<簡単なのにハイエンド>

FET式差動ヘッドホン・アンプ回路設計解説(工事中)
Basic Design of Simple FET Differential Headphone Amplifier


ひょんなことから誕生した単段差動+ダイヤモンドバッファ構成のヘッドホン・アンプですが、自作される方がとても多いので、ご自身で設計するための基本的な解説ページを作ることにしました。「この抵抗器は何故ここにはいっているわけ?」「どうしたらこのコンデンサの1000μFという数字が出てくるわけ?」みたいな疑問にできるだけ応えたいと思ってこれを書いています。

Let me introduce you simple and high performance headphone amplifier, which is based on former Differential Line Pre Amplifier using FET.


■基本回路・・・初段差動回路

差動ヘッドホン・アンプの基本回路は下図のような構成からなっています。この基本回路は、2個のJFETのよる単純な差動回路と後続のダイヤモンド・バッファと呼ばれる回路の2つ部分に分けて考えることができます。ヘッドホン・アンプというと、OPアンプ1個で済ませてしまう方法と、OPアンプの後ろにダイヤモンド・バッファを追加した回路が広く知られています。下図でいうと差動回路はそのままOPアンプに置き換えることができます。逆にいうと、差動回路はきわめて原始的なOPアンプとみなすことができます。

ところで、時々「何故、差動1段なんですか、2段にしないんですか」と聞かれます。「2段にすればもっと低歪みにもできるし、設計の自由度が高くなるじゃないですか」という気持があってのことでしょう。答え方がとても難しいのですが、その答えの1つは「単段でも充分いい音が出るから」ということであり「はじめて作るにはこれくらいの部品点数の方が具合がいい」であり、また「この方が回路の安定度が格段に高い」からでもあります。

オーディオアンプはバッファ段を計算から除外すると2段増幅回路となる非反転増幅が基本です。この基本はオペアンプでも変わりません。さて、1段にすると反転増幅器になってしまうのですが、それをなんとか1段のままで非反転増幅回路にできないか、といろいろ考えているうちにこんな回路が頭に浮かびました。最初のうちは、こんな負帰還のかけかたでいいのだろうか、とさえ思いましたがやってみたら思いのほか好結果が得られたというわけです。すくなくとも、このような差動1段構成にNFBを組み合わせた非反転回路は見たことがありませんので、私の中ではオリジナルです。国産メーカーおよび良く知られた海外メーカーでもこの回路方式は存在しないと思います。前例がない回路ですから抵抗を感じる人も多いことと思います。

最低歪み率は0.01%程度にとどまりますが、一流の真空管アンプよりもかなり低い値であり、この値をさらに下げても音が良くなるわけでもありません。むしろ、2段構成でこの回路と同じ音を出すことはできませんし、この回路を上回る音を出すのは私の実力でははなはだ困難です。単段差動は想像していた以上に高いポテンシャルがありました。

初段差動回路の2つのJFETは、ともにゲートが抵抗(上図のRINやRNF2)を介してアースにつながっており、アースと同電位(0V)が与えられています。Rg1とRg2は回路動作が不安定になって発振するのを防ぐためなので、回路の基本動作を考える時は無視します。共通ソースは定電流回路を経てマイナス電源に至ります。定電流回路は、周囲の条件にかかわらず常に一定の電流を流そうとする性質があるため、2つのJFETに流れるドレイン電流の合計は常に一定です。そして、左側のJFETのゲートにオーディオ信号が入力されると、その信号に応じて左側のJFETのドレイン電流は「増えたり減ったり」するわけですが、同時に右側のJFETのドレイン電流は「減ったり増えたり」という反対の動きをします。これが差動回路の基本的なしくみです。差動回路は以下のような特徴を持っています。

回路設計は、動作条件を表したロードラインを使って行います。下図は2SK170の標準的な特性図上に以下の条件で以下の手順に従ってロードライン(赤線)を引いてみたものです。

