私のアンプ設計マニュアル / 雑学編
2.物理性能と音
増幅器の物理的な性能の優劣と、その増幅器が持つ音質、音色そして音場感といった人間の知覚から認識される音のよしあしとの間には密接な関係が存在すると思います。総じて良い音を得るための物理的性能水準は、高くきびしいものがあります。従来、真空管増幅器は近来の半導体増幅器と比較して物理的性能は劣っていても、それでも半導体増幅器にはない音の温かみややわらかさがある、などと言われてきました。残念ながらそれは誤りであるように感じています。

確かに、そのような音のする真空管増幅器を数多くみてきました。今思えば、たとえばそれは高域性能が甘くかつ左右チャネル間のクロストークが悪く、超低域がスパッと切れているといったことの結果であって、そのような増幅器では、演奏者の息づかいや音場の奥行き感を望むことはできなかったように思います。自分なりに魅力的な音だと悦に入っていても、家族のきびしい耳を満足できたためしがありません。

実際、真空管を使用して現代の半導体増幅器並の物理的性能を実現するのは容易なことではありません。トランジスタに比べて真空管の方が直線性が良い、という説には賛成しかねます。トランジスタを真空管と同等の高い電源電圧で使用すると真空管の及ばぬ物理特性を示しますし、素子を組み合わせることで負帰還技術に頼らなくても容易に低歪を得ることができます。それに対して真空管は固有の弱点や非直線性を克服する有効な手段を持ちません。

しかし、一方で真空管には、工芸品(まさに工業製品であり芸術品である)ともいえる姿の美しさ、加えてほんのり灯ったヒーターやフィラメントのあたたかさがあります。私にとって、真空管はトランジスタや最新半導体が逆立ちしてもかなわない魅力を備えている不思議な物体です。そしてその真空管がこの世からいよいよ姿を消はじめています。音楽のみならず芸術の美を愛する者が、切ない思いで真空管増幅器にあこがれるのは当然というべきではないでしょうか。(と、ここまで書いたのを娘が読んであきれた顔をしています。なんでもいいからいい音出してよね、といわんばかりに。)

今日、上に述べたような性能を求めて、数十年以上前に設計された真空管増幅回路を模倣することには相当な無理があると考えます。求められるボトムラインとしての物理性能の基準も大きく変化してきました。真空管という増幅素子を見直し、その短所を克服し、長所を生かすのでなければ、懐古趣味から脱することはできない・・・とまでは言いませんが・・・今の私にとって、真空管は、実用性を持った時ほどいとおしさが増してくるように思えます。飾っておくだけでなく、できるだけその能力を引き出し、しかも無理をさせることなく天寿を全うさせることに意味を感じるのです。

1999年8月のある日、製作された2A3シングルアンプを何ヶ月もかけて納得のゆくレベルまでチューニングされた横浜の榊さんという方から、以下のようなコメントを頂戴しましたので、ご本人の承諾のものとにここにご紹介したいと思います。

「以下は私見ですが....

特性がよくなってわかってきたことは、やはり、特性のよくないアンプというのは、それなりでしかないらしいということです。そういうアンプだとあるソースでは気持ちいいけど別の音楽ではなんか変だったり、組み合わせによってはまったくダメだったりするような気がします。最終的には耳で合わせるとは言っても、特性はある程度出てないと駄目なんですねえ。勉強になりました。木村さんもおっしゃっていたように、30Hz辺りの1dBの変化というのは小型スピーカーを使っていてもはっきりと確認できますし、高域についても聞えないはずの領域の特性が音の品位に大きく影響することも体験しました。特性をばかにしちゃあいけないですね。耳で聞くものなので特性を云々するのはおかしいという記事を多く見かけますが、それはかなりの特性が出ているベテランの場合の話で、初心者にはこの辺を誤解させるような書き方は有害なのでは?と思い始めています。

