ではツマミはL13YとL26Sになっていますが、最終的にトップページのごとくL26S×2個になりました。 なお、これからもう1台作りますが、同じOSシリーズで向きを90°変えて使う予定です。


●製作と実装(Version1)

この基板の使い方はこちらに重要な解説があります。ユニバーサル基板の一般的な使い方とは考え方が異なりますが、この基板パターンで製作する時に必要な知識であり、さまざまなメリットがあるので必ずお読みください。

電源&入力部の基板の配線

1枚の基板に電源部と入力回路が乗っています。左側1/3が電源部で、右側2/3が入力回路です。ポイントとしては、電源部のアースと入力回路のアースは分離してあり、それぞれがラインアンプ部のアースとつながって合流するようにします。電源ユニットからの輻射ノイズはほとんどありませんので、電源ユニットをことさらに隔離する必要はありません。

ラインアンプ部の基板の配線

ご注意・・・この基板パターンでは、定電流回路で使用した2SK30Aが1個しか乗りません。本機に必要な定電流特性は2.8〜2.9mAですが、IDSS=2.8〜2.9mAの2SK30A-GRは選別で得られる個体数が非常に少なく、本機を作るために手持ちのストックを使い果たしました。つまり、IDSS=2.8〜2.9mAの2SK30A-GRの頒布はできないわけで、この値を得ようとすると2個の2SK30A-Yを組み合わせて2.8〜2.9mAを得ることになります。しかし、この基板パターンのままでは2SK30Aを2個並列に乗せることはできません。基板パターンを修正しなければなりません。
グリーンの枠がトランスの大きさです。ジャンパーの銅線が基板の上面を這いますので、ライントランスを裸のまま取り付けると、塗装がはがれた時にジャンパーとトランスケースがショートします。そのためライントランスと基板の間には絶縁板を入れてあります。このライントランスには元々絶縁板がついていますが、ない場合は適当な紙などを挟んで絶縁を確保してください。

黒いジャンパー線は、0.28mm径の銅単線を基板上面に這わせます。下面ではありません。赤いジャンパー線は絶縁が必要なのでビニル線を使います。FETおよびトランジスタは記号だけで書き込んでありますので、向きについてはデータシートを見て自分で確認してください。

キャノンコネクタの取り付け

このケースのパネルは高さに余裕がないので、旧タイプのキャノンコネクタがつきません。高さが低い新タイプを使いました。新タイプのキャノンコネクタは変形した穴を開ける必要があるように思えますが、実はオス・メスともに24mm径の丸穴でOKなんです。24mm径の穴をテーパーリーマーで開けるのは骨が折れます。今後もキャノンコネクタを使った機材を作る予定があるのでしたら、少々高価ですが24mm径の精密ホールソーを買って持っておくことをおすすめします。右画像は愛用しているユニカ製ですが、実にすいすいと穴あけができます。

私は、キャノンコネクタの本体用の24mm径の丸穴を先の開けておき、それからキャノンコネクタの実物を穴に当てて取り付けビスの穴位置を決めています。先にすべての穴を開けてしまうと、何故か取り付けビスの穴位置が合わなくなるのです。

2枚の基板の取り付け

2枚の基板の位置が前後にずれて取り付けられているのは、こうしないと基板やライントランスが後面パネルのキャノンコネクタや全面パネルの4連ボリュームに当たってしまうからです。小さなケースに何とか入れるためにかなり工夫をしています。同じケースを使う場合は、みなさんそれぞれに工夫してください。取付けに使うスペーサは短い5mmのものを使っています。8mm以上のものを使うと、上下の余裕がなくなってタカスの基板とAKI.DACの基板とがぶつかってしまいます。

AKI.DAC基板の取り付け

スペースの関係でAKI.DACの基板を底板あるいは天板に取り付けることができません。そこで、ケースのアルミフレームの穴を開けて取り付けています。このアルミフレームの上には天板が密着しますので、通常のナベビスですと頭が出っ張ってしまい、天板が閉まらなくなります。穴をすり鉢状に削って皿ビスで固定しています。

アースラインの引き回し

アースラインの引き回しのポイントは、個々のユニット間は1本のアースでつなぐことにあります。それから、このシャーシは、天板〜側面〜底板の導通は確保されますが、前面パネルと後面パネルとの導通がありません。そこで、この3つのコンポーネントをどこか1点でアースにつないでやる必要があります(※マークのところ)。

  1. AKI.DACのアース → 入力部基板のアースにつなぎます。
  2. 後面パネルの4個のキャノン(メス)コネクタのアース(1番ピン)を全部つなぎ、そのうちどこか1個でシャーシアース(後面パネル)に落とします※。これらのアースは入力部基板のアースにつなぎます。
  3. 入力セレクタのロータリースイッチの2個所のアースポイント → 入力部基板のアースにつなぎます。
  4. 入力部基板のアース →4連ボリュームのアースにつなぎます。4連ボリュームの各アースポイントは串刺しにします。さらに4連ボリュームのアースから線を1本出して輪っかをつくり、4連ボリュームまたはロータリースイッチの首にまきつけて前面パネルと接触させます※。
  5. 4連ボリュームのアース → ラインアンプ部のアースにつなぎます。
  6. 電源部のアース → ラインアンプ部のアースにつなぎます。
  7. 後面パネルの2個のキャノン(オス)コネクタのアース(1番ピン)を全部つなぎ、このアースはラインアンプ部基板のアースにつなぎます。
  8. ラインアンプ部のアースは、取り付けている4個の金属スペーサのうち1個を通じてシャーシアース(底板)に落とします※。
なお、基板のどのポイントにつなぐかはあまりクリティカルではないので、配線しやすいポイントを選んでください。本機は、交流電源を内蔵していませんし、ラインレベルの信号しか扱いませんので、アースポイントの不都合でノイズが出るようなことはまずありません。

