ライン・トランス実測データ・・・TAMRAとSansui


バランス系伝送を行う場合、トランスが使えると非常に便利です。事実、デジタル化されたスタジオや放送局の現場であっても、アナログのラインレベルでのさまざまな目的でトランスはごく普通に使われています。そこで、入手可能なさまざまなトランスについて、それをラインの入出力として使った場合の基礎データをとってみましたので、設計などにお役立てください。

周波数特性

TAMRAトランス

TAMRA製のライントランス群の実測データです。TAMRAはこの種のトランスの製造を大幅に縮小してしまったので、一部の型番を除いて中古しかありません。型番の末尾にWがついたものは、ワイヤラッピング用の端子がついているという意味で特性的には同じです。

■参考・・・TAMRA製のトランスのpdfデータ(年度で製品が入れ替わっています)
2000年版→ tamura-200009.pdf
2012年版→ tamura-2012.pdf


TAMRA TK-10 (600ΩCT:600Ω)

600Ω:600Ωトランスの中では最も古くからあるモデルといっていいでしょう。TK-10の最大使用レベルは10dBm(TKシリーズ共通)ですが、後に作られたTD-1は13dBmとなり、TDP-1でさらに16dBmまでアップしています。



測定条件:
送り出しインピーダンス=50Ω
受け側負荷=1.5kΩ、1kΩ、680Ω
0dB=1V

昇圧比:
1:0.897(680Ω)
1:0.929(1kΩ)
1:0.953(1.5kΩ)


TAMRA TD-1/W (600ΩSPLIT:600ΩSPLIT)

TD-1は、放送機器などで多用されている600Ω:600Ωのライントランスです。定格上は+13dBmをサポートしています。重量は147gですが、重量の半分くらいはケースだと思いますので、Sansuiの実質的な大きさはST-92やST-53Aと同じくらいではないかと思います。このトランスはオークションでも時々出品されています。周波数特性でみる限り、飽和レベルの高さという点ではSansui ST-92やST-53Bの方がやや優れています。



測定条件:
送り出しインピーダンス=50Ω
受け側負荷=1.5kΩ、1kΩ、680Ω
0dB=1V

昇圧比:
1:0.876(680Ω)
1:0.912(1kΩ)
1:0.939(1.5kΩ)


TAMRA TDP-1/W (600ΩSPLIT:600ΩSPLIT)

TD-1の最大使用レベルが13dBmであるのに対して、TDP-1は16dBmと3dBアップしています。しかし、トランス自体は小さくなっており超低域での飽和特性が良くなっているわけではありません。



測定条件:
送り出しインピーダンス=50Ω
受け側負荷=1.5kΩ、1kΩ、680Ω
0dB=1V

昇圧比:
1:0.879(680Ω)
1:0.914(1kΩ)
1:0.940(1.5kΩ)


TAMRA TF-3/W (600ΩCT:600ΩSPLIT)

TFシリーズは上記のTK-10やTD-1よりもひとまわり大きいモデルで、最大使用レベル+23dBmまでOKということになっています。重量は345gほどもあります。このトランスになると、+4dBmの基準レベルを、12.5dBのヘッドルームマージンを確保しつつ無理なく伝送できます。350kHzあたりに目立った二次ピークがあります。送り出し側インピーダンスが低いと120kHzあたりにピークができますので、使用条件によっては高域側のチューニングが必要です。



測定条件:
送り出しインピーダンス=50Ω
受け側負荷=1kΩ、680Ω、470Ω
0dB=1V

昇圧比:
1:0.893(470Ω)
1:0.923(68Ω)
1:0.946(1kΩ)


TAMRA TpB-202 (600ΩSPLIT:600ΩSPLIT)

基板実装タイプで最大使用レベルは10dBmです。送り出し側インピーダンスが低いと120kHzあたりにピークができますので、使用条件によっては高域側のチューニングが必要です。



測定条件:
送り出しインピーダンス=50Ω
受け側負荷=1kΩ、680Ω、470Ω
0dB=1V


NIHON KOHDEN E-8480 (600ΩSPLIT:600ΩSPLIT)

非常に素直で優れた特性のトランスです。超低域の飽和領域に余裕があり、7Hzでも無理なく6dBvを出します。



測定条件:
送り出しインピーダンス=50Ω
受け側負荷=680Ω、1kΩ、1.5kΩ
0dB=1V

昇圧比:
1:0.852(680Ω)
1:0.895(1kΩ)
1:0.928(1.5kΩ)


