11.調整・特性の測定・試聴


調整

カソード帰還回路を持ったプッシュプルアンプの常として、本機の調整もかなり面倒です。調整は以下の手順で行います。

手順1.通電テスト--
手順2.オーバーオールNFの位相確認--
手順3.カソードNFの位相確認出力管カソード〜OPT NFB巻線はじめは配線しないでおく
手順4.出力管のIpバランスの調整出力管グリッドバイアス(20kΩVR×2)中央位置
手順5.位相反転回路の利得とACバランスの調整12AU7のカソード抵抗(5kΩVR×4)中央位置
手順6.オーバーオール帰還量の調整負帰還素子(200ΩVR×2)0Ωの位置

手順1. 通電テスト

通電テストを行う前に、OPTからのカソードNF巻線の配線ははずしておきます。出力管のカソードと150Ωの抵抗間の配線は済ませておいてください。スクリーングリッド電圧切り替えスイッチは、電圧が高くなる方に入れておきます。まず、真空管を挿さない状態で、電源をONし、数秒後にOFFします。これで、ヒューズは飛ばず、煙の出ず、異音がしなくて、B電源の電圧がほぼ350V出ていれば、通電テストの最初のステップはOKです。

次に、8Ωのダミーロードをスピーカ出力端子に接続します(注意:スピーカを繋がないで通電する時は、必ずこのダミーロードを入れてください)。真空管を挿して再度電源をON。4個所ある12AU6のプレート電圧が100V〜150Vであること、出力管(6F6)の各スクリーングリッド電圧が250V〜280Vであること、同じくカソード電圧が15V〜20Vであること、を確認します。これで、曲がりなりにも音がでるようになりました。

なお、6F6を装着した時の本機の消費電力は91Wです。

手順2. オーバーオールNFの位相確認

200Ωの半固定抵抗を、0Ωから徐々に廻してゆき負帰還量を増やしてゆきながら、発振による異常信号が出ないかどうかチェックします。発振した場合は、入出力間の位相が逆転していますから、OPTのプレート側の結線を反対に入れ替えます。200Ωの半固定抵抗の位置は、0Ωのポジション(NFB=0dB)に戻しておきます。

手順3. カソードNFの位相確認

OPTのNF巻線の両端を、2個所ある出力管のカソードに仮止めし、電源ONした時に発振しないかどうかチェックします。スピーカ端子から発振による異常信号が出たら、カソードNFの結線の位相が反対ですので、配線を入れ替えて再度確認します。これで、回路全体の位相関係は正しく結線されていることになります。

手順4. 出力管のIpバランスの調整

出力管のプレート電流バランスの検出方法は2つあります。1つめは、OPTの1次巻線における電圧降下を利用する方法、2つめはカソード電位の誤差を検出する方法です。1つめの方法は簡単ですが、OPTの2つある1次巻線の直流抵抗値が同じである保証はないので、あらかじめチェックしておく必要があります。2つめの方法は正確ですが、mVレベルの直流電圧測定できるようなテスターが必要です。

手順5. 位相反転回路の利得とACバランスの調整

12AU7のカソード抵抗値を変化させると、初段管(12AU6)のプレート負荷抵抗値を変化させたのと同じ効果が得られます。すなわち、初段管(12AU6)のプレート電圧が高くなったり低くなったりすると同時に、初段管(12AU6)の利得が減ったり増えたりするわけです。本機では、初段管(12AU6)のプレート電圧が120Vくらいとなるように調整したところ、初段の利得はほぼ160倍(みかけの利得は80倍)になりました。

手順6. オーバーオール帰還量の調整

最後に、もういちど200Ωの半固定抵抗を調整して、オーバーオール帰還が約10dBとなり、左右チャネルの利得が揃うように設定します。


周波数特性

本機は、その構造上、カソード帰還をはずしての特性測定に意味がありません。何故ならば、カソード帰還をはずしてしまうと、それぞれの出力管のカソードに挿入してある2本の抵抗(150Ω)による電流帰還がかかってしまうからです。そこで、まずカソード帰還のみの状態で周波数特性を測定してみました。

10Hzから10kHzまではほぼフラットですが、20kHzから上の周波数での特性が左右でかなり違っています。L-chが比較的素直にダラ下がりであるのに対して、R-chでは150kHzの谷、そして200kHzにピークがはっきりと現われています。しかし、L-chにも200kHz付近にそれとわかるピークが存在しており、これがTAMRA F486という出力トランスのキャラクターのようです。すでにカソード帰還がかかっており、R-chの方がこのピークが強調されてしまったようです。(下図「KNF」)

