折々の歌句 (1984〜1997)

木村 功


1984 冬ごもり
雲ゆきの怪しくなりし冬空に鳥影黒く寒々と舞ふ
むさし野に残るくぬぎの林にぞ落葉の小径(みち)山鳥の声
雲を飛ばし木枯らし吹けば武蔵野の雑木林に冬の声あり
冬枯れのくぬぎ林に薄日さし山鳥しげく枝鳴きわたる
さむざむと梢にしきるみぞれ雪悲しげに啼く山鳥の声
北風や梢に群れる寒雀胸をふくらし日の出待ち居り
山門の裏の山笹踏みならし走るうづらに驚かれぬる
啼き交はすあまたの鴉(からす)にぎわしく薬師の杜は祭りの如し
くるるると番(つが)いの山鳩(はと)の睦まじき落葉ならしつ木の実ついばむ
風ゆるみ野に出てなづな摘みし日の春のよろこび今しみじみと

古い父母の写真に寄せて
炉には父厨(くりや)に母の冬ごもり

1985.11.10 交通事故で入院手術を受け予後の重症肝炎に苦しむ
気を確かに持って頑張ろう
身は病めど生きてこそあれかにかくに楽しきこともあまたあらむに
窓近く雀たわむる霜の朝病いの床を見舞いに来しか

吉井勇の歌に返して
寂しければ夜のこころもとがり来て不眠の病ひまたも起りぬ

1001.2.1 孫(優)の誕生日のお祝いにカードを贈る
妻いとし孫は可愛ゆし子は宝

1994.3 春を待つ
我さそうひたきの声に戸を出でてたわむれしあとは寂しさ増しぬ
じょうびたき小枝をわたり今日も来つ庭に静かに雪の降る日に
雪ふればなどか心のはずむなり幼なき頃も雪たのしかり
久々の雪はうれしきふるさとの遠き昔の雪もなつかし
老いたれば身にしむ今朝の寒きようあした待たるる春のおとづれ
朝毎にあわくなりゆく霜のいろこころ待たるる春の兆しか
淡雪の解け消ゆるまで陽だまりの縁に座り居て春を待つかな
枯芝の陰に芽ぶきしサフランの小さきみどりも春を待ち居り

1996.4 春
鶯の笹啼き聞こゆ庭先の二輪草のつぼみ白味さす頃
白玉のすずらんの花咲きそめて春めぐり来つ我が家の庭に
山桜散る山門の中に立つ仁王のまなこ今朝は優しき
はらはらと山門に散る山桜梢をゆらす春の風見ゆ

1996.6 夏
夏近し真白き大輪のクレマチス柿の葉陰に咲きそめにけり
玉苗の水(み)の面(も)にうつるさざ波の風もすずろに夏は来ぬらし
こくぶ寺の野川に鴨の渡り来て水浴みするや夏を告げむと
紋白の行方に小花見つけたり
若芽立つどうだんつつじ鮮やかに緑の夏を謳うがごとく
さみどりの寺の裏山さわやかに下葉をわたる涼風の音

1996.6.5 うすむらさき 野菊を愛でし亡き友に捧ぐ
めぐり来て咲くたびに
その花を愛でし彼のひとに
逢えたるここちのする
哀れ
花はもの言わねど
あえかに咲きて
思ひ出を甦えらすよ
うすむらさきの
懐かしきその花

咲くすがたみるたびに
君如何にいませしか
忘れじの面かげ
心ひそかに
在りし日の彼のひとを
しのぶよすがの花はかなし
想出の色はあせらじ
うすむらさきの
懐かしきその花

うの花のにほふ小みちを夏のうた口づさみつつ武蔵野をゆく

みどり暗き林の奥の静けさにしばしば遠くかっこうの啼く
雲垂れてつゆのきざしか肌寒しあじさいの花色づきたるに

1996.6.10 白い花
白い花咲いた
真白に咲いた
白い花はきれい
真白はもっときれい
つぼみはちいさな粟粒の
細(こまか)くて可愛くて真白な
きれいなきれいな白い花咲いた

この花何の花
かあちゃんの植えた
小さな白い花
私も好きな
きれいな白い花
優しくて可愛くて真白な
小さなちいさな白い花咲いた

1996.7
梅雨の間に鶯一声鳴きにけり
山門のきざはし濡らす梅雨(ながあめ)のしづくの風情ひとり楽しむ
地におちて雨に濡れたる病葉(わくらば)の鮮やかなるが哀れなるかな
みどりより落ちる雫に光るあり梅雨(つゆ)の晴間の空碧くして