TAMRA TpAs-1S (600ΩCT:OPEN)

基板実装タイプで最大使用レベルは7dBmです。カタログ上の巻き線比は1:1.41なのでインピーダンス比は600Ω:1.2kΩということになります。2次側負荷を完全にオープンにすると150kHzあたりに強烈なピークができます。1.5kΩおよび2.2kΩ負荷時の特性はTpAs-1Sと良く似ていますが、超低域特性に若干の差があり、TpAs-41Sの方が優れています。



測定条件:
送り出しインピーダンス=50Ω
受け側負荷=1kΩ、1.5Ω、2.2kΩ
0dB=1V

昇圧比:
1:0.917(1kΩ)
1:1.033(1.5kΩ)
1:1.124(2.2kΩ)



測定条件:
送り出しインピーダンス=50Ω
受け側負荷=OPEN、1.5kΩ、2.2kΩ
0dB=1V



TAMRA TpAs-41S (600ΩCT:1.2kΩ)

基板実装タイプで最大使用レベルは7dBmです。1.5kΩおよび2.2kΩ負荷時の特性はTpAs-1Sと良く似ていますが、超低域特性に若干の差があり、TpAs-41Sの方が優れています。試しに負荷オープンの特性も測ってみたところ、TpAs-1Sとほとんど同じになりました。巻き線比は1:1.41です。



測定条件:
送り出しインピーダンス=50Ω
受け側負荷=1kΩ、1.5Ω、2.2kΩ
0dB=1V

昇圧比:
1:0.920(1kΩ)
1:1.035(1.5kΩ)
1:1.126(2.2kΩ)



測定条件:
送り出しインピーダンス=50Ω
受け側負荷=1.5kΩ、2.2kΩ
0dB=1V


TAMRA TpAs-4S (600ΩCT:1.2kΩ)

基板実装タイプで最大使用レベルは7dBmです。TpAs-41Sとは巻き線比違いのモデルで、TpAs-41Sが1:1.41であるのに対してTpAs-4Sは1:1.65です。特性は非常に良く似ていますがTpAs-41Sの方がほんのわずかですが良くなっています。使用にあたってはTpAs-41Sと同等とみて差し支えないでしょう。



測定条件:
送り出しインピーダンス=50Ω
受け側負荷=1kΩ、1.5kΩ、2.2kΩ
0dB=1V

昇圧比:
1:1.096(1kΩ)
1:1.233(1.5kΩ)
1:1.339(2.2kΩ)


TAMRA TK-171 (10kΩ:600ΩCT)

TK-171のインピーダンス規格は10kΩ:600Ωで、定格レベルは+10dBmです。このトランスは1次側にTCがありませんので、プッシュプル駆動で使うことはできません。測定における最大レベルが+3dBVなのは、測定で使用したファンクションジェネレータの出力電圧が7Vどまりでこれ以上高いレベルでの測定ができなかったからです。


Sansuiトランス

Sansui製の超ロングセールの廉価モデル3種です。Sansuiにはさまざまなタイプのトランスがありますが、ラインレベルの伝送に使えそうなインピーダンス規格のトランスはあまりありません。

測定条件は、送り出し側インピーダンスは50Ωとし、2次側に定格どおりの負荷を与えた場合が「青線」で、定格よりもすこし高めの負荷を与えた場合が「黒線」です。

■参考・・・Sansui製のトランスのpdfデータ→sansui-st.pdf


Sansui ST-71

ST-71は、600Ω:600Ωでラインレベルのマッチングにはちょうどいいインピーダンス定格なのですが、大き目の角砂糖くらいの大きさしかなく、重量もたったの13g(実測)です。コアサイズが小さいのでちょっと大きな信号を扱うと簡単に飽和します。10Hzまで無理なく伝送できるのは-6dBVくらいまで、20Hzでは0dBVです。レコーディング機材における基準レベル=+4dBm(1.228V)では、扱う信号レベルの最大値は5Vほどになりますからとてもじゃないこの種の用途には使うことはできません。