  1. 使用デバイス:2SK170(BLランク)
  2. 電源電圧:12V(但し、バイアス分のロスは0.3V程度なので無視する)
  3. ドレイン負荷抵抗:2.7kΩ(以下に述べるロードラインを使って決める)
  4. ロードラインの始点(図上右下):12V(=電源電圧と同じ)
  5. ロードラインの終点(図上左上):4.44mA=12V÷2.7kΩ
  6. 設定したドレイン電流(青線):2.1mA(以下に述べるロードラインを使って決める)
  7. 動作時のドレイン電圧(緑線)):6.33V=12V−(2.1mA×2.7kΩ)
  8. 図から読み取れるバイアス電圧:-0.29V(ばらつきがあるので実際は一定ではない)
ポイントは、許容される動作領域の中で電流を欲張らないことと、動作基点を電源電圧の1/2よりもやや高めにすることにあります。直線性はロードラインの右下端も左上端もともに悪化しますが、左上端の方が悪化が顕著であることがひとつ、もうひとつは差動回路の片側だけから信号を入力するような使い方の場合、出力信号を利得で割った大きさの信号分だけ電源利用効率が目減りするからです。

Vb=12V、Rd=2.7kΩのロードライン

この差動回路のゲートにオーディオ信号が入力されると、バイアスは-0.29Vを中心にしてオーディオ信号の大きさだけ増減します。そうすると2SK170のドレイン電流も増減してドレイン電圧はロードライン上を行ったり来たりします。たとえば、-0.2Vから-0.4Vまで変化するとドレイン電圧は2.1Vくらいから10.3Vくらいまで変化するのがロードラインからわかると思います。すなわち、0.2Vの変化入力で10.3V−2.1V=8.2Vの変化が得られたわけですから41倍(=8.2V÷0.2V)の増幅をしたことになります。

この特性図上の線の上下の間隔のことを順方向伝達アドミタンス(俗にgm)といいます。この間隔が開いているほどより少ないバイアスの変化で大きなドレイン電流の変化を生じさせることができ、同じ負荷を与えた時の利得は大きくなります。gm値は、ドレイン電流の大きさで変化し(下図)、ドレイン〜ソース間電圧が高いほど徐々に大きな値となります。そしてこの値はIdssのランクにはあまり依存しません。

ドレイン電流の変化は2つのドレイン負荷抵抗(Rd1、Rd2)それぞれの両端で電圧の変化として生じます。本回路では右側のRd2に生じた電圧の変化のみを取り出して、後続のダイヤモンド・バッファに送ります。ちなみに、ここでの利得はJFETのgm値とRd2の積で表されます。2SK170をドレイン電流=2mAで使った場合のgmは約20ミリ・シーメンスですので、Rd1=2.7kΩだとすると利得は20×2.7=54倍になります。なお、先のロードラインで求めた利得は直線性の悪い領域でのカーブにひっかかっていたためこれよりも小さな値(41倍)となっています。プリアンプでポピュラーな2SK30Aはgmが低い(1.5〜2くらい)ので、Rd1=2.7kΩですと1.5〜2×2.7=4.0〜5.4倍にしかなりません。なお、実際の利得はこの計算で得た値の1/2になりますので注意してください。差動回路が計算どおりの利得になるのは、出力を2つのドレイン間から取り出した場合であって、片側だけから取り出した場合はみかけ上半分の利得になるからです。

また、この回路では2つのJFETのバイアス特性のばらつきを吸収・修正する働きがありませんので、売っているJFETを買ってきて無作為に実装すると(同一ランクであっても)両JFETのドレイン電流にかなりの偏りが生じます。従って、本機の製作で使用するJFETは精密に測定・選別したものを使う必要があります。その労さえ惜しまなければ、回路を複雑化することなく安定したアンプに仕上ることが可能です。本機のシンプルさはそういった割り切りの上に成り立っています。なお、選別は専用の測定器具が必要であることと、50〜100個購入してもそこから良く揃ったペアが必要数の4個が得られる保証はありません。当サイトでは選別済みのペアを頒布することにしていますのでご利用ください。(http://www2.famille.ne.jp/~teddy/tubes/buhin.htm