榊(1999.8.3)」

本編では、真空管増幅器において、どのようにすれば優れた物理的性能が実現できるのかを中心に述べています。それはやみくもに物理特性の向上をめざしているのではなく、明らかに音の向上に関係があると私自身が実感したものについてのみふれています。一部、世間の常識に逆行する記述もみられるかもしれませんがびっくりしないでください。但し、良い音の条件のひとつである物理特性に関する記述ですので、ここに書かれているここに書かれていることを満足したら良い音が得られるか、というとその保証は全くありません。必要条件だと思って書きましたが、充分条件ではないことをご了解ください。

歪率の考え方

2次歪、3次歪、高次歪いずれも我が家の通常の音量(0.01W〜1W)において0.1〜0.5%以下であることが、良い音の条件であると考えます。偶数次歪を有害視しない考え方も一方で存在します。少々2次歪(すなわち1オクターブ上の倍音)を発生させた方が、響きが豊かになるという意見です。事実、2次歪の存在は出来の悪い楽器や、拙い演奏家のひどい音をわずかでもましなものに変えるという効果があります。安物のヴァイオリンは誰が弾いても倍音は貧弱ですが、ストラディヴァリウス氏全盛期の作品は私が弓でこすっても驚くほど豊かな倍音が出ました。しかし、本来的に良質の音楽ソースにとっては、2次歪の存在はむしろ害があるということも紛れのない事実です。真空管増幅器といえども、0.1%以下の水準を目指す必要があるものと考えます。これは、真空管にとって実に困難な課題です。

ところが、歪み率特性がさほど優れていないアンプであっても、素晴らしい音を聞かせてくれるものがある、という現実もまた存在します。だからといって、歪みは多くても構わない、と結論づけることには私は賛成しかねます。なぜならば、比較的2次歪みの多いアンプの音は、やはり、十分に耳で識別できるからです。

実際、真空管シングルアンプでは、歪みに対して特別な配慮をしなかった場合は、(運良く歪みの打ち消しでも生じない限り)1W〜数Wの出力レンジにおいて、1%〜5%くらいになるが普通です。これを、あれこれ知恵を使って0.1%〜1%まで持って行くわけです。ひとつのゲームと思えば、結構楽しいものです。

歪み率は、1KHzだけでなく100Hzと10kHzでも確認するものですが、できれば50Hzあたりの数字もチェックしたいものです。まだ、充分確認できたわけではありませんが、100Hz以下の歪み具合が音を大きく左右しているように思っています。


ダンピング・ファクタの考え方

ダンピングファクタは、想定した負荷インピーダンスをアンプの内部抵抗で割ったものですから相対的な数値であり「架空の指標」です。世の中では、ダンピングファクタ値そのものが一人歩きしているような印象を受けます。そのため、いたづらにダンピングファクタ値の高さを競うことになったり、数値に振り回される場面も生じてしまいます。アンプを自作される方は、ダンピングファクタの値ではなく、内部抵抗値に興味を持ったらいいでしょう。スピーカーのインピーダンスが変化すればダンピングファクタは変化してしまいますが、内部抵抗は変化しません。

シングル・アンプの場合・・・20Hz〜20kHzにわたって最低でも4.0以上であることが望ましく、我が家でRogers LS3/5Aクラスの小型スピーカを充分制動するには5.0以上であることが望ましいようです。小型スピーカの場合、どうやら超低域でのダンピング・ファクタが物を言うようで、中低域以上のダンピング・ファクタだけ高くでもだめなようです。

プッシュプル・アンプの場合・・・プッシュプル・アンプを使うようになって気がついたことですが、どうも、プッシュプル・アンプでは、ダンピング・ファクタはシングルの時よりもかなり低めでも問題が表面化しにくい、ということがいえそうです。理由のひとつとして考えられるのは、プッシュプル・アンプの方が圧倒的に低域特性が優れていることです。極端なはなし、多極管の無帰還(ということはダンピング・ファクタは0.1程度)であっても結構聴けてしまうのです・・・シングルでは、とても聴ける音ではなかったのに。

シングルアンプでは、いかに立派な出力トランスを投入したとしても、50Hz以下における帯域特性はプッシュプルアンプにはかないません。おそらく、50Hz以下の特性が関係しているのではないか、と思うのですが、私にとって、これは謎です。

