私のアンプ設計マニュアル / 雑学編
素晴らしい老後のための大切な話

身体的変化

男性は、加齢とともに女性よりも顕著に聴力が低下します。若くて聴力が優れた人では、二十歳くらいでは25kHzが聞こえることもあります(私は23kHzまで聞こえました)が、30歳くらいからじわじわと高域側の帯域が狭くなってきます。私は60歳で15kHzはかなり大きな音でないと聞こえず、微少音量で聞き取れるのは10kHzが限界でした。また、人の耳は左右が同じということはまずなくて、私の場合は左耳の方が帯域が狭く右耳と比べて10kHzにおいて6〜8dB落ちています。

若い頃は、「20kHzが聞こえなくなったらオーディオ生活はおしまいだな」とさえ思っていました。私の元上司が大変な音楽愛好家で、とある分野において世界的にも名が通った方でもあるのですが、私はよくその方のお宅に上がり込んでお茶などします。ある時、マルチシステムのトゥイータからノイズが聞こえるので「アンプの調子をみましょうか」と申し上げたところ、氏は「僕はもう聞こえないから関係ないんだ」とおっしゃってトゥイータ用のアンプの電源を切ってしまったんです。なるほど、それほどに高い周波数が聞こえなくなるのか、と愕然としたものです。

そんなに聴力が低下してきたら、音楽を楽しむどころではないのではないか・・・と思ってしまうあなたはまだまだ若い証拠です。

最近面白い経験をしました。25kHzがしっかり出るスピーカーAと20kHzからレスポンスの低下がはじまるスピーカーBを聞き比べた時のことです。私の印象は、高域側はどちらも差がなくて、スピーカーBの方が中低域の質感が心地よく感じたので、スピーカーBの方が良いと思いました。同じスピーカーを35歳の人に聞いてもらったら、彼はスピーカーAの方が高域がきれいに出ているので、スピーカーAの方がいいと言うのです。私は「そういうことを言っていられるのもあと10年か20年だよ。いずれスピーカーBの良さがわかる」と負け惜しみを言いました(笑)。

私の友人には50代、60代の超ベテランといわれる音響エンジニア(PAやレコーディングのプロ)が何人もいます。普通に考えたら、高い音が聞こえない彼らのミキシングでは高域が強調されてしまいそうに思えます。しかし、実際に彼らが仕上げた音を聞くと誰が聞いてもじつにバランスが良く心地よい音に仕上がっています。現場に居合わせた若い音響エンジニア達も口々に「すごい」「やっぱり全然ちがう」と言います。逆に、若い音響エンジニアが仕上げた音は、高域が強すぎたり、どこなく落ち着かないまとまりの悪い音であることが多いです。

人の耳は、周波数特性だけを論じてどうこう言えるほど単純なものではないようです。


聴力障害

まだ若くても聴力の低下はよく起こります。WalkManが発売された直後、多くの若い人がイヤホンで大音量で聞きすぎて難聴になりました。クラシックはまだましなのですが、常時ドラムスやシンセが大音量で鳴りっぱなしの音楽は耳の有毛細胞を破壊して回復不能にしてしまうので、悪くすると若くしてすでにアウト、加齢にともなう高音の減衰も誰よりも早くに生じます。

普通に生活していても起きてしまう難聴の代表は、突発性難聴や低音障害感音難聴です。突発性難聴は、極度のストレス状況になった時に一時的になります。職場で著しく凹むような異動になった時や、とんでもない借金を抱えてしまった時、女房に逃げられた時、人間ドックでひっかかって再検査でよくない結果が出た時などが該当します。風邪をひいても起きますが数日で自然に治癒します。片耳だけ、低音側だけに発症するのが特徴です(きわめてまれに両耳で発症)。

私もストレスが原因と思われる突発性の低音障害感音難聴になりました。その時のデータがあるのでご覧ください。グラフは右耳を基準(0dB)として左右の違いを表したものです。赤い線は、症状に気づいた時の状態で100Hzで-6dBも落ちています。オレンジの線は耳鼻咽喉科で処方してもらったイソソビルドを飲み始めて2日目の状態です。

低音障害感音難聴は、自律神経系の不調などが関係していて直接的な原因はなかなか特定できず、症状も日によって変化するのでとらえどころがなく、治りつつも波状にぶり返してなかなか完治しません。低音だけが落ちるので人の声では判定困難、普通に生活しているとなかなか気づきません。私は、モニタースピーカーに向かってミキシングしている時に「なんかおかしい・・・」と思ってようやく気づきました。人の耳は、片耳の聴力が低下しても両耳間で補い合って聞こえ方のバランスをとってしまうので、スピーカーで普通に音楽を聞いていてもまず気づかないのです。