通常の差動回路では、入力側(左側)のドレイン負荷抵抗は省略されます・・・上図(A)。本機の基本回路を見ていきなり「入力側のドレイン負荷抵抗はいらない」とおっしゃる方が非常に多いです。そう言いたくなる気持ちもわからないでもないですが、回路図を見て変だと思ったら『何故、ついているのだろう』くらい考えてみるといろいろなことが見えてきて面白いのではないか思います。特に2SK170はドレイン〜ソース間電圧の依存性が高いので片方のドレイン抵抗がないとなにかと不都合が生じることがわかるでしょう。しかし、左側のJFETに負荷抵抗をつけると、ドレイン側に信号が現われてしまうため、その信号が入力信号との間で影響し合って高域特性が劣化します。この効果を嫌ってより徹底した回路が上図(B)です。こんなアイデアが一般に知られているにもかかわらず本機では両方のドレイン側に負荷抵抗をつけているのは一体何故なんでしょう。2SK170の特性データなど見ながらゆっくりと考えてみてほしいと思っています。理由は1つや2つではないのですが・・・。


■定電流回路

差動回路で使用する定電流回路にはいくつかのヴァリエーションが考えられます。最もシンプルな定電流回路は、定電流ダイオードを使用する方法です。しかし、定電流ダイオードは案外ノイズが多く、ヘッドホン・アンプのようなデリケートは回路には向きません。定電流ダイオードの中味はJFETと同じものがはいっており、内部的にJFETのゲートとソースをつないだ構造になっています。そこで、低雑音性能が優れたJFETを使って同等かそれ以上の性能の定電流回路を作ることができます・・・下図(A)。本機では差動回路の2SK170に1本あたり2mA程度のドレイン電流を流していますので、定電流回路はその2倍の4mAのものが必要です。2SK30AのGRランクのものから選別することで3.9mA〜4.5mAくらいのIdssを持った2SK30Aを得ることができます。JFETを使った定電流回路の注意点としては、4Vあるいはそれよりも深いマイナス電源が必要であるということです。2SK30Aは3V以上の動作電圧を与えてやらないと充分な定電流特性が得られないからです。

上図(B)は、トランジスタを2個使った定電流回路です。この回路はエミッタ接地増幅回路とエミッタ・フォロワを組み合わせて強帰還をかけた構造になっています。得られる定電流特性は左下側のトランジスタのベース〜エミッタ間電圧とそこに入れられた抵抗REによって決定されます。たとえば、ベース〜エミッタ間電圧が0.64VでRE値が160Ωであれば、得られる定電流特性は0.64V÷160Ω=4mAです。この回路の特徴は、(A)の回路に比べてはるかに低い電圧で動作するということです。この回路を使った場合のマイナス電源は、-1Vもあれば充分に動作します。

定電流回路についてもう少し詳しくみてみましょう。下図は2SK30Aのドレイン電流〜ドレイン・ソース間電圧特性データです。ゲートをソースにつないだ時の特性は、図中のVG-S=0Vの線にあたります。ドレイン〜ソース間電圧が3.2V以上の領域(赤丸)では特性がほぼ水平になっていますが、これが定電流動作領域です。ゲートをソースにつないだ2SK30Aは、動作電圧>3V以上の領域では定電流ダイオードになるのです。ゲートをソースにつないだ時、すなわちバイアス=0Vの時の電流特性のことをIdssといいます。2SK30AのIdssは0.3mA〜6.5mAの幅広いばらつきがあり、これらをランク分けして表記されています。4mAくらいのIdssが欲しい場合はGRランク(2.6mA〜6.5mA)の中から実測して選別します。

2SK30A Id-Vds特性


今度はトランジスタを使った定電流回路です。定電流特性は左下側のトランジスタのベース〜エミッタ間電圧とそこに入れられた抵抗REによって決定されるわけですが、ベース〜エミッタ間電圧は下図左のような性質を持っています。周囲温度25℃でベース電流が3μAくらい(赤丸)で0.6Vくらいとなっています。この測定で使用した2SC1815のhFE値は200くらいでしたので、その時のコレクタ電流は0.6mAあたりでしょう。一方でコレクタ電流ベースで実測したのが下図右のデータです。0.6mAの時で0.62Vくらいです。本機の設計では実測データの方を信頼して設計してますが、設計値と実測結果はよく一致しています。

