青春の日々3・・・日常規範

木村 功


その一 スタンバイの厳守
日常の行動にはすべてスタンバイ(五分前)を励行すること。Stand-byは校内の常用語であった。

或る日曜日の出来事。外出は週一回の日曜日のみ許された。楽しみにしていた或る日曜日、私は足を延ばして横浜探索と出掛けた。食堂に入り久し振りに外食の食事をとる。ところがこれが意外に高く財布が軽くなった。帰りの電車賃が足りなくなってしまった。えゝいまゝよと残り銭全部払って有楽町迄の切符を買って電車に乗った。さて東京駅についてどうしたか?改札口の混雑を見計らって手に持った切符を投げるようにして改札口をすり抜けた。成功した。難関を一つ越えたが次が大変。当時都内は市電(路面電車)を利用するのが普通で東京駅から深川越中島迄確か七銭であったと思う。しかし今は一文無しである。私は走り出した。

実はもう門限迄時間が無かったのである。若し間に合わなかったらどうなるか。夢中で走り乍らその事丈けを考えた。門限は五時。スタンバイは五分。四時五十五分迄あと僅かしか無い。一秒でも遅れたら総員ストームの罰を食う。総員ストームの罰は共同責任として分隊生徒全員が練兵場でビンタを喰うのである。総員ストームの元凶にとっては堪え難いことで卒業する迄物笑いとなること必定、それを思うと体中の血が凍るような気がした。もう何が何でも全力で走るしか無かった。

ふと気がつくと十米程前を制服の生徒が走っている。一年上級で同じ分隊の手倉森生徒である。同じ思いと二人は言葉も交わさず黙って走り続けた。やっとのことで永代橋を渡り切り直ぐ右折するとほんの少し近道の路地があった。喉を枯らし犬に吠えつかれ乍らやっと寮の門が見えて来た。門前の道路には第一分隊の生徒がみんな心配して出迎えて呉れた。時計はかっちり五分前であった。

その二 ドアーの開け閉め
ドアは高い音を立てて閉めるな。和室の作法と同じに静かに閉めて最後にカチリとキーの音を確かめる。粗暴な仕草は上級者に対しあらぬ危惧を懐かせるおそれがある。

(注:父は部屋のドアも本箱の扉もいつもまさにこのとおりに静かに扱い、最後に「カチリ」と音がするように閉めていたのは、こういう理由があったのだ)

その三 タラップの昇降
タラップ、階段の昇り降りは二段飛びで行うこと。
その四 室内のチリ箱の芥(ごみ)・塵(ちり)を溜めるな
ごみ箱をいつも空にして置くと云うのはおかしな話であるが、それが本校の流儀であった。
その五 ヴァルヴの締め方の常識
水道、油等のヴァルヴは固締めをするな。弁の磨り合せ面を傷つけパッキングの磨耗を早めて水、油漏れの原因となる。

(注:一旦締めたら少しだけ戻しておくのである)

その六 外出時上級者に対し欠礼するな、軍人、将校に対しても同じ
日曜日の外出時には余程注意しないと危険であった。制服の服装が目立つので上級生の目に止まり易くついうっかりすると夕食後忽ち例の「聞けーっ!」である。ごま化して逃げかくれするととことんひどい目に逢うのであった。


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