私のアンプ設計マニュアル / 基礎・応用編
電圧増幅回路の設計と計算その6 (差動増幅回路)

差動増幅回路とは

2つの増幅素子があって、その増幅素子のカソード(FETの場合はソース、トランジスタの場合はエミッタ)が互いに接続され、その共通のカソード回路に流れる電流が(ほぼ)一定となるような動作をする増幅回路のことを、差動増幅回路といいます。(右図)

差動増幅回路では、2つの増幅素子(右図では真空管12AU7やJFETの2Sk30)に流れるプレート電流(JFETの場合はドレイン電流)の合計は常に一定の値になります。信号が入力されて、増幅作用を行っている場合でも、2つの増幅素子に流れるプレート電流の合計が常に一定であるということに変わりはありません。

ということは、もし、一方の球のグリッドに信号が入力されて、プレート電流が増加するような動作をした場合は、もう一方の球のプレート電流はぴったり同じだけ減少することになります。なぜこのような動作になるかというと、共通カソード側に「定電流回路」が挿入されているからです。

定電流回路」とは、その両端にかかる電圧の大小にかかわらず、つねに一定の電流が流れる回路のことです。


差動増幅回路のロードラインとバイアス

右図の回路は、3極電圧増幅管6FQ7を使った差動増幅回路です。電源電圧は200V、それぞれのグリッドは抵抗(100kΩ)で接地されているため、両グリッド電位はアースと同じ(0V)です。共通カソードは4mAの定電流回路によってマイナス電源に引かれています。それぞれのユニットのプレート負荷抵抗は47kΩです。6FQ7の各ユニットのプレート電流は2mAずつということになり、プレート負荷抵抗47kΩにおける電圧降下は94Vですから、プレート電圧は106Vとなるはずです。

そこで疑問となるのは、6FQ7のバイアスはどうなっているのだろうか、どのように決めたら良いだろうか、ということです。これは、以下に述べるように、Ep-Ip特性データとロードラインから求めることが可能です。

一般的な真空管増幅回路では、設計どおりの動作・・・たとえばプレート電流が設計値・・・になるように、バイアスを調整(すなわちコントロール)するという手順になります。それに対して、差動増幅回路では、プレート電流の値はカソード側に挿入されている定電流回路で一意に決定されてしまいますので、バイアスを調整するという手順はありません。

右図は、6FQ7のEp-Ip特性データです。6FQ7のグリッドの電位が0Vで電源電圧が200Vですから、ロードラインの起点は、Ep=200V、Ip=0mAであると考えます(正確には、200Vよりもバイアス電圧分だけ低くなります)。負荷抵抗は47kΩですから、ロードラインの終点は、Ep=0V、Ip=200V÷47kΩ=4.26mAです。この辺の考え方は、通常の電圧増幅回路のロードラインと何ら変わるところはありません。

プレート電流は2mAということでしたから、ロードライン上のIp=2mAのポイントをさがします・・・Ip=2mAの赤い線との交点。そこで、グラフ上からバイアス電圧を逆読みすると、「バイアス=-3.6V」が得られます。これが、本回路における6FQ7の動作ポイントです。差動増幅回路では、このような条件で回路を動作させると、自動的に-3.6Vというバイアスに落ち着いてくれるのです。

参考のために、プレート電流値がそれぞれ、1mA、2mA、3mAの線を引いてみました。6FQ7の動作ポイントは、定電流回路がどのような電流値(たとえば、2mA、4mA、6mA)を持っているかによって、この線上のどこかになるというわけです。Ip=1mAの時のバイアスは「-6.6V」であり、Ip=3mAの時のバイアスは「-1V」と読み取れます。この数字は、次章「差動増幅回路の動作」で使いますから頭に入れておいてください。

差動増幅回路では、プレート電流を調整するためのバイアスを操作するという手順ありません。そのため、6FQ7と異なる特性の球・・・たとえばμがもっと高くて内部抵抗は低い6DJ8や6922・・・に差し替えたとしても、相変わらずプレート電流は2mAになり、その時のバイアスは、その球に応じた値に自動的に落ち着いてくれます。


差動増幅回路の入力と動作

差動増幅回路に信号が入力されて、増幅作用を行っている時の動きについて、3つのケースに分けて考えてみたいと思います。

(1)両グリッドに逆相入力

例題の回路において、向かって左側6FQ7のグリッドをプラスに振るような信号が、向かって右側6FQ7のグリッドをマイナスに振るような、同じ電圧で位相が逆の信号が入力されたとします。その結果、左側6FQ7のプレート電流は3mAに、右側6FQ7のプレート電流は1mAになったとします。

この様子は、前掲のEp-Ip特性のロードラインにおける、Ip=1mAとIp=3mAの動作ポイントに対応します。Ip=1mAとIp=3mAの時のそれぞれのバイアスは、-6.6Vと-1Vでした。この関係を表したのが右図です。この一連の条件を満たすような、共通カソードの電位は「3.8V」です。

そして、それぞれのプレート側には、-47Vと+47Vの出力信号が得られています。片側あたりで考えると、2.8Vの入力で47Vの出力ですから、利得は、47÷2.8=16.8(倍)となります。6FQ7の通常の電圧増幅回路における利得と同じです。

このような信号の伝達方法は、平衡回路そのものです。入力から出力に至るまで、信号経路の両端がアースから独立しており、位相が互いに逆になっているからです。

(2)片側グリッドに入力

今度は、向かって左側6FQ7のグリッドをプラスに振るような信号が入力されますが、向かって右側6FQ7のグリッドには入力がなかったとします。それにもかかわらず、左側6FQ7のプレート電流は3mAに、右側6FQ7のプレート電流は1mAになったとします。