なお、コレクタ電流が2倍になるごとにVbeは0.02Vずつ増加する、と覚えておくといいでしょう。但し、コレクタ電流値が大きくなるにつれて以下に述べる発熱による影響が出るのでVbeの上昇は緩慢になります。

ひとつ考慮しなければならない点は、ベース〜エミッタ間電圧はかなり温度の影響を受けるということです。温度が1℃高くなるごとにVbeは2mV低くなるのです(-2mV/℃)。これは2SC1815のようなバイポーラ・トランジスタ共通にいえる重要な事実で、トランジスタ回路の設計では回路の動作安定を保つために必ず考慮しなければならない基本事項のひとつです。OPアンプではこの特性をすべて計算に入れてブラックボックス化されていますが、ディスクリート回路では設計者自身が考慮しなければなりません。2SC1815をコレクタ電流=0.6mAで使った場合、25℃の時のVbe=0.62Vですから、周囲温度が15℃〜35℃の幅で変化したとすると、Vbeは0.6V〜0.64Vの範囲ということになります。±10℃の周囲温度変化に対して、定電流特性に変化は±3.3%というわけです。本機ではこれくらいの変化は許容範囲ですので無視できるといっていいでしょう。

シリコン・トランジスタのVbe値は一般には約0.6Vとされていますが、実際には右下のグラフからもわかるとおり石ごとに個性があり、かつこれまで述べたように諸条件によって一定のルールで変化するわけです。このグラフはIcを揃えて測定していますが、VbeはIcに依存するのではなくIbに依存します。つまり、同じIcで測定してもhFEが大きく違っていたらVbeはかけ離れた値になるってことです。このグラフによると2SC1815のVbeがいちばん高くなっていますが、それは2SC1815のhFEが小さくてIbが一番多いからです。2SC2547のhFEはものすごく大きいのでIbが格段に少ないためこういうことになるのです。ということは、以下の述べるダイヤモンド・バッファ回路などでVbe値を揃えたかったら、hFEを揃えなきゃ駄目ということになるわけです。Vbeこの特徴を正確に掴んでおけば、後述するダイヤモンドバッファ回路で精密なバイアス設計が可能になります。

2SC1815 Vbe特性実測Vbe特性


■ダイヤモンド・バッファ回路(工事中)

ダイヤモンド・バッファ回路はSEPP回路の変種です。基本回路は下図(A)です。前段の2つトランジスタのベース〜エミッタ間電圧がそのまま終段のバイアスになります。ただ、このままでは動作の安定を欠きますので、(B)のように抵抗を2つ追加してあります。回路(B)は一般的なものではなく本サイトのオリジナルだと思ってください。

終段の2つのエミッタ抵抗(RE5、RE6)は、終段が暴走しないようにするため、負荷が不安定になった時の動作の安定を保証するため、そして終段の無信号時のコレクタ電流値を決定するための3つの目的があります。2つのREの値はヘッドホンの想定負荷インピーダンスを50Ω前後に設定したために、それよりも充分に小さい10Ωとしていますが、8〜16Ω負荷を想定する場合は4.7Ωくらいまで減らした方がいいでしょう。但し、RE5、RE6の値を小さくすると無信号時のコレクタ電流は増加しますので設計の見直しが必要です。

終段の2個のトランジスタのコレクタ電流は、両トランジスタのベース間にどれくらいのバイアスが与えられるかで決定されます。たとえば、両ベース間に1.5Vのバイアスが与えたれたとしましょう。そして両トランジスタのベース〜エミッタ間電圧がともに0.6Vだとすると、両エミッタ間に生じる電圧は、1.5V−(0.6V+0.6V)=0.3Vになります。両エミッタ間には10Ωが2個直列にはいっていますから、10Ωの抵抗に流れる電流は、0.3V÷(10Ω+10Ω)=15mAとなるわけです。

前段のエミッタ側に入れた抵抗(RE3、RE4)は、終段に与えるバイアスを決定するためと、回路全体の安定度を高めるための3つの目的があります。2段続くエミッタ・フォロワ回路では、前段のエミッタと終段のベースの間に抵抗を入れることで超高域の安定度を確保することが望ましいからです。