浜松の兄三七日(みなのか)
さみだれに濡れてきざはしのぼりつつふと亡き人のことを憶えり

1996.8 夏の句四頭
蟻は知るせわしさ程の暑さ哉
太陽の怒りの如き暑さかな
クーラーの休む暇なし蝉しぐれ
玉川の瀬音恋しき夏日照り

1996.9
立つ秋の風の道見ゆ草原に白き帽子のふたり連れゆく
夏は早や終わりと見えし風立ちて柿の実淡く色づきそめし
遠き日の親をおもえり我が夢を叶え給いしくさぐさの事
モンゴルのホーミー聞けばユーミン(松任谷由美)と同じ不思議な山彦の声
アルバムの可愛ゆき母のまげ姿若き日の父の恋しのばるる
孫に手をひかるる母の在りし日のむかしを遠く想い出づる日
亡き母の年を数えて幾とせや百歳(ももとせ)に余り我も老いたり
やがて野に秋の気配か我も亦寄る年なみに枯れてゆくなり
野沢菜の茶漬の味はふるさとの冬の葉漬けと同じたのしさ

1996.10〜11
たわわなる通草(あせび)うれしき扇山 (※父が好んで登った奥多摩の山)
蔦の葉はもみぢあかねに染め分けて霜のあしたに秋を装ほふ
霜の夜は孫の蒔きたる鉢の花枯らすまじくと部屋に育てる(おしろい花)
散り惜しむ柿の一葉の鮮やかに落ちて情(つれ)無き一颯(さつ)の風
冬来れば遠からじとぞ思いつつサフランの球根(たま)植え替えてみる
我しらず老いほのめかす咏み歌は悲しと云ふか楽しと云ふか
夫々が一世一代の舞い落葉
冬トマト旬の切れ目は無かりけり
北風や胸もふくらむ寒雀

1996.12
ごんをんと鳴る年越しの鐘の音やゆく年もあり来る年もあり
かぎろいの立つと見えにし空遠く星一つ光りて新春(はる)は来にけり

餅食えばなぜか餅搗きの手返しをする母の白い手を思い出す。年の瀬に、裏庭の石
うすは野ざらしで年に一度か二度しか使われず、雨にうたれて少し苔も生えかけてく
るのを、たわしでごしごし洗って餅搗きの準備がはじまる。せいろで蒸す餅米は幾釜
と相当な量である。小豆もゆでる。おやぢ殿は手伝わず必ず長兄が杵をふるった。
姉さんかぶりで背を丸めて、まめにせわしなく手返しをする母の手を、幼ない私はじっ
とみつめる。搗き手と返し手の合わせる呼吸のあざやかなこと。背高の青垣を突き
抜けて来る北風は冷たい。だが母子(おやこ)の腕には汗がにじむ。若かった日の
母の手は、水仕事で少し霜やけていたが、色白のふっくらとした優しい手であった。
餅食めば遠き日の杵懐かしき
海苔の香もめでたくかほる新春(はる)の餅
噛み外す入れ歯口惜しあんこ餅
餅食らう童の頬に餡一つ
子も孫もめでたき餅のにぎやかさ
年玉の袋うれしき孫の顔

1997.4 惜春の詩
 堤上桜既失彩
 雨瀟々春将逝
 庭前老木蘇青
 我無為鳴ヽ如何

みどり児の頬の如くや春の月
春雨や桧は霜に焦げながら (芥川龍之介)
春の日に萌(は)れる柳を取り持ちて見れば都の大路し思ほゆ(大伴家持)

お鷹の道にて
病癒えて久方振りの散策にふと見し桜花(はな)の眼にはまぶしき
いつの間に咲きし花かと我れ乍ら春のおとづれも知らぬ悲しさ
そぼ降れば色の褪せたる遅桜雨瀟々として春は逝くなり

1997.5 アメリカンヨット杯
「海の子」のあの日懐かし四十の帆船競う南太平洋
しあわせは碁敵に勝ち応援の野球も勝ちて夜ねむるとき
亡き父の好み給ひし烏鷺(うろ)あそび老いて懐かし碁笥(ごけ)の石音

1997.6 哀しき戦禍
つつおとにおびえる子等の目ざしにかすかな笑みのあるがかなしき
抱き合うて祈る母子(おやこ)に兵の銃(つつ)
炎をゆくはだしの子等と兵の列

1997.7 (妻入院す)
つんつんと雀おどるや屋根の音庭に静かに六月の雨
電話ありあす入院と子等は云う妻の発病我は知らざり
妻病みてこころしどろとなりにけりさみだれの音もうらめしき哉
梅雨明けや妻退院の日が決まり


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