私のアンプ設計マニュアル / トラブル・シューティング編
8.モーターボーティング(超低域発振)
出来上がった真空管アンプに通電して各部の電圧を測定しはじめたところ、テスターの針が団扇をあおぐがごとくパタパタと振れていることがあります。超低域発振です。針のないデジタルテスターでは、この現象がわからないまま、音を出してみるとどなんとなく歪みっぽかったり、ボボボボボと低回転のエンジンのような音がしたり、ノイズがザッザッザッと1秒間に1回〜数回くらいの周期で聞こえたり聞こえなくなったりするので気づくことがあります。

このような超低域発振のことを、一般にモーターボーティングといいます。アンプの発振にはこのほかに超高域発振がよく問題になりますが、ほとんどの場合、超低域発振(モーターボーティング)と超高域発振とは無関係かつ動作原理が異なります。

超高域発振は、安定した増幅回路に負帰還をかけたことで位相が180度程遅れたり進んだりした結果、ある周波数において負帰還ではなく正帰還になってしまったことで起こります。一方、超低域発振は、基本的に正帰還が原因であり、負帰還の有無とは関係がないのが普通です。


3段シングル・アンプ

モーターボーティングが最も発生しやすいのは、「初段〜ドライバ段〜出力段」から構成される3段シングル・アンプです。典型的な3段構成のシングル・アンプについて、モーターボーティングの発生メカニズムを検証してみることにします。

右図は、増幅回路をごく単純に3段重ねたシングルアンプの回路です。各段ともにカソード・バイアス方式を使い、段間はコンデンサ(C1、C2)で結合されています。

B電源は、Cb0、Rb1、Cb1によるπ型リプルフィルタを経て出力段、CR1段のリプルフィルタを経てドライバ段、さらにCR1段のリプルフィルタを経て初段に供給されています。

きわめてベーシックかつ何の問題もなさそうな3段シングル・アンプですが、実に容易にモーターボーティングが生じます。この回路は、基本的に超低域で発振する要素を持っているのです。


正帰還ループの存在

3段構成のアンプには、発振の原因となる「正帰還ループ」が内在します。右図は、正帰還ループの存在をわかりやすくするために、上図の3段シングル・アンプのエッセンスを抜き出したものです。
(1)まず、出力段に着目してください。何らかのきっかけで、出力段のプレート電流(Ip)が増加したとします。

(2)B電源側には、π型リプルフィルタの抵抗Rb1がありますが、それに加えてB電源の内部抵抗Rsも存在します。Rsは、電源トランスの1次および2次巻き線抵抗や整流管の内部抵抗などによるもので、百数十Ωあるいはそれ以上あります。これらを合わせたものをRLとします。出力段のプレート電流(Ip)が増加すると、RLの存在によってB電源電圧は低下します。

(3)出力段のB電源電圧が低下すれば初段のB電源電圧も低下し、初段プレート電圧も低下することになります。

(4)そして、その電圧の変化はドライバ段グリッドにも及びます。

(5)ドライバ段グリッド電圧が下がるとドライバ段のプレート電流は減少しますから、同プレート電圧は上昇します。

(6)そして、その電圧の変化は出力段グリッドを引き上げます。

(7)出力段グリッド電圧が上昇すると出力段のプレート電流は「さらに」増加します。つまり「正帰還」です。

もし、この回路がC1とC2が省略された直結回路であったら、直流的に安定せず、暴走を引き起こします。幸いなことに、C1とC2によって直流的には切り離されているので、この回路が暴走することはありません。しかし、交流的にみると決して安定しているとはいえず、超低域で発振しても全く不思議ではありません。これが、3段シングル・アンプにおけるモーターボーティングの正体です。

モーターボーティングは増幅系とは異なる帰還ルートを持った正帰還であり、負帰還とは関係がありません。出力トランスの存在も関係がありませんし、俗にいう低域時定数のスタガーリングとも無関係です(後述)。3段以上の構成のアンプで生じますが、発振にかかわっているのは2段だけです。


モーターボーティングを引き起こさないためには

モーターボーティングを引き起こさないためには、この正帰還ループをどこかで切断するか、正帰還利得を下げてやる必要があります。
<出力段のB電源電圧を変動させない>

モーターボーティングの元凶は、出力段のプレート電流の変化によって、B電源電圧が変動してしまうことにあります。抵抗を挿入してB電圧をドロップさせていたり、整流管による整流を行っているような場合、B電源の内部抵抗が上昇してB電源電圧が変動しやすくなりますから、モーターボーティングが起きやすくなります。

もし、このアンプのB電源が定電圧化されていたならば、モーターボーティングは生じません。しかし、真空管増幅回路のB電源の定電圧化は、大掛かりになりがちであり、回路も複雑になるので多くの方は敬遠されると思います。


<初段が、出力段のB電源電圧の変動の影響を受けにくくする>

電源回路の構造をちょっと工夫してやるだけで、初段が、出力段のB電源電圧の変動の影響を受けにくくすることができます。

右図の<回路A>では、出力段のプレート電流の変化によるB電源電圧を変動がもろにドライバ段、初段に伝わってしまいいますが、<回路B>では、その影響が伝わりにくくなっています。


<超低域における正帰還利得を下げてやる>

右図の例では、モーターボーティングを引き起こす正帰還ループ中に全部で4つの時定数が存在します。

そのうちの2つはB電源側に存在し(470Ωと47μF、1kΩと22μF)、ハイ・カット・フィルターの機能を持っています。-3dBの減衰となる周波数はどちらも7.2Hzです。このフィルターは、100Hzあるいは120Hzの残留リプルに対してはフィルターとして機能しますが、数Hz以下の帯域では素通しになります。

残りの2つは増幅回路側に存在し(0.47μFと470kΩ、0.22μFと470kΩ)、ロー・カット・フィルターの機能を持っています。-3dBの減衰となる周波数は0.72Hzと1.5Hzです。このフィルターは、0.5Hz以下の非常に低い帯域では減衰していますが、2Hz以上の帯域では素通しになります。

もうおわかりでしょう。このアンプでは、3Hz〜4Hzの帯域においては正帰還利得が高いままであるため、発振してしまう可能性が高いのです。

増幅段間の結合コンデンサ容量を減じてやると、モーターボーティングが止まるあるいは振幅が小さくなるのは、上記の理由によります。しかし、増幅段間の結合コンデンサ容量をいじったくらいでは止まってくれない場合は、そもそも、正帰還利得が大きすぎるわけで、「初段が、出力段のB電源電圧の変動の影響を受けにくくなる」ような電源回路の根本的な改修をしなければなりません。

一定の周波数における正帰還利得の存在が原因であり、負帰還で問題となる位相の進遅による発振ではありませんから、スタガーリングはあまり意味を持ちません。

<工事中>

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