Sansui ST-92

ST-92は、1.3kΩ:600Ωですが上記のST-71と比べてサイズがかなり大きく、重量も60g(実測)ほどもあります。こくれくらいのコアサイズになると、+10dBVを余裕で伝送してくれます。TAMRAの放送用トランスTD-1W(600Ω:600Ω)とほぼ同等の容量があり、特性的にも高域側がわずかに劣る程度ですので、一桁安い700円程度で買えることを考えると、非常にお得なトランスだといえます。ひとつ気になるのは、100Hzあたりから下のごくゆるい減衰特性です。低域側がこういう風に百Hz以上からかすかな傾斜で減衰するトランスは、中低域で歪みが多いのです。この傾向はSansuiのすべてのトランスに見られる傾向で、歪み率特性については後ほど検証します。


Sansui ST-53A

ST-53Aは、巻き線比でいうとST-92とほとんど同等のトランスです。750Ω:350Ωという変則的なインピーダンス規格ですが、気にせず600Ωで測定してみたのが黒線の特性です。ST-92よりもわずかですが広帯域ですが、これがトランスの設計の違いなのか、たまたまなのかはわかりません(1個ずつしか買ってない)。トランジスタ回路かOPアンプでドライブしてやれば、それなりに使えるラインバッファが作れるかもしれませんが、さて結果や如何に・・・。

東栄変成器トランス

東栄変成器のライントランス群の実測データです。この2種類のトランスは、海外某社製のトランスがはなはだ高価だというので、代替できるものを廉価に作ってほしいという要望に応えて作ったと漏れ聞いております。

■東栄変成器のサイトはこちら→ http://www1.tcn-catv.ne.jp/toei-trans7arc-net/
■以下のトランスが載っているページはこちら(チョークと混ざっている)→ http://www1.tcn-catv.ne.jp/toei-trans7arc-net/6o-dhiotoransu.htm


東栄変成器 600Ω:600Ω

オーディオ的には不満足なデータですが、1次インダクタンスが1Hですから、低域側のレスポンスの低下は設計意図どおりというべきでしょうか。高域側もかなり低い周波数から落ちはじめていますので、使用にあたって割り切りがいるでしょう。


東栄変成器 600Ω:10kΩ

こちらは1次インダクタンスが2.2Hあるので低域側のレスポンスはすこしはましなものになっています。こちらも高域側は10kHzから落ち始めていますからとても広帯域とはいえません。


周波数vs歪み率特性

何を調べたかったか

トランスの特性というと、周波数特性からはじまってインピーダンス特性や位相特性などが測定されることが多いように思います。歪み率についての測定データはあまり見ないですね。ですから、以下にレポートする形式のグラフは他ではあまり見ないのではないでしょうか。しかし、トランスこそ歪み率データが重要なのです。何故そんなことを言うかは、以下のデータを見ていただければ説明すら要しないでしょう。特に、1kHzより低い帯域でどんなことになっているかで、そのトランスの音のキャラクタがほぼ決まるいと言っていいのではないかと思います。


Sansui ST-71

0dBV(1V)でもきついトランスなのですが、+10dBV(3.16V)なんていう無茶な条件のデータも取ってみましたが、100Hz以下で破綻していますから流石に使い物になりません。1Vで20HzがNGですから、コンシューマ機のCDプレーヤ程度の信号レベル(0dBFS=2V)でも大きすぎて扱えません。


Sansui ST-92

周波数が低くなるにつれて歪がどんどん増加するという、ごく一般的な廉価トランスの特性傾向を示しています。400Hz〜1kHzあたりの領域でもうすこし低い値であってほしいなあ、と思いますがまあしかたないでしょう。ラインバッファに組み込んで、ある程度の負帰還をかけたとして一体どれくらい改善されるか・・・。


Sansui ST-53A

ST-92とほぼ同等の特性です。わずかな違いは、ほとんど個体差といっていいでしょう。


TAMRA TD-1W

業務用として普及しているだけあって、Sansuiのトランスに比べて中低域での歪み率が大幅に改善された優れた特性です。0dBV(1V)ならとか使えますが、+10dBV(3.16V)ではちょっと無理な感じ。ということは、基準レベル=+4dBmプロ機では無理でも、基準レベル=-10dBVのコンシューマ機ならOKということです。


TAMRA TF-3/TF-W

見事な特性ですね。相当に高価なオーディオ用出力トランスでもこれほどに低歪みのものは滅多にありません。これなら、基準レベル+4dBmに+12.5dBのヘッドルームを確保した伝送でも安心して任せることができます。


データライブラリに戻る