私のアンプ設計マニュアル / 基礎・応用編
12.ロードラインその5 (電力増幅回路・・プッシュプル基礎編)

理想2A3

プッシュプル回路での動作のようすは、動作クラス(A級・AB級・B級)によって複雑に変化します。従来は、動作クラスを区別してロードラインを引くように説明した文献がほとんどなかったため、いろいろと混乱を招いてきました。本マニュアルでは、基礎にたちもどってプッシュプル動作というものについてもういちど考え直してみたいと思います。

これまで、この問題を難しくしていた要因のひとつに真空管の非直線性とカットオフのあいまいさがありました。

直線性・・・Ep-Ip特性の斜めになった何本もの曲線の間隔の一定さ。一定であれば直線性は良く、右下に行くにつれて間隔が詰まってくれば直線性は悪い。

カットオフ・・・バイアスを深くしていった時に、Ipがあっさり0mAになるが、いつまでもわずかのIpが流れてなかなか0mAにならないか、ということ。1本1本の特性曲線の下端がくねっと曲がって寝ているとカットオフは悪くなる。

右図は前章で使用した2A3のプレート特性図ですが、ごらんのとおり1本1本のカーブは微妙に湾曲し、各カーブの間隔も一定ではありません。特に、バイアスが深くなるにつれてプレート特性曲線の間隔が一定にならずに狭くなってゆきますし、プレート電流が0mAに近くなるにつれてカーブがどんどん寝てゆくため、これが直線性を悪くする原因となっています。

また、一体どれくらいのバイアス電圧でプレート電流が0mAになるのかがはっきりしません。それでも、バイアスを深くしてゆくとプレート電流が0mAになるポイントがあり、このポイントのことをカットオフといいます。(しかし、いくらバイアスを深くしていっても、微量のプレート電流が流れたままでカットオフしない球もあります。2A3や300Bのような古典球にはよくみられる不具合です。)

そこで、話をわかりやすくするために理想2A3という球を用意しました。この理想2A3は、きわめて理想的な直線性をもち、明確なカットオフ特性を持っています。プレート特性データは右図のようになっています。


A級プッシュプル動作

A級プッシュプルとは、2本の球が常にカットオフしないような条件で動作をさせたプッシュプルのことをいいます。無信号時には、双方の球に充分なプレート電流を流します。

グリッドに信号が入力されると、その信号に応じて一方の球のプレート電流が「増えたり減ったり」し、もう一方の球のプレート電流もそれと反対の動作、すなわちプレート電流が「減ったり増えたり」することでプッシュプル動作を営みます。この場合、入力信号が大きくなってくると、「増えたり減ったり」と「減ったり増えたり」の落差が大きくなってゆきますが、そういう場合でも「減った」側の球はカットオフしないということです。

たとえば、無信号時の各球のプレート電流がそれぞれ50mAだとします。電源から供給されている電流は合計の100mAです。そこに信号が入力されたとします。一方の球のプレート電流が10mA増えた時、もう一方の球のプレート電流は10mA減少するわけですから、電源から供給されている電流の合計はあいかわらず100mAのままです。この関係は、最大出力においても成立するのがA級プッシュプルの特徴です。

(現実には、真空管はこのような理想的な特性ではありませんから、出力が大きくなるにつれてプレート電流の合計は若干増加します。)

電源から供給されている電流の合計が変化しない、ということは、電源側には信号成分が流れていないということを意味します。電源に信号成分が流れるのをバイパスさせるのがパスコンの役目ですから、このような動作では、「a-g」間に挿入されたパスコン(C)には信号は流れないのです(理想真空管の場合)。

A級プッシュプル回路では、みかけは2本の球が並列にならんでいるよう感じますが、信号の経路は「直列になった2本の球で負荷を駆動する」が正しい解釈です。直流的には並列ですが、交流的には直列である、というところがミソです。信号のループ(経路)は「a-b-c-d-e-f」ですので、「a-g」間すなわち電源に挿入されたパスコン(C)には信号は流れないわけです。

