充電式かんたんヘッドホン・アンプ


家の外でモニターに使う必要が生じて、ン十年ぶりにヘッドホンなるものを買ってみた(SONY MDR-7506)。家電量販店に行くと大小いろんなタイプのヘッドホンがゾロッと並んでいて壮観ですね。いつのまにこんなすごいヘッドホンマーケットができたんでしょうか。そういえば、電車の中でも男女を問わずかなーりでかいヘッドホンで聞いていらっしゃる方も多いです。野外での密閉型のヘッドホンの使用は、危険を知らせる音が聞こえませんからよくないんですけどね。

何のための買ったのか忘れてしまった小さなプラケースとユニバーサル基板が手元にあったので、勢いで手元にある部品でもって安直なるヘッドホン・アンプを作ってしまいました。いえ、なに、それ以上のなんでもないんですが。思いつきから設計、製作、完成まで1日作業でございました。


正面は、左から電源SW、ステレオ・ミニジャック、音量調節。
側面は、手前からLED、RCAピンジャック、DC12Vジャック(2.1mm)。
右に見えるのは秋月で650円のDC12V/1A電源。

回路の説明

3cm角のちいさな基板にステレオで詰め込める回路というと、あまり贅沢はできません。ま、今回は勢いで作ってしまうお遊びなので凝った回路を作る気もさらさらありません。初段にバイポーラ・トランジスタを使うとバイアスやらなんやらで面倒くさいので、2SK170を単段の自己バイアスで使うことにします。

電源は安直に9V乾電池(006P)を使って誤魔化します。公称9Vといっても動作中は実質8Vがいいところなので(1セルあたり1.33V)、8Vまで電圧が下がっても困らないためには、「電源電圧(8V)−2SK170の飽和電圧(1Vくらい)」が使える有効電圧(7V以下)になります。ウォークマンが登場してからというもの、1.5V程度のきわめて低い電源電圧でも動作するという優れた回路が次から次へと考案されている昨今ですが、DC8Vを使いながら1V単位で無駄にするというものどうなんでしょうね。

回路図中の2SC2644は2SC2655の誤り

問題は出力段ですが、MDR-7506のインピーダンスは70ohmとやや高めなので1段のSEPP回路でまかなえそうです。部品の在庫を漁ってみたら2SA1020と2SC2655のコンプリが出てきたのでこれを使います。となると、全体構成としては「2SK170単段増幅+2SA1020/2SC2655 SEPP-OTL」となります。負帰還は出力段から初段ゲートにかけることにします。いやー、簡単簡単。

ちなみに、SEPP段のバイアスですが、たまたま遊んでいた橙色のLEDが2個あるのでこれを使います。2mAくらい流すと約1.8Vになったので、ここから2個分のVBE(約1.2V)を引くと0.6Vになり、2個のエミッタ抵抗にそれぞれ33Ωを割り当てると無信号時の出力段コレクタ電流は「0.6V÷(33ohm×2)=9mA」になります。全消費電流は、初段(2mA×2)+出力段(9mA×2)=22mAです。006Pみたいな容量のない電池にとってはここいらあたりが限界でしょう。このバイアス用LEDはほどほどに光ってくれるので、片チャネルの1個をひっぱり出して電源ONのインジケータに流用します。

初段のドレイン電流を2mAにしたのでドレイン負荷抵抗は1.3kohmになります。電圧配分は以下のとおりです。

2SK170は自己バイアスですが、ドレイン電流が2mAになるようなソース抵抗値は実際にバラック回路を組んで調べたところ82ohmとなりました。ばらつきを考えると、82ohmのかわりに「39ohm+100ohm半固定抵抗」というのがいいかもしれません。単段の反転アンプなので、負帰還は出力端から初段ゲートにかけます。真空管でいうところのP-G帰還と同じものです。本機の無帰還時の利得はおおよそ18倍で、仕上がりの利得は1.4〜1.5倍です。

当初、電源は006P(アルカリ電池)だったのですが、つけっぱなしにすると10時間そこそこしかもたず、これでは消耗による電池代がばかにならないため、同じサイズのニッケル水素充電池(容量170mAh)に変更し、市販のDC12Vの電源パックで充電できるように変更しました。逆流防止のダイオードとドロップ抵抗1本の簡単なものですがこれで充分機能します。昔のニカド充電池はセル数が6個(公称7.2V)でしたが最近のニッケル水素充電池はセル数が7個(公称8.4V)なので実際には常時9Vが得られます。充電電流は20mAくらいなので10時間+αでフル充電ということになります。この場合はいわゆるトリクル充電に該当するので、充電しっぱなしでも過充電にはまずなりません。充電中にヘッドホンアンプを動作させるとバッテリー電圧が8.7Vで供給電流と消費電流がほぼ均衡してしまうので(1セルあたり1.24V))、充電機能は全くといっていいくらい期待できません。満充電にするには電源をOFFにする必要があります。120Ωを82Ωにすれば動作中でも充電らしい充電をするようになりますので、お作りになる場合は82Ωにされたらいいでしょう。


回路の改訂

FET差動ヘッドホンアンプに比べると明らかに見劣りするので使われることなく放置されていた本機ですが、電源事情からどうしても使うことになったので、いい機会なのでアンプ部を入れ替えてみることにしました。回路の検討から、設計、製作、完成までたったの4時間でしたが、少しはましなものになったのでここにレポートします。