<実例による解析>

実際のデータを使ってこのしくみを解析してみましょう。下図は、FET式差動ヘッドホン・アンプ(1Uサイズ、AC100V版)の実測値を記載した回路図です。

「Q5、Q6」の周辺に着目してください。初段差動回路の動作条件によってQ5およびQ6のベース電圧は決定されますが、この電圧は7.8Vです。Q5のベース〜エミッタ間電圧は実測値で0.673V、Q6は0.689Vです。従って、Q5のエミッタ電圧は、7.8V+0.673V=8.473V、Q6のエミッタ電圧は、7.8V−0.689V=7.111Vとなります。電源電圧は13.8Vですから、56Ωおよび1.2kΩの両端にかかる電圧は5.327Vです。単純に5.327Vを1.256kΩで割ってやると4.24mAが得られます。これがQ5のコレクタ電流の概算値です。同様にしてQ6についても計算しみると5.66mAが得られます。現実にはQ7のベース電流が存在するので精密な計算ではこのことも考慮しなければなりませんが、ここでの説明では省略します。56Ωの抵抗に4.24mAおよび5.66mAを流した時の両端電圧は、4.24mA×0.056kΩ=0.237Vおよび5.66mA×0.056kΩ=0.317Vです。

ということは、Q7およびQ8のベース間にかかる電圧はこれらすべてを足したもの、すなわち、0.673V+0.689V+0.237V+0.317V=1.916Vとなります。Q7およびQ8のベース〜エミッタ間電圧はそれぞれ0.647Vと0.628Vですから、1.916Vから0.647Vと0.628Vを引き算することでQ7、Q8の両エミッタ間電圧が求まります。1.916V−(0.647V+0.627V)=0.642Vです。あとはこれを2つのエミッタ抵抗(10Ω)値で割ってやれば終段のコレクタ電流が求まります。0.642V÷20Ω=32.1mAです。回路図中には31mAと記載されていますが、これはさきに省略したQ7およびQ8のベース電流の影響を加味した正確な値です。

もうひとつ、重要なことを書いておきましょう。それは温度変化に対する安定度の問題です。この回路で最も温度が上昇しやすいのはQ7とQ8です。定電流回路のところで、トランジスタのベース〜エミッタ間電圧は温度が1℃高くなるごとに2mV低くなる(-2mV/℃)ということを説明しました。すべての条件が一定のままでQ7とQ8の温度だけが10℃上昇すると、Q7とQ8のベース〜エミッタ間電圧は合わせて、-2mV/℃×10℃×2本=-40mV変化することになります。そうなると31mAあったコレクタ電流は、40mV÷20Ω=2mA増加して33mAになります。コレクタ電流が増加すれば温度はさらに上昇してベース〜エミッタ間電圧は低下し、そのためにコレクタ電流は増加する・・・ということが繰り返し起きるようになり、やがて多量のコレクタ電流が流れて暴走するかもしれません。このヘッドホンアンプでは温度上昇はごくわずかであり、暴走を抑制する効果のあるエミッタ抵抗値が10Ωと非常に大きいのでこのようなことは起きませんが、それでもわずかにコレクタ電流の増加がみられます。トランジスタ1個あたりもっと大きな熱を出すパワーアンプでは、設計を誤ると容易に暴走が起きます。

周囲温度全体が変化した場合は、Q7やQ8だけでなくQ5とQ6の温度も同じように変化しますから、互いにきれいに打ち消しあってしまいます。Q7とQ8にもっと多量のコレクタ電流を流すような動作条件の時は、Q7とQ5、Q8とQ6を接着して熱的に同条件にしてしまうことで温度変化における影響を打ち消すことができます。このようなしくみのことを温度補償と呼び、半導体回路の設計では必ず考慮する約束になっています。OPアンプはどれも複雑かつ巧妙な温度補償のメカニズムが組み込まれています。ダイヤモンド・バッファはシンプルであるにもかかわらず回路そのものが温度的に良く出来ているのです。

以上が本回路におけるバイアスのメカニズムの説明です。なお、冒頭で述べたとおり、一般的なダイヤモンド・バッファ回路は本回路でいうRE3やRE4は存在しませんので注意してください。