軽い症状のまま気がつかないでいる人は非常に多いだろうと思います。もし気づいたら、すぐに耳鼻咽喉科に行って精密に測定してもらってください。そして、少々の聴力低下に凹んだりせずに気長に治療してください。症状の直接的な治療は投薬になりますが、十分な睡眠と水分の摂取(とても重要)、肩・首を中心としたストレッチ指導、近赤外線(スーパーライザーなど)照射、抜本的な気分転換、転地も併用しないと完全には回復しないという感じがします。


加齢とともに失うもの、得るもの

この十数年で、聴力は低下、体力も低下、医者の世話になる回数はかなり増えた、物忘れの回数も相当に増えた、階段の上り下りは意識的に注意するようになった(秋葉原の千石電商の地下階段で転落してニュースにならないように)、運転する時の車間距離は長くなった、頭髪は薄くなった、といった老化現象は確実にやってきています。これらは概ね予測してはいましたが、実感してみるとやはり少々凹みます。

しばらく聴く機会がなかったお気に入りのCDを聞いてみた時のことです。最後に聞いたのが55歳くらい、そして今が62歳です。スピーカーから聞こえてきた音楽の素晴らしさにちょっとびっくりでした。「へえ、このCDってこんなに良かったんだ」という驚きとともに、「俺は今まで何を聞いていたんだろう」という少々なさけない気持ちにもなりました。思い返してみると、この種の変化は常に起きていたように思います。同じ音楽ソースでも、20歳よりも30歳、30歳よりも40歳・・・加齢とともに音楽を味わう能力が高まってきているのです。それが60代になってもまだ続いていて、その成長変化の度合いは今の方が大きいとさえ感じます。60歳になると50歳には見えないものが見える、70歳になると60歳には見えないものが見える。

優れた身体的能力としての聴力を持っている若い頃は音楽を味わう能力はまだ未熟で、聴力がどんどん低下した高齢になった時に抜群の鑑賞能力を手に入れることができる。まことに皮肉な話ですが、さてあなたはどっちが楽しく充実していると思いますか。

50代、60代の超ベテランといわれる音響エンジニア達がすばらしい仕事をするのは、まさにこういうことなんだと思います。

何故、こんなことが起きるのか。それはおそらく人が死ぬまで学習し成長しつづける生き物だからだと思います。学習とは、机に向かって教科書を開いたり講義を聞いてノートを取ることではなく、生きている間に出会うさまざまな感覚や体験、気づきによって知らず知らずのうちに体得するものです。ですから、若い人よりも長く生きてきた人の方が圧倒的に有利だということになります。

すべての人がそうだというわけではありませんが、加齢とともに得る能力のひとつに「人の器」があります。部分にとらわれないで全体を見る能力、些事に拘泥せずものごとを達観する能力、「自分が、自分が」にならずに人を受け容れる能力、自分の知を誇らず我が身の無知を知る能力、少々のこと(だけでなく深刻な事態でも)には動じない能力等々。若い頃は「競争心」や「手に入れる」「自分のものにする」ことに執着し、「人よりも知っていること」「人よりもより多く持っていること」にこだわる傾向があります。しかし、加齢とともに「モノへの執着がなくなり」「自分のものを人に与える楽しみ」や「人の方が自分よりもより多く持っていることへの気づき」が身についてきます。

こんなことを言うと、ある人が「全くそうならない人が政治家になっているではないか」とおっしゃるので「まともな人は政治家にはならないよ。いつまでも欲深く器が小さいから政治家になれるんだ」と言ってやりました。閑話休題。


60歳からの自己成長

私は1980年にIT業界に入り、62歳になった今もなおIT世界で後進の育成の仕事をしています(2016.12現在)。しかし、ITの世界ではかつてシステムエンジニアの定年は35歳、それ以降は使えない、などと言われました。事実、今も大手IT企業では40歳以上になると現場から離されてしまうという人事政策が普通に行われています。システムエンジニア自身も50代にもなると過去の経験に閉じこもったり、自信を失う人も多いようです。

