私のアンプ設計マニュアル / 基礎・応用編
電源の設計その2 (基礎知識パート2)

整流回路の真の動作

交流から直流に変換するのが整流回路ですが、その具体的な動作についてはあまり理解されていません。「要するに、交流をダイオードで整流してコンデンサでリプルを除去すれば直流が得られるでしょ」と理解している人は多いと思います。「ダイオードは一方向にしか電流を流さないから、交流の反対方向の電流を遮ることで直流になる」と理解している人も多いと思います。しかし、実際にどのようにして交流が直流になるのか、ダイオードやコンデンサにはどんなタイミングでどんな電流が流れているのかということになると、そこまで踏み込ん考える人は案外少ないようです。

しかし、このことをよく理解できていないと電源回路について、整流回路について十分に理解できているとは言えません。本章では、整流のメカニズムについて実測データにもとづいてできるだけわかりやすく解説してみようと思います。


実験回路

今、ここに下図のようなブリッジ整流回路を使った電源回路があります。電源トランスの2次電圧は185V、これをブリッジ整流して、リプルフィルタとして50μFのコンデンサが続きます。この電源回路に適当な負荷を与えて、53mAの直流電流を取り出しています。今、得られている直流出力電圧をDCVレンジにしたデジタルテスターで測定すると250Vとなりました。


実際の電流はどうなっているか

ダイオードを流れる電流の通り道「Y〜Z間」に1Ωの抵抗器を割り込ませてその両端を測定してみることにします。

この回路では、得られた出力に負荷をかけて53mAの直流を流しています。そして、1Ωの両端で測定しても53mAの直流が検出されました。しかし、1Ωには76mAもの交流が流れていることもわかりました。負荷側には直流しか流れていませんからこの交流は50μFのコンデンサの中を流れていることになります。これが整流回路におけるリプル電流です。整流回路では、「X点〜50μF〜Y点〜Z点」の経路にこのようなかなり大きなリプル電流が流れるのです。

さて、このリプル電流は整流ダイオードにも流れているわけですが、どんな波形の交流なのかを調べてみました。

上側は電源トランスの185V巻き線、すなわち整流される前の交流波形(測定の都合で減衰させてあります)です。周波数は50Hzです。下側が問題のダイオードを流れる電流の波形です。ダイオードには電流が流れている時と全く流れていない時があり、流れている時の方が時間が短くパルス的であることがわかります。そのパルスのタイミングは整流前の交流波形のピークと一致しています。

ちなみに、電流値は最大で約200mAにもなります。整流回路のダイオードには、全く電流が流れていない時と瞬間的に大電流が流れる時とがあるわけです。これは整流回路を理解する上でとても重要なことです。整流素子(ダイオードだけでなく整流管も)には整流出力と同じような電流が流れているわけではなく、交流波形のピークの時だけ瞬間的に非常に大きな電流が流れるものなのだということです。

ここまで理解できたら、もう一度上の元の交流波形を見てください。とても正弦波とは言えない上下が潰れた波形だと思いませんか?電力会社が発電所から供給している交流はもう少しましな正弦波形をした交流です。しかし、現代では電気機器の多くが交流を整流しているのでどの家庭でも正弦波のピークばかり使うようになり、ピークが削れてしまったのです。かくいうこの実験回路もピークの部分だけを使っています。今から50年くらい前は、交流波形全体を使う白熱電球が中心だったので家庭のコンセントに来ている交流もきれいな正弦波でした。

下の画像は、下側が完全な正弦波、上側が2010年に調べた我が家に来ている商用電源の波形です。これから先、電気機器の電源事情が変化すれば、家庭に届く電力の交流波形はさらに変化してゆくでしょう。


何故、整流素子にパルス的な電流が流れるのか・・・導通角とピーク電流問題

これからが整流回路を理解する上で最も重要な説明になります。話をわかりやすくするために、回路を簡素化した半波整流回路で説明します。

電源トランスの2次側には実効値が185Vの交流が現れています。実際の電圧は、0Vを基点として、プラス側は185Vの√2倍の261V、マイナス側は185Vの-√2倍の-261Vを往復する正弦波です。整流ダイオードの左側は、50Hzのサイクルで-261V〜0V〜+261Vの範囲で変化しています。整流ダイオードの右側は、若干の変動はあるもののほぼ+250Vで一定です。

交流サイクルのいくつかのポイントで、整流ダイオードにどのような電圧がかかり、電流が流れるのかを表にしてみます。なお、説明をわかりやすくするために、整流後に得られるのは残留リプルがない平坦な250V一定の直流だとします。

整流ダイオードの
入り口側の電圧
整流ダイオードの
出口側の電圧
整流ダイオードにかかる順電圧整流ダイオードの動作
0V250V-250V電流は流れない
100V250V-150V電流は流れない
250V250V0V電流は流れない
251V250V1Vわずかな電流が流れる
261V250V11V大きな電流が流れる
251V250V1Vわずかな電流が流れる
250V250V0V電流は流れない
100V250V-150V電流は流れない
0V250V-250V電流は流れない
-100V250V-350V電流は流れない
-250V250V-500V電流は流れない
-261V250V-521V電流は流れない
-250V250V-500V電流は流れない
-100V250V-350V電流は流れない
0V250V-250V電流は流れない