<RE3〜RE6がなくても動作する理由>

さて、ここまでの説明を読むと4個のエミッタ抵抗(RE3〜RE6)が全くない回路だって発表されているではないか、そういう回路は一体どういうことになっているんだろうか、と思われることでしょう。エミッタ抵抗が全く存在しないダイヤモンド・バッファ回路では、以下の式が成り立ちます。

前段トランジスタのVBEの合計値 = 後段トランジスタのVBEの合計値

勘の良い方であれば「あっ、そうか」と気づいたのではないでしょうか。前段と後段とで同じトランジスタを使うと、VBE特性が同じであるがために前段に流したコレクタ電流と後段の流れるコレクタ電流は等しくなるのです。

但し、個々のトランジスタのVBE特性にはばらつきがあるということと、温度的に結合していない限り、後段の熱暴走は起こりうるということです。トランジスタのVBE特性は「コレクタ電流ではなくベース電流で決まる」性質があるため、hFEが揃っていないとこの回路は成り立ちません。従って、エミッタ抵抗が全く存在しないダイヤモンド・バッファ回路が安定して動作するためには、同一ロット、揃ったhFEのトランジスタで構成すること、温度上昇が起きない程度にコレクタ損失が低いことが求められます。しかし、発振対策を考慮した抵抗がありませんので電子回路としてはやはり不十分ではないかと思います。


トランジスタ回路の設計に慣れていない方は、各部の電圧や電流値がどのようにして「そういう値」が選ばれたのかわからないと思います。そこで、いくつかキーとなるポイントについて説明をしてみることにします。

<出力段・・・ヘッドホン駆動のメカニズム>

まず、出力段の動作です。50Ωのインピーダンスのヘッドホンに対して最低でも100mWのパワーを得たいとします。100mW時の信号電圧は、√(0.1W×50Ω)で求まりますので2.34Vということになります。なお、この値は実効値ですので波形のピーク値では交流の片側サイクルとしてみるとその√2倍、すなわち3.16V、交流の±の全サイクル(ピーク〜ピーク値))としてみると2√2倍、すなわち6.32Vとなります。これはゼロを中心として±3.16Vと表現しても意味は同じです。回路動作に全くロスがなく100%の効率で動作した場合、ピーク〜ピーク値で6.32Vを得るには電源電圧は6.32V以上なければなりません。実際にはさまざまなロスが生じるので最低でも9V、余裕をみてできれば10V以上の電源電圧が必要です。

さて、ピーク〜ピーク値で±3.16Vの信号を出力するということは、ヘッドホンにはピーク時に、±3.16V÷50Ω=±63mAの信号電流が流れていることになります。出力段は±63mAの信号電流をヘッドホンに供給できなければなりません。その信号電流は終段の2個のトランジスタが供給するのであり、その電流はこれらのトランジスタの中を流れるということでもあります。また、2個のエミッタ抵抗(10Ω)にも流れるわけです。ちなみに、10Ωの抵抗に63mAが流れると0.63Vの電圧が生じますが、これはそのままロスとして考えなければなりません。

これらの動作の様子を絵にすると下図のようになります。回路中の定数や電流値が若干異なりますがご容赦ください。この図で、50Ω負荷に60mAを供給している時の様子を表しています。この時、元々5Vであった出力端電圧は8Vに上昇しています。すなわち、3Vの出力が得られているわけです。上側トランジスタのコレクタ〜エミッタ間電圧は2Vありますので飽和までまだ余裕があります。しかし、ベース電圧はすでに9.2Vまで上がっており、前段との関係でこれ以上高くなることは困難です。

終段によるヘッドホン駆動のメカニズムは以下のとおりです。まず、入力信号がない状態ではQ7とQ8の両方に31mAの一定の電流が流れています。ヘッドホンアンプにオーディオ信号が入力されて、ヘッドホンを鳴らしている時には、当然ですがヘッドホンには信号電流が流れています。今、ある瞬間にヘッドホンに10mAの信号電流が流れているとしましょう。この10mAは一体どこから来るのでしょうか。Q7でしょうか、Q8でしょうか、それともQ7とQ8の両方?