独立して理想のダンピングファクタ値というものは存在しないように思います。しかし、あまり低い値だと誰もが認める良い音にはなりませんし、あるアンプでは3もあれば十分なのに、別のアンプでは3では駄目なのに5にしたら聞けるようになった、ということもまた事実です。使用するスピーカーによっても望ましい値は変化します。半導体アンプでは、比較的容易に10以上のダンピングファクタ値を得ることができますが、真空管アンプでは高い値を得ようとするほどに設計が難しくなったり、あちらを立てればこちらが立たず、といったことが起きます。その結果、そのアンプが持つ固有のバランスが崩れてしまいがちです。


雑音の考え方

我が家では、スピーカーに耳を近づけてもなかなか聞こえないくらい静かであることが要求されます。不思議なもので、ソースに含まれる残留雑音はある程度我慢できても、システムから常時発生する雑音は我慢ならないものです。残留ハム0.8mV(16ΩA補正なし)のメインアンプの電源をいれっぱなしにした状態では、スピーカーからもれるハムが気になってピアノの練習にさわる、というのが娘の注文でした。

ちょとしたことに気を遣い、あたりまえのことをするだけで、非常に静粛なアンプを作ることができます。是非、静粛なアンプの気持ちのよさを知ってください。残留ノイズ0.1mVオーダーのアンプを作るというのは、そんなに難しくありません。しかし、雑誌等の製作記事の多くは、残留雑音が1mV前後で妥協しているものが目立ちます。もっと、静粛さに贅沢になって欲しいと思います。

雑音には、オーディオ機材そのものから発生するものと、外部からやってくるものとがあります。オーディオ機材そのものから発生する雑音をできるだけ小さくする、というアプローチに加えて、外部からやってくる雑音の影響を受けないようにするアプローチがあり、さらに外部で雑音を発生させないようにするアプローチの3つがあります。

雑音には、耳に聞こえる雑音と、耳に聞こえない雑音があります。また、スピーカーから聞こえることで不快な思いをする雑音と、回路の中で悪さをする雑音があります。

雑音には、連続的に発生するものと、不連続なものとがあります。冷蔵庫や蛍光燈のON/OFF等でバチッとはいるのが後者の代表でしょう。MCカートリッジでの演奏中でもこのような雑音が混入しないようにしなければなりません。こういう雑音がはいる/はいらないで、リスニングルームの「格」が決まります。

高校生の頃、しばらく渋谷の喧騒のなかに住んでいて、郊外の静かな住宅地に引っ越した時、家族全員が寝不足に陥ったことがあります。あまりに静かで夜になると何も聞こえなかったからです。同じような現象は、お正月の東京都区内でも経験できます。街全体のノイズレベルががくっと低下するからです。こんな日に、家中の音源をOFFにして我がオーディオ装置を鳴らしてみることをおすすめします。スピーカ以外の意外なものがノイズを発生させているかもしれません。


周波数特性の考え方

再生装置においては、通常の音量(0.01W〜1W)において充分広帯域(10Hz〜100kHz -3dB)であることが必要です。最近のスピーカーは、小口径であっても20Hz以下を立派に伝達するので油断できません。人間の可聴帯域は20Hz〜20kHzといわれており、事実そのとおりなのですが、アンプの周波数特性も20Hz〜20kHzあれば十分かというとそれとこれとは別問題です。10Hzでのレスポンスが-0dBのアンプと-6dBのアンプとでは明らかに違いが確認できます。

実際、このような小型スピーカで50Hz以下の帯域がまともにフラットであるわけはないのですが、人間の耳というのは不思議なもので、どんどん減衰していっている低い帯域であっても、ちゃんと感じてくれています。減衰しているから必要ない、というのではなく、減衰するような帯域であっても十分なクォリティは維持しなければならないのだと思います。

増幅回路のカソード側の抵抗と並列に挿入されるパスコンの値が、どのアンプをみても右へならえの「100μF」ですね。この値に疑問を感じて欲しいと思います。「10μFにしたら、1000μFにしたら、どう違うのだろう」くらいの疑問を持って欲しいのです。私は、ほとんどの場合、このコンデンサに470μF以上のものを入れてごらんなさい、とアドバイスします。そして、どうなったか。それは、やってみてご自分で答えをみつけてください。