ご覧のとおり、整流ダイオードの順方向に正の電圧がかかったある限られた条件の短い時間のみ電流が流れ、それ以外の長い時間は整流ダイオードは仕事をしていません。電源トランスから整流ダイオードを経て供給される電流はとても間歇的なのです。電流が供給されていない時間もアンプは直流電源を必要としていますね。その時間は電源回路のコンデンサだけが電力を供給しています。アンプが使用する直流はもっぱら電源のコンデンサが支えているのであって、トランスやダイオードは間接的・間歇的にエネルギーを供給しているにすぎません。

整流素子には常に電流が流れているわけではなく、交流サイクルのピークに近い短い時間だけ導通しているわけですが、この時間のことを「導通角」といいます。交流の1サイクルを360°として考え、そのうちの何°が導通状態なのかを表した言い方です。

導通角は、整流管よりも整流ダイオードの方が小さく、電源トランスの内部抵抗が小さい方が導通角は小さくなり、整流直後のコンデンサ容量が大きいほど導通角は小さくなります。そして導通角が小さいほど整流素子に流れるピーク電流は大きくなり、供給電源の交流波形の破壊の程度が大きくなります。整流管の定格で整流直後のコンデンサ容量値が制限されているのは、この容量が大きいと導通角が小さくなり、ピーク電流が大きくなるために整流管の寿命が短くなってしまうことによります。

もうひとつ注目していただきたいのは、ダイオードにかかる逆電圧です。マイナスのサイクルのピーク時には521Vもの電圧がかかっていますね。半波整流回路で185Vを安全に整流するためには、ダイオードの耐圧は500Vではダメで600V以上が必要です。現実の設計では安全をみて800V以上の耐圧のものを使います。

ダイオードにかかる逆電圧の大きさは整流回路の方式によって変化します。半波整流回路では、元の交流電圧の2√2倍(=2.83倍)です。ブリッジ整流回路では、直列になった2個のダイオードに同じ逆電圧がかかるため、ダイオード1個あたりは理論上は1/2なのですが、実際にはダイオードのばらつきがあるため、1/2よりも大きな値がかかることがあります。


残留リプル

冒頭の実験回路の残留リプルを簡単に把握するには、ACVレンジにセットしたデジタルテスターを「X〜Y間」に当てます。その時の表示は2.2Vとなりました。これは実効値※ですからもしきれいな正弦波だったとすると、ピーク電圧は、2.2V×2√2=6.2Vp-pということになりますが、実際に観測してみると下のようになりました。(※厳密にはわずかに違うのですが本題ではないのでここでは細かい話には目をつぶります)

上側は元の交流波形(測定の都合で減衰させてあります)で、位相の状態がわかるようにするための参考です。周波数は50Hzです。下側がリプル波形です。ご覧のように正弦波ではなく角がまるくなった三角波のような形状をしています。周波数は100Hzです。一目盛りが5Vですのでおおよそですが8Vp-pくらいです。整流出力をDCVレンジで測定するとDC250Vとなり、ACVレンジで測定すると2.2Vとなり、実際の電圧は250Vを中心として±4Vで上下しているわけです。最低になる瞬間は246Vで、最高になる瞬間は254Vということです。

トランジスタやMOS-FETを使ったリプルフィルタ回路や定電圧電源を採用する場合は、入力側の電圧がかなりの振幅で変動していることを考慮しなければなりません。たとえば、250V±4Vでのリプルを含んだ電源を使った場合、246V以上の出力電圧は不可能です。リプルフィルタの場合はMOS-FETのソース〜ドレイン飽和電圧を加えて4V+2V=6V以上の余裕が必要ですし、定電圧電源の場合はAC100V変動も吸収しなければなりませんから、もっと大きな余裕が必要になります。

さて、何故このような三角の波形ができるかですが、ダイオードのピーク電流によってコンデンサが充電されると電圧が上昇し三角の山の頂点になります。その後、ダイオードから電流が供給されない時間が続くわけですが、その間もアンプは電流を消費しますからコンデンサが放電しながら支えるので電圧が下がります。ほどなくダイオードの次のピーク電流が供給されるので再びコンデンサが充電されて電圧が上昇し・・・・これを1秒間に100回繰り返します。それでコンデンサ容量を2倍にするとリプル電圧が1/2になるわけです。


残留リプルの高調波

下の画像は、我が家に来ている商用電源とリプル波形それぞれの高調波の様子です。

商用電源は、50Hzの基本波の次に高いのは150Hzと250Hzでともに-30dB、その次が350Hzで-40dB、さらに450Hz、550Hzという風に奇数次高調波が続きます。波形は上下対称ですから奇数次高調波が中心となるのは当然です。50Hzの基本波に対して各高調波は-30dB以下です。

これに対して、整流回路で生じる残留リプルは100Hzにはじまって200Hz、300Hz、400Hz、500Hzと偶数次と奇数次の両方が続きます。100Hzの基本波に対して、200Hzは-6dB程度、300Hzでも-10dB程度とかなり大きいです。

どちらもオーディオ信号に混入するとハムになりますが、聞こえ方は相当に違います。

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