その答えは「Q7とQ8の両方」です。その秘密は常時流れている31mAにあります。この瞬間には、Q7に流れる電流は36mA、Q8に流れる電流は26mAなのです。Q7もQ8も元々は31mAが流れていましたから、Q7では5mA増加しており、Q8では5mA減っています。この差がヘッドホン側に流れ出しています。オーディオ信号は±の交流ですから、マイナス側のサイクルではQ7、Q8における電流の増減は逆になります。このように、Q7とQ8が負荷を駆動する信号電流を分け合って流す方式をSEPP(シングル・エンデット・プッシュプル)と呼びます。半導体式パワーアンプのほとんどはこのSEPPという動作をしており、きわめてベーシックな回路方式だといえます。

これらの動作の様子を絵にすると下図のようになります。またまた回路中の定数や電流値が若干異なりますがご容赦ください。±3Vの振幅の信号を50Ω負荷に供給している時のピーク時の瞬間の様子を表しています。

では、ヘッドホンに送り込む信号電流が62mAだったらどうなるでしょうか。さきの方法でいくと、Q7では31mA増加させ、Q8では31mA減らせばいいわけですから、Q7=62mA、Q8=0mAとなります。では、80mAだったらどうでしょう。Q7では40mA増加させでQ7=71mAとなりますが、Q8を40mA減らそうとしても元が31mAですから無理な相談です。このような領域ではQ7=80mA、Q8=0mAとなるのです。62mA以下の領域ではQ7とQ8が互いに同じ大きさの電流を増減させていますが、このような動作を「A級」と呼びます。62mAより大きな電流の領域ではQ7かQ8どちらか一方のトランジスタは0mAとなって何もしなくなってしまいますが、このような動作を「B級」と呼びます。上の回路図の例では、50Ωあるいはそれ以上のインピーダンスの負荷である限り常にA級動作となるような設計になっています。

32Ωのヘッドホンを負荷にした場合は、かなり大きな音になってもA級動作ですが、最大出力近くになった時に負荷に供給すべき最大電流は62mAを超えますのでB級動作の切り替わります。なお、ヘッドホンアンプは扱うパワーが小さいので動作のA級としてもアンプが熱を持つようなことがありません。大出力のパワーアンプではA級動作にすると無信号時でも常時ストーブのような熱を出ることになりますが、B級であれば熱が出るのはパワーを出した時だけにすることができます。

A級動作とB級動作とでは、2つのエミッタ抵抗(10Ω)の負荷との関わり方が変化します。A級では負荷に流れる信号電流は半分ずつ両方の抵抗に流れますが、B級ではすべての信号電流が1個の抵抗に流れます。この様子をヘッドホン側からみると、A級の場合はアンプの出力と直列に5Ωの抵抗が存在し、B級では10Ωの抵抗があるように見えます。本アンプでは、SONYのMDR-CD900STのような60Ωクラスのモニターヘッドホンを意識して設計しましたのでこのような抵抗値が設定されています。もし、16Ω以下の低いインピーダンスを主とした設計にするならば、電源電圧はもっと低くても良いかわりに、負荷に大電流を送り込めるような回路定数にする方がより最適化されます。終段のエミッタ抵抗値は10Ωではなく4.7Ωあるいはそれ以下が望ましいですし、アイドリング電流も31mAではなく100mAくらい流しておかないと大音量までA級動作領域を確保できません。


<前段と出力段(終段)との関係>

Q7には2SC3421、Q8には2SA1358、ともにYクラスを使っていますが、このトランジスタのYクラスのhFE(直流電流増幅率・・・ベース電流とコレクタ電流の比)は実測で130〜220くらいにばらついており、頒布している個体は160以上に限定しています。ここではhFE=160で説明することにします。

Q7およびQ8のコレクタ電流=31mAの時、ベース電流は、31mA÷160=0.194mAです。そして50Ω負荷で100mWを出した時のコレクタ電流の最大値は31mA+(63mA÷2)=62.5mAですので、この時のベース電流は、62.5mA÷160=0.39mAに増加します。この電流は前段のエミッタ抵抗(1.2kΩ)に流れる電流から分けてもらうことになります。この動作を無理なく行うためには、前段の1.2kΩには0.39mAよりも充分に大きな電流を流しておかなければなりません。上記の回路の設計で4.2mA〜5.8mAを流すようにしてあるのはそのためです。


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工事中


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