世の中には、5Hzあるいは20Hz以下は害多くして利益なし、という考え方も存在します。超低域はアンプにとって有害である、という説は何十年も前から言われています。その説はどこまで本当なのでしょうか。このマニュアルは、そういうことに対して疑問を持ってみる、ということからはじまっています。それはそれで、メリットもあるのでにわかに否定はしませんが、音場感(と表現していいのでしょうか)にこだわってしまうと、超低域カットがもたらすデメリットとその限界を感じる方も多いことでしょう。本ホームページは、そのような欲求を持った方にとっては少しは足しになると思います。

ちなみに、レコーディングの現場では30Hz以下のノイズの問題は結構深刻なものがあります。特にクラシックの録音では、ホールの響きも音楽のうちなので防音の施されたスタジオでの録音には適しません。ホールを使う場合、レコーディング中は暑い寒いを我慢してかならず空調を切ります。それでも外部からのゆらぎのノイズに悩まされるため、さまざまな方法で超低域をカットせざるを得ません。しかし、一旦レコーディングされてからは、録音されてしまった市電の音すら音楽の一部になっています。そこが、レコーディングと再生オーディオとの違いでしょうか。


左右チャネル間クロストーク特性の考え方

左右チャネル間の信号の洩れは、音の品位に重大な影響を与えることを実感しました。特にシングル・アンプでは、電源回路で手を抜くと100Hz以下でどんどん悪化してゆき、10Hzでは40dB以下などというひどいことになります。10Hzで、60dB以上とれているか40dB程度かでは、明らかに差が出ます。また、部品配置と線の引き回しで油断すると1kHzあたりから高域側に向かってどんどん悪化してゆきます。こちらも、音に露骨にあらわれます。多くの記事がクロストークに関して鈍感すぎると思います。球の銘柄の比較云々をするよりも、まず、自分のクロストークをみて反省せよ、といいたいですね。

世の中には、どうせスピーカーから出た音は空間で混ざってしまうから、ホールの座席で聴くのに定位も何もない、といったご意見もあるようです。そのような意見は録音芸術を勘違いしています。生の演奏とレコーディングされた音楽とは根本的に異なるものです。それは、レコーディングや編集の現場に行ってみればすぐにわかることであり、それがいかに見当違いの考えであるかがわかります。録音芸術は、生演奏では絶対にできないことを実現するのが重要な目的のひとつなのです。(そういう意味では、ライブ・レコーディングは録音芸術とはいいません)

そして、(くどいようですが)あたりまえのことを守るだけで、広い帯域にわたって70dB程度のクロストークを実現することができます。おいしいものは、それを食べた人しか知りません。40dBの味しか知らない人は、40dBのおいしさしか語れないのです。


入出力電圧(感度)の考え方

我が家では、

・PHONO入力は、0.3-0.4mV(DL-103しか使わないから)
・LINE入出力は、0.3-0.6V
・プリ出力も、0.3-0.6V
・メイン入力からメイン出力までの利得は、6〜15倍

がちょうどいいバランスになります。ボリュームのマージンはとっていません。これで、どんなソースを接続しても「11-15時」あたりでほどよい音量になります。プリで10倍などという利得を稼いでしまうと「9-10時」くらいまで絞らないと音が大きすぎて実に不便ですし、そんなアンプでは「12時」にすると家族の顰蹙を買い、「15時」ではスピーカは吹き飛んでしまいます。「10時」以下の領域ではA型ボリュームの誤差が出やすく、左右のアンバランスに泣かされることも多いです。

私に言わせれば、これも世間の通説に振り回された結果なのです。プリアンプの利得は「10倍」と書かれた文献のいかに多いことか。今時のCDプレーヤも、チューナも、大音量時の出力電圧は1Vくらいあります。これをボリュームで少々絞ったとしても、10倍増幅してメインアンプに送り込んだら、音が大きすぎるのは当然です。増幅率ゼロ(すなわち1倍)であってもボリュームMAXの状態だったら、スピーカからは大音響が飛び出す計算です。

普段聞く時のボリュームの位置は「9-10時」なんて、もうやめにしましょう。

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