負荷インピーダンスが、シングル動作の時のほぼ2倍であるのがその証拠です。たとえば、A級プッシュプルで5KΩの負荷の場合は、直列になった2本の真空管の負荷の合計が5KΩなわけですから、1本あたりではその1/2の2.5KΩと考えることができるのです。

A級プッシュプルでは、一方の球のプレート電流が最大になる時に、もう一方の球のプレート電流が最小(理想2A3では0mA)になるような動作となるようなロードラインを引き、動作ポイントを決めます。

右図のように、プレート電圧257V、プレート電流57mAのポイントを起点としてみます。バイアスが、最大でプラス50V・マイナス50Vの範囲(つまり-100V〜0Vの範囲)で信号が入力され、それに応じてプレート電流が0mA〜114mAの間を行ったり来たりしますから、無駄のない動作をすることがわかります。

実際の球の特性は、このような理想的なものではありません。バイアスの深い、カットオフ寸前の領域は使えないため、実際の設計ではプレート電流がゼロになるところはでは使わずに、数mA程度余裕を持たせた動作ポイントを選びます。

補足:出力トランスを使った理想状態のA級プッシュプル回路では、増幅素子が真空管でなくても(たとえばトランジスタ)電源のパスコンには信号電流は流れません。しかし、SEPP-OTL回路と呼ばれる出力トランスのない回路方式では、A級動作であっても電源のパスコン(つまり、B電源〜アース間)には100%の信号電流が流れます。かつて、出力トランスをなくしたくて開発されたSEPP-OTL回路(現在の半導体アンプはほとんどこの方式)ですが、出力トランスをなくすることの代償として、電源〜アース間に大きな信号電流が流れてしまう、という弊害を抱え込んでしまったという皮肉な話なのです。この問題は、たとえBTL方式を採用したとしても、依然として残る問題です。

用語:
SEPP・・・シングル・エンデッド・プッシュプル
OTL・・・出力トランス・レス
BTL・・・バランスド・トランス・レス


B級プッシュプル動作

B級プッシュプルでは、動作の起点はプレート電流が0mAのところに設定されます(右図C点)。
C点を起点に、入力信号が与えられるわけですが、このような場合は、動作の起点よりもバイアスが深くなっても、プレート電流がずっと0mAのままです(C-E間)。これだけでは、増幅作用も何もあったものではありません。つまり、信号のサイクルのうち、正の半サイクルではプレート電流が流れるのに(A-C間)、負に半サイクルでは真空管はカットオフ(電流が全然流れない)の状態が続きます。カットオフとなっている間は線が切れているのと同じ状態となり、カットオフ側には球がないのと同じ状態になります。

B級プッシュプルでは、生きている球は常に片側だけなので、信号の経路は「常に1本の球で負荷を駆動する」が正しい解釈です。下図で、下半分の側には球が描かれていないことに注意してください。

動作の様子を具体的に検証してみましょう。B級では、無信号時の各球のプレート電流は0mAです(理論上はね)。電源から供給されている電流の合計も0mAです。そこに信号が入力されたとします。一方の球のプレート電流が10mA増えた時、もう一方の球のプレート電流はカットオフのままですから、電源から供給されている電流の合計は10mAになります。大きな信号が入力されて、一方の球のプレート電流が50mA増えた時でも、もう一方の球のプレート電流はカットオフのままですから、電源から供給されている電流の合計は50mAになります。

電源から供給されている電流の合計が変化する、ということは、電源側には信号成分が流れているということを意味します。すなわち、「a-g」間に挿入されたパスコン(C)がすべての信号の通り道になっているのです。

信号のループ(経路)は「b-c-g-a」ですので、「a-g」間すなわち電源に挿入されたパスコン(C)には常に100%の信号が流れます。負荷になるのは出力トランスの1次巻き線の1/2となりますが、インダクタンスの計算では巻き線が半分になると、インピーダンスは1/4になります(ややこしくなるので詳しい説明は割愛しますにでご容赦)ので、負荷インピーダンスは5KΩの1/4の1.25KΩになり、1.25KΩのロードラインを引きます(A-C間)。