●DCバランスの調整

本機は2SC1815の出力段とライントランスが直結になっているため、ライントランスに直流が流れて低域特性が劣化しないようにDCバランスをとらなければなりません。DCバランスは2SK170の差動回路のソース側の100Ωの半固定抵抗器を調整して行います。

測定ポイントは2SC1815の2個所のエミッタ間の電圧差です。1mVくらいまで測定できるデジタルテスターを当てて電圧差ができるだけなくなるように調整します。2SK170の温度によってDCバランスが変化しますので、通電してからしばらく置いて本機全体の温度が落ち着いてから作業します。風を当てたり手で部品を触ったりすると条件が狂ってしまうので慎重に行ってください。

エミッタ抵抗値が22Ω×2で、ライントランスのDCRが20〜50Ωくらいありますから、電圧差を20mV以下に追い込むことができればライトランスに流れる直流を0.5mA以下にできます。タムラのこの種のトランスはプロ用ミキサーのファンタム電源などの要求仕様を満たすために、2つの巻き線のDCRを精密に揃えてあります。これは一般のオーディオ用トランスにはみられない特徴です。使用するライントランスの1次側の2つの巻き線それぞれのDCRを測定して確認してください。

2個の2SK170を温度結合させればDCバランスはより安定します。非常に原始的な方法ですが、下の画像のように太めの銅線を渡してエポキシ系ボンドで固定してやるととても効果的です。温度差が生じてDCバランスが崩れても、やがて収束して落ち着いてしまいます。なお、隣の2SC1815はそこそこ熱を出して不安定要素になりますので、2SK170に近づきすぎないようにしてください。

←画像はVersion2のものなので部品配置が異なります。


●チューニングと測定(1号機)

本機の最終調整は高域側の位相補正作業です。位相補正は、入力のところにある62kΩと並列に10pF〜27pFのコンデンサを抱かせることで行います。このコンデンサがない状態では、数十kHz〜百数十kHzで発振してしまうか、発振しなくても鋭いピークができます。10pF、12pF、15pF、18pF・・・という刻みでコンデンサを付け替えながら周波数特性を測定すると、数十kHzあたりの減衰の状態がクリティカルに変化する要素を観察できます。ピークがなくフラットなように見えても、減衰を開始する肩のところがいかっていると方形波応答ではオーバーシュートが出ます。ほどほどになだらかに減衰するくらいの特性が最も落ち着いた音になります。

そうやって調整したライン入力の周波数特性および歪み率特性です。位相補正コンデンサは15pFになりました。タムラのライントランスは特性が安定しているので、TpAs-41SおよびTpAs-1Sを使う場合は決め打ち15pFでOK、チューニング不要です。

1V出力における帯域は4Hz〜90kHz/-3dBです。+10dBvの線を見るとトランスの飽和の様子がわかりますが、2Vくらいまでであれば10Hzまでフラットネスが得ることがわかります。高域側は100kHzから上がストンと落ちてくれているので、USB DAC入力時のデジタルノイズ(200kHz〜1MHzくらいに集中している)をそれなりにフィルタリングしてくれそうです。

USB DAC入力の周波数特性および歪み率特性です。周波数特性グラフのy軸は「dBFS」ですのでご注意ください。音量調整ボリュームをMAXにして測定しており、ボリュームを少しでも絞ればトランスの飽和減衰の影響がなくなりますから、実用レベルでの周波数特性は低域側はもっと良い特性になります。なおこの特性は、AKI.DACキット本体と、本機で追加したLPF、そしてラインアンプの特性を合わせたものです。

●音

日本で作って、翌朝には飛行機に乗って現地入りし、その次の日に音出しをしました。EMT948をつなぎ、パワーアンプは2014バージョン化したばかりの6N6P差動ミニワッターで、HARBETH Monitor30を鳴らしてみました。すぐに感じたのが6N6P差動ミニワッターの2014バージョン化の変化でした。ローエンドのスケールが大きくなり豊かに鳴っています。

本機の存在は特に目立つところはありませんが、EMT948やPro-JectのCD BOXなど、そこにあったさまざまなソースの音をきちんと鳴らしてくれました。帯域的な不足感はなく、いわゆる地を這うような低域もきれいに再生します。オーナーであるウィーンフィル氏も満足してくれたようで、その日の晩はここでずうっと聞いていたので寝不足になったそうです。

←練習室&リスニングルーム。この日は室内楽のリハーサルをやり、終了後は皆で宴会やっていた。



■2号機の設計と製作

■改良と変更

1号機には特段の問題はないのですが、ケースがかなり小さかったために実装に苦労しました。多くの方が製作するには少々無理があると思いましたので、もうひとまわり大きなサイズのケースを使った2号機を作ることにします。

もうひとつの課題は、使用したライントランス(600Ω:OPEN あるいは 600Ω:1.2kΩ)の入手が困難であることです。2号機では、入手容易な600Ω:600Ω(1:1)のライントランスを使うことにします。また、さまざまな形状のライントランスに対応するために、ライントランスは基板上には実装しないでケース側に取り付けることにします。


ご注意:2号機の製作にはまだ着手していませんので、この続きが公開されるのはかなり先(2014年の真夏ころ)になると思います。

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