NEC製6F6GT
本機のような、5極管をネイティブで動作させた回路では、カソード帰還だけでは十分なダンピングファクタが得られません。そこで、10dBほどのオーバーオール帰還を追加でかけてみます。低域はピークもなくあいかわらず安定していて、10Hzからフラットな特性です。しかし、多極管アンプの常として、100kHz付近にピークを生じてしてしまいました。

そこで、負帰還抵抗に位相補正コンデンサ(800pF)を抱かせることで、100kHz以上の帯域での暴れを抑えました。結果として、10Hz〜30kHzがほぼフラット、-3dBとなるのがL-chでは80kHz、R-chでは110kHzとなりました。(上図「ALL」)


クロストーク

差動回路は、その動作原理上、電源や外部からの影響を受けにくいという特徴があります。事実、下図の測定結果からもわかるように、超低域(10Hz)でもクロストークの劣化は全く現われていません。10Hz〜2kHz間で約80dBという高い値が得られていますが、この数値は残留雑音であって、チャネル間クロストークはもっと高い値が得られています。

2kHz以上で数値が徐々に低下してますが、これは、左右の配線間に存在する静電容量による飛びつきが原因と思われます。本機では、非常に小型のシャーシ内で、左右チャネルの配線が入り乱れていますから、やむをえないでしょう。それでも、20kHzで約70dBが得られていますから、十分立派な値といえます。

NEC製6F6GT


歪み率特性

6F6GTの場合(下図)、1W以下では、おおむね0.1%以下が得られており、駄球6F6GTのプッシュプルにしては秀逸ではないか、と思います。一聴して、非常に歪み感のない音の印象を受けたのですが、やはりかなりの低歪みでした。100Hz、1kHz、10kHzそれぞれのカーブは、わずかに異なる個性を見せながら、ひとつところに収束しています。最大出力付近において、100Hz、1kHz、10kHzがきれいに揃うというのは、出力トランスが優れているからなのでしょうか、それとも差動プッシュプルの特徴なのでしょうか、それとも・・・。

歪み率5%時の出力はおおよそ6.5Wです。設計時の理想最大出力は7.22Wでしたから、出力トランスにおけるロス等も考慮すると、ほとんど設計どおりの結果が得られたといえます。

0.5W〜最大出力間では、弓なりな増加曲線を描いています。これは、シングルアンプにも、通常のプッシュプルアンプにもみられない独特なカーブです。面白いことに、既作「6AH4GT全段差動プッシュプル・アンプ」の歪み率特性もこれとそっくりなカーブを持っています。全段差動プッシュプル回路では、各管の2次歪み成分のうち、プッシュプル動作で打ち消されなかった成分が、3次歪に変身して出現するという性質があり、これが出力の増加とともにどんどん表面化している様子がよくわかります。

NEC製6F6GT

SOVTEK製6L6GB
6L6GBの場合の歪み率特性も測定してみました(上図)。 歪み率5%時の出力はおおよそ7.5Wです。設計時の理想最大出力は8.99Wでしたから、まあまあというところです。特性全般の傾向は、6F6GTの時と良く似ています。差動プッシュプルというのは、どんな球でもこのように似たような特性になるのでしょうか。


試聴

6F6族

まず、そもそもの設計どおり6F6GT(NEC製)を挿しての試聴です。第一印象は、非常に帯域が広く、低域もゆったり出てくれています。5極管の低域特性も決して悪くないなあ、と感じました。試しに、同じ全段差動の6AH4GTppアンプと入れ替えて比較してみましたが、6AH4GTppの方が低域がかちっと抑えられたように聞こえ、6F6GTppの低域は、悪く言えばややユルんだような感じです。DF値はほとんど同じなので、DFのせいではないと思います。

次に感じたのは、中域全般の薄さです。ジャズ、クラシックにかかわらず、明らかにヴォーカルが引っ込んだように聞こえます。周波数特性の中域が落ち込んだようにも感じられるし、ステレオのセンターが薄いようにも感じられます。もちろん、周波数特性を測定してみれば、そのようなことはなく、きれいにフラットなんですが。

そこで、同じ6F6族でも微妙に規格が異なるという欧州管KT63に差し替えて、違いがあるかどうかみてみることにしましたが、結果は同じでした。私の耳では、NEC 6F6GTと欧州KT63の違いはわかりませんでした。何度聴いても、中域の物足りなさがつきまといます。そのせいか、ヴァイオリンなどを聴くと、ヤニがきついような、どこかがさつなところがあります。100kHz以上での周波数特性の暴れが原因でしょうか。