この場合でも、上記(1)の考え方がほとんど通用します。Ip=1mAとIp=3mAの時のそれぞれのバイアスを、-6.6Vと-1Vとして、この関係を表したのが右図です。この一連の条件を満たすような、右側6FQ7の入力信号は「5.6V」、共通カソードの電位は「6.6V」です。

それぞれのプレート側には、-47Vと+47Vの出力信号が得られています。5.6Vの入力で-47Vの出力ですから、利得は、47÷5.6=8.4(倍)となり、(1)の場合のちょうど半分になりました。しかし、信号入力のなかった側の6FQ7からも47Vで、位相が反対の出力が得られています。

これが、差動増幅回路の「位相反転」効果です。ムラード型の位相反転回路はこの原理を使っていますが、共通カソード側が定電流効果の弱い抵抗になっています。ムラード型位相反転回路でも、この抵抗を定電流回路に置き換えることによって、より高い位相反転精度を得ることができます。

このような出力信号の入力の方法では、不平衡→平衡変換が行われます。

(3)両グリッドに同相入力

最後は、両グリッドに同相の信号(+10V)を入力してみます。この場合は、2つの6FQ7のバイアスには差が生じません。両グリッドは揃って+10Vに振られます。ということは、両方の6FQ7のプレート電流は2mAのままで変化しないことになります。

何故このようなことになるかというと、共通カソード側が定電流化されているために、動作条件の如何にかかわらず、常に合計で4mAのプレート電流が流れようとするからです。

その結果、2つの負荷抵抗(47kΩ)に流れるプレート電流はあいかわらず2mAのままで、信号が入力されない時と全く変化がないことになり、当然、出力信号も現れないことになります。

この働きのことを、差動増幅回路の「同相除去(Common Mode Rejection)効果」といい、同相除去能力のことをCMRR(Common Mode Rejection Ratio)といいます。差動増幅回路が、外部からのノイズの影響を受けにくいのは、この「同相除去効果」のおかげです。通常のプッシュプル回路も、ある種の「同相除去効果」を持ちますが、ここで述べたような効果はありません。差動増幅回路の方が圧倒的に優れています。


差動増幅回路の出力と動作

差動増幅回路は、2つの出力の取りだし口を持っています。その出力の取り出し方には、(1)両方のプレートから同じように出力を取り出す、(2)どちらか一方のプレートだけから出力を取り出す、この2つのパターンがあります。そして、(1)と(2)とでは全く異なった動作をしますので、そのことを十分理解しておかなければなりません。

(1)両方のプレートから同じように出力を取り出す

右図(左側)は、6FQ7を使った差動増幅回路です。共通カソード側には定電流回路(∞)が挿入されています。(c)点では、アースに接していますが、(c)-(アース)間には信号は流れません。

差動増幅回路では、2つの球が直列動作をするため、(a)-(f)-(e)で1つの球とみなすことができます。2つのプレートから取り出された出力信号は、(a)-Cx-(b)-Rx-(c)-Ry-(d)-Cy-(e)という経路を通って一周するルートと、(a)-Rpx-(B+)-Rpy-(e)というルートの2つがあります。そして、直列になった球からみると、この2つのループは、互いに並列になった負荷となっています。この様子を整理したのが右図(右側)です。

(a)-(b)-(c)-(d)-(e)-(f)の一周では、信号は、B+もアースも通らない、というのが差動増幅回路の最大のポイントです。このように、差動増幅回路の信号伝送ではアースから独立しています。これは、平衡回路の一種です。

次段負荷、すなわち(b)-Rx-(c)-Ry-(d)からみると、直列になった2つの6FQ7が信号源インピーダンスになり、これは6FQ7の内部抵抗(rp)の2倍の値になります。差動増幅回路では、その増幅回路の内部抵抗は通常の場合の2倍になます。同時に、負荷抵抗も直列となって、値は2倍になっていますから、実質的にはシングル回路と同じロードラインが使えます。

しかし、差動増幅回路はシングル回路ではありません。プッシュプル回路です。2つの球が逆向きに直列に結合しているため、各球が持つ2次歪みは相殺されてしまい、出力には現れてきません。

(2)どちらか一方のプレートだけから出力を取り出す

右図(左側)も6FQ7を使った差動増幅回路ですが、出力の取りだし方が違っていて、出力を片側だけから取り出しています。

それでも、この回路でも、2つの球が直列動作をするため、(a)-(f)-(e)で1つの球とみなすことができます。2つのプレートから取り出された出力信号が、(a)-Rpx-(B+)-Rpy-(e)というルートを通ることについては、上のケースと同じです。

問題は、Rxを通るルートです。このルートは、(a)-Cx-(b)-(Rx)-(c)-(d)-Cz-(g)-(h)-Rpxという風になりますので、上の場合とは全く異なった経路ということになります。この様子を整理したのが右図(右側)です。直列になった2本の球の出力が、2つの抵抗RpxとRpyの両端に生じ、そのうちRpx側に生じた分だけが、出力として取り出されていることになります。

この場合、Rxからみると、Rpyが邪魔をしてもはや球の内部抵抗(rp)の低さの恩恵を受けることができません。出力側に、抵抗によるアッテネーターがはさまったようなものです。当然、出力インピーダンスは高くなります。

それでも、増幅作用の本質は相変わらず差動プッシュプルですから、シングル回路特有の2次歪みは発生しません。但し、出力信号ループに「B+〜Cz〜アース」が割り込んでくることだけは避けられません。それもそのはずで、差動増幅回路自体は平衡回路ですが、出力を不平衡で取り出そうとするわけですから、信号経路の一端がアースになるのは自然のなりゆきです。このような出力信号の取り出し方では、平衡→不平衡変換が行われます。

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