このように、同じプッシュプル動作でも、A級プッシュプルとB級プッシュプルとでは、動作条件だけでなく信号の経路までもが全く違う回路なのだということができます。

現実には、ここで述べたような理想2A3のような理想的な特性を持った真空管は存在しません。理想的なB級動作が望めるような真空管は存在しないので、今日では、B級動作を採用するアンプはまず存在しません。


AB級プッシュプル動作

AB級プッシュプルでは、A級プッシュプルとB級プッシュプルの中間のところに動作ポイントが設定されます。

右図上の「B-C-D」間の範囲を超えないような、出力の小さい(入力信号の小さい)うちは、A級動作をします。しかし、B-C-Dの範囲を超えてA-B、D-Eの領域に至るような大きな信号では、片側の球がカットオフ状態になるため、B級動作に切り替わります。いいかえると、一方の球がA-B間の動作にある時は、もう一方の球はD-E間の動作をしているわけです。

従って、最大出力時には、1つの波形のなかでA級動作とB級動作とが混在することになり、信号の経路もそれぞれA級とB級のところで述べた2種類のループが混在することになります。入力信号の振幅がちいさい時はA級動作であるため、電源〜アース間には信号電流は流れません。しかし、入力信号の振幅がある一定レベル以上になった瞬間だけB級動作となるため、その時だけは電源〜アース間には信号電流が流れます。いいかえると、電源に挿入されたパスコンには、A-B間とD-E間にはみ出た時の信号成分だけが流れることになり、この波形は元の信号波形に比べてかなり崩れた形状になります。

現実には、真空管のプレート特性はもっとあいまいでゆるやかなので、AB級動作でのA級動作からB級動作への遷移はこんな折れ曲がった直線ではありません。しかし、電源のパスコンに流れる信号波形が元の波形とは異なっているという問題に変わりはありません。

このようにみてくると、A級、AB級、B級いずれも信号の経路が異なる回路であることに気づきます。一見同じようなプッシュプル回路なのに、動作の基本が根本的なところで異なっているのです。ですから、A級プッシュプル・アンプとAB級プッシュプル・アンプとでは、出て来る音が違って当然ということになります。


A級のときもAB級のときもB級と同じロードラインでいい

ここで、AB級のときのロードラインのうちA点-B点を結ぶ直線を延長してみてください。Ip=0mAのところを横切るポイントは、常にC点と同じプレート電圧であることに気がつきます。このポイントは、B級動作のときのC点に一致します。

AB級動作では、出力管1本ごとの動作は上の図のようなA-B-C-D-E間が折れ曲がったロードラインとなりますが、プッシュプル動作を行なっている2本の出力管の合成された動作のロードラインは、AB級であってもB級のロードラインと同じになるのです。

また、A級動作のときもB級動作のときのC点にあたるポイントから負荷抵抗/4のロードラインを引くと、バイアス電圧=0Vのポイントで、上のA級の場合のロードラインと交差します。

ですから、プッシュプル動作のときのロードラインは、無信号時のプレート電流値の多少にかかわらず、所定のプレート電圧でしかもプレート電流が0mAの点(B級動作のときのC点)を起点とした、負荷抵抗/4のロードラインを引けばよいわけです。

しかし、これはプッシュプル動作をしている2本の球を合成したロードラインであって、出力管1本1本の動作はやや複雑な曲線を描いているのだということだけは頭に入れておいてください。出力管1本1本の動作は、上で述べたような折れ曲がったロードラインになりますが、この様子をしっかり理解した上で、プッシュプル動作のポイントを決定されたらいいでしょう。


参考文献

「オーディオ用真空管マニュアル」一木吉典著
「無線と実験」山本一彦(1991/4)、島田公明(1991/5)、武末数馬(1991/6)

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