<アンプ側改造不要〜組み込み簡単>

差動ライン・プリアンプ用過渡電圧防止回路(真空管式・FET式両用)
DC Protector Unit


以前から課題となっていた真空管式プリアンプのプリ出力に現れる過渡電圧対策の保護回路ユニットを作りました。一般に、この種の保護回路は遅延回路とリレーなどの開閉器によって出力をショートさせる、あるいは信号経路をカットするしくみが使われますが、本回路はちょっと意表をついたユニークかつ部品点数が極少でシンプルな方式を採用しています。

■過渡電圧の発生のしくみ

どんな電子回路でも、電源ON/OFFの直後には回路動作の変化にともなうさまざまな過渡電圧や過渡電流が生じます。真空管アンプの電源回路では、整流出力電圧は電源ONとともに1秒以内に一気に300V前後に達します。この過渡電圧は、リプルフィルタ回路によって緩和されつつもほどなく増幅回路のあちこちに現れます。真空管アンプのプレート回路は抵抗1本でじかに電源とつながっているために、特に電源ON/OFF時の過渡電圧が生じやすくなっていますが、そのプレートからコンデンサを介してプリ出力などを取り出すため、プリ出力に生じた過渡電圧がパワーアンプの保護回路を作動させてしまったりするわけです。通常は以下のような変化が生じます。

(1)電源ONとともにプレート電圧は電源電圧(約200V)と同じ高さまで上昇する。 → この時、プリ出力にはプラスの過渡電圧が現れ、やがて0Vになる。
(2)真空管がヒートアップするとプレート電流が流れはじめるため、プレート電圧はすうっと低下し所定の電圧(約100V)に落ち着く。 → この時、プリ出力にはマイナスの過渡電圧が現れ、やがて0Vになる。
(3)電源電圧が変動すると、 → プリ出力からは変動に合わせて不規則で微小で非常に低い周波数の信号が現れる。
(4)電源OFFになるとプレート電圧は急速に低下し0Vになる。 → この時、プリ出力にはマイナスの過渡電圧が現れ、やがて0Vになる。
プレート電圧の変化とプリ出力に現れる過渡電圧の関係は、高校の数学で習った微分と同じです。プレート電圧の時間あたりの変化に応じてプリ出力に電圧が現れているというわけです。ですから、短い時間に大きな変化が起これば、プリ出力に現れる電圧も大きくなりますし、変化の向きが増加であればプラスの電圧が発生し、減少であればマイナスの電圧が発生します。忘れてしまった人は、実家に戻って数学UBの教科書を引っ張り出して見てみましょう。

■方法1・・・ハイパスフィルタによるカット

プリ出力に現れる過渡電圧は、1回限りの非常に低い周波数の交流信号ともいうことができます。周波数は0.01Hz〜1Hzくらいなので、プリ出力のところにハイパスフィルタを取りつけることでかなりカットすることができます。たとえば、プリアンプ部の出力回路に0.1μFのコンデンサが入れてあってパワーアンプの入力インピーダンスが100kΩであれば16Hzから下を-6dB/octのカーブでカットするフィルタが形成されていることになります。これくらいの周波数で低域をカットしてくれていれば、プリ出力に現れる過度電圧はかなり小さくすることができます。

強力なハイパスフィルタを入れてしまえば問題はほぼ解決してしまうのですが、昔と違って低域側の帯域はかなり広くなってきており、無闇にローをカットしてしまうと必要な音までカットしてしまいかねないので限度があります。


■方法2・・・電源電圧の立ち上がりを遅らせる

6DJ8差動ラインプリアンプでは、0.68μF(発表当初はもっと大きい1.5μFだった)という比較的大容量のコンデンサが入れてあるため、フィルタ効果があまり期待できません。電源回路にトランジスタ(2SC3425)を使ったリプルフィルタを入れたのは、残留リプルを効率的に除去するだけでなく、電源電圧の立ち上がりを少しでもスローペースにしたいという意図がありました。それでも十分とはいえず、使用するパワーアンプの保護回路が働いてしまった、という報告がかなり多かったので、現在では電源電圧の立ち上がりがより緩慢なMOS-FET(2SK