しかし、歴史ある他の業種・・・たとえば土木や建築や金属加工や家具職人・・・を見てみると、親方と呼ばれる人々の多くは60歳以上であり、若い職人達から「真の職人」とか「神様」と呼ばれる人々の多くは70歳に達しています。そういう人々は、60歳を過ぎてなお「自分は未熟だ」「もっと腕を磨こう」と思って仕事しています。振り返ってIT業界を見てみると、50歳を過ぎて新しい技術を学習したり、さらに腕を磨こうとするシステムエンジニアは滅多にいません。60代のプログラマの神様なんて聞いたことがありません。一体何故なのでしょうか。ITだけ特別なのでしょうか。

その答えは簡単です。自分で自分の成長を止めているし、会社もまさか50歳を過ぎたシステムエンジニアがさらに成長してすごい人材になるなんて思っていないからです。

企業社会では、60歳になると事実上現場から撤退させられ、居残れたとしても65歳まで、というルールがあります。サラリーマン人生では、会社が「はい、そこまで」と言った時が現役を退く時であり、引退の時だということになります。60歳と65歳で区切りをつけてしまうため、「これまで」と「そこから先」が不連続になってしまうため、自己成長のためのプランが描けなくなります。

一方で、個人事業者や企業組織に属さない職人や技術者達は60歳とか65歳なんていう区切りはありませんから、加齢とともにさらに自己を磨くプランを描けるわけです。おそらく、そんなプランを描いている意識などなく「動けなくなるまでが現役だ」と思って自己を磨きながら日々を過ごしているでしょう。

大切なのは、60歳や65歳は人生の区切りでもなんでもない、単なる会社組織の都合にすぎないということです。85歳まで元気に生きることができるとして、60歳からさらに四半世紀もあるのです。


「獲得する」から「与える」へ

私は60歳くらいを境に心情的の大きな変化を経験しつつ日々を過ごしています。私の身に何が起きたのか・・・。

人は有形・無形のさまざまなものを得たい手に入れたいと思って生きています。私の例に漏れず、欲しいものがたくさんあります。その結果、数千枚のLPレコードやらCDを所有することになり、何セットものオーディオ装置に囲まれて生活しています。四十代、五十代は職場でそれなりのポジションを得るためにさまざまな努力をしました。家庭においてもインテリア雑誌に出てくるような生活空間にあこがれて、毎年ひとつずつお気に入りの家具を手に入れてきました。

欲しかったものを手に入れるということは確かに喜びの瞬間です。しかし、この歳になってそれ以上の喜びがあることを知りました。私の身の上に起きた最大の変化は、ひとことで言うと「獲得する」から「与える」への変化です。

私は、60歳になったことを転機に、これまでに手に入れてきたさまざまなものを手放して人に与えることにしました。最初に手放したのはスピーカーとアンプです。30年以上にわたって愛用してきたRogers LS3/5A 15Ωモデル、プレミアムがついているようでオークションに出したら当時の購入価格よりも高く売れるらしいスピーカーは、アンプもつけて活躍中の若い音楽マネージャにプレゼントしました。自分が大切にしてきたものを手放すというのは決して淋しいとか残念なことではなく、むしろ気持ちの良いものでした。

次に手放したのは、コンパクトサイズのスピーカーとしては最高だと思っているHARBETH HL-P3ESです。これはこれから世界で活躍するであろうウィーンに住むまだ若いピアニスト氏にプレゼントしました。手放したのはオーディオだけではありません。15年位前に苦労して手に入れたTHONET製の椅子4脚は家内のアイデアで若き助教授の研究室に寄付しました。何十年もかけて買いそろえてきた洋食器の多くは、家庭を持った多くの若い人たちのところで大切に使われています。これまで作ったアンプのうち、出来の良いものはそのほとんどを若き音楽家にプレゼントしましたので、我が家に残っているアンプはとても人にあげられない失敗作ばかりです。

自分が持っているものを誰かに与えて役立ててもらうときのポイントは「良いものから順番に」ということのようです。一番いいものは自分の手元に置いて・・・というのはダメなんですね。いいものを手放すからもらった人は喜ぶのであり、手放した自分の満足感も大きいのです。

無形のものとしては、自分の時間や知識・ノウハウがあります。これこそ抱え込んでいては何の役にも立ちません。幸い会社生活から離れたために自分の時間はかなりあります。知識やノウハウは出し惜しみをしても得るものは何もなく、出せば出すほど良い結果をもたらすことがわかりました。よく「ノウハウを出したら取られるから損だ」という人がいますが、そう簡単に取られてしまう程度のものはノウハウではありません。

生活の基準を「獲得する」から「与える」に切り替えて数年が経ちますが、思いもよらなかったことが起きています。それは、手放せば手放すほどより豊かなものが返ってくるようになったのです。


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