6AH4GTppと比較して決定的な違いがもうひとつありました。それは、定位感です。ソースによって録音の癖がありますが、6AH4GTppは概して定位が良く、ソースによっては中央にぴしっと定位してくれて、それは気持ちの良いアンプです。ところが、6F6GTppはそのところがもうひとつです。中央なら中央にそれなりに定位するのですが、どこか落ち着きがありません。手持ちの他のシングルアンプに比べれば、6F6GTppのクロストークははるかに優秀ですが、それが感じられないのです。

以上述べた4つの問題は、オーバーオールの負帰還量を3dB〜14dBまで変化させても、基本的に改善はありませんでした。

最後に、メタル管6F6の高信頼管1613に差し替えてみたところ、さすがにメタル管だけあってヒートアップがすさまじく、熱の大半がシャーシに伝わってしまって、小型シャーシの本機には合いませんでした。メタル管が滅んだ理由がとても良くわかりました。残念ながら、音の改善もありませんでした。

しかし、製作後数ヶ月の稼動を経ての印象としては、上記のさまざまな不満は徐々にではありますが、改善されつつあります。所詮、名門5極駄球の限界とでもいうのでしょうか。このへんのところでよしとすべきなのでしょうか。

6V6族

今度は、Sylvania製6V6GTとCanadian Marconi製6V6Gの2種類で試聴しました。Sylvania製6V6GTは、月並みなGTベースですが、Canadian Marconi製6V6Gは、格好良い箱に丁寧に梱包されたなかなか見栄えのする球です。

しかし、そんなことには関係なく、6V6族は良く言えばきれい、悪く言えば線が細い音でした。6F6族の時に感じた問題は何一つ解決しそうもなかったため、6V6族による打開は断念です。

6L6族

手許には、RCA製メタル管6L6、SOVTEK製5881、SOVTEK製6L6GBの3種類があります。熱の問題もあって、もっぱら6L6GBで試聴を行いました。6L6族の場合は、スクリーングリッド電圧の切り替えスイッチを低い側にして、250Vから180Vに下げてやります。

6L6GBでは、中域が引っ込んだ感じがかなりなくなって、ヴォーカルやピアノに元気が出てきました。その結果、ドラムスやベースとのバランスも若干良くなりました。過去、6L6の3結シングルでろくな音がしなかったという悪い印象が払拭されるほどの変化です。過去、さまざまなアンプに採用されただけのことはあるなあ、と一人納得です。

6L6で相変わらずだったのは、定位感のなさとちょっとがさつな音の傾向です。それでも、6F6や6V6よりはかなり良くなってくれたので、1999.9.4に奈良で開かれた日本駄級協会の試聴会に、6AH4GTppともども持ち込むことにしました。結果は惨澹たるもので、自分で聴いていても、6AH4GTppはまともだったのに、6L6GBppときたら6F6の時に感じた欠点がそのまま露呈していました。

EL34

実は、Telefunken製EL34への差し替え試聴もやってみました。EL34はヒーターに1.5Aも要求するので、電源トランスのヒーター巻線の定格オーバーとなってしまい、火災予防の見地からも決しておすすめはできませんが、短時間ならばとやってみたのです。

流石、ほとんどのメーカー製アンプがこのEL34を採用しただけのことはあります。中域の充実感はこれまでのどの球より優れており、音全体に品格さえ感じます。メーカー製アンプで6L6族を採用したものが非常に少ないのが何故か、ということもなんとなくわかったような気がしました。

問題の、定位感の問題は、気分的にはましになったような気もしますが、結論としてはやはり残りました。調子に乗って、6AH4GTppに勝負を挑んでみましたが、やはり、及ぶところではありません。束の間のお楽しみというわけでした。

今後の課題

奈良で開かれた日本駄級協会の試聴会で、ほとんど結論が出たようなもんです。同会の重鎮、K.ame氏は双ビーム管829Bを使った全段差動アンプを製作されていますが、やはり、多極管接続で良い結果が出せずに私と同じ苦労をされています。

ここはひとつ、6F6との男の約束を破るという暴挙に出ざるを得ないかもしれません・・・ということで、改造なしに安直に挿しかえられる6G-A4に変えてみました。しかし、どうも6G-A4では役不足なのか、そもそも6G-A4という球のキャラが素っ気無いからなのか、いまいち、期待したような結果は得られませんでした。

一説によると、採用したTAMRAのF486という出力トランスがそういうキャラクターであるらしく、いまいち、ガッツがないというか、骨が細いというか、そういう印象はなかなかとれません。他の出力トランスでのテストをしなければならなくなってきました。


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