回路は以下のとおりです。回路構成の基本は一切変更せず、やったのはトランジスタと回路定数の見直しだけです。

変更1・・・・SEPP出力トランジスタを2SC2655/2SA1020から2SC2240(BL)/2SA970(BL)に変更しました。2SC2655/2SA1020の方がはるかに大きな電流を取り出せますが、本機では30mAも流せれば十分なので、hFEが格段に大きい2SC2240(BL)/2SA970(BL)としました。

変更2・・・・2SK170の動作条件を若干変更しドレイン電流をすこし減らしてドレイン負荷抵抗を1.3kΩから1.5kΩに変更しています。利得がわずかに増加し、歪み率も少しだけ減るはずです。

変更3・・・・SEPP出力段のエミッタ抵抗を33Ωから27Ωに減らしています。出力段のアイドリング電流が増加しているのと、エミッタ抵抗でもロスが減るので電圧利得がわずかに増加しています。

変更4・・・・各コンデンサの容量を増やしました。初期バージョンはコンデンサ容量不足の感がぬぐえませんでしたので、この変更によって低域再生能力は確実に向上するものと期待しています。

変更5・・・・負帰還抵抗の値とを82kΩ+150kΩから68kΩ+120kΩに減じています。負帰還定数はほとんど変化していませんので、裸利得が増えれば、最終が増加しつつ歪みも減ることになります。

調整・・・・電源電圧はバッテリーの状態によって8V〜10Vくらいの範囲で変動するので、最低の8Vでも所定の性能が出るようにするには、初段ドレイン抵抗(1.5kΩ)の両端電圧が2.9Vになるようにソース側の半固定抵抗器(100Ω)を調整します。


部品のことなど

プラケースは乾電池スペース付きのもので私がよく使うものです。ボリュームはたまたま手元にあった100kohm(A型2連)を使いましたが、最初から購入するなら50kohmの方がいいでしょう。その場合、負帰還抵抗も82kohmと150kohmから47kohmと82kohmくらいに変更した方が帯域的にもノイズ的にも有利です。DCジャックは2.1mmの標準タイプです。DC12V電源は秋葉原の秋月で650円で売られていたものですが、これはオシロで観測してみてもなかなか優秀で残留ハムやスイッチングノイズは非常に低いため、そのまま電源として使えます。

FETの2SK170は2mAで使うのでクラス(BLとかGRとか)は問いません。但し、動作条件は個々のばらつきとソース抵抗値(82ohm)で決まってしまうので前述のように「39ohm+100ohm半固定抵抗」として後で調整するのがいいでしょう。2SA1020と2SC2655は「Yクラス」のものを使いましたが、よりhFEが高い「GRクラス」があればその方が望ましいです。(改訂版では、2SA970と2SC2240を使っています)

その他、CR類ほか特別なものは一切使っていません。コンデンサの容量値が中途半端なのは、手持ちの部品をやりくりして使ったためですが、新規に製作される場合は220μF、250μFともに470μF〜1000μFとしてください。


特性

現在のオーディオ製品を支えている設計技術からみたら全く化石のような回路ですが、これで実用的な特性が得られ、かつなかなかいい音で鳴るわけで、おそらくプロが仕事では書けないような回路で遊べるというあたりが自作屋の醍醐味というやつでしょうか。

利得は、68ohm負荷時で、左=1.47倍3.3dB)、右=1.40倍2.9dB)です。残留雑音は文句のつけようがないくらい低く、内臓のバッテリーのみの駆動時で20μV、外付けDC12V電源を併用した時でも24μV以下となり(ともに聴感補正なし)我が家の測定限界値とほぼ同じ値です。周波数特性および歪み率特性は以下のとおりです。

利得は1.40〜1.47倍であったものが改訂版では1.55倍3.8dB)になりました。負帰還抵抗値から逆算すると、初期設計の裸利得は11倍程度であったのに対して、改訂版の裸利得は18倍に増えていることがわかります。

改訂版の歪み率特性は以下のとおりです。0.1V出力時の歪みは0.15%あったのが0.085%まで下がり、1V出力時では1.7%から1.1%に下がっています。最大出力電圧には変化はありません。左端がしゃくれているのは残留ノイズのためで、本機はシールドケースに入れていないため、周囲の条件で残留ノイズの大きさは変化します。周波数特性はほとんど変化ありませんので上のデータを参照してください。


参考製作例のページ

本アンプの回路を材料にしたHomePageがあります。最終的にはバイポーラ・トランジスタの1段増幅にSEPPをくっつけた格好に落ち着いたようです。負帰還の考え方も全く違っているのでそういう意味では参考になりにくいですが、手頃に作れるおもちゃでしっかり工作を楽しんでいるという点では共通するものがあります。OPアンプ任せで仕上るのもいいですが、こうやって回路で遊ぶことも忘れないようにしたいものです。

http://www.headprops.com/jpn/craft7.htm

なお、どこに出しても通用する本格的な音を希望される方は、本回路ではなくこちらでご紹介している回路で製作してください。

FET式差動ヘッドホンアンプ(DC12V版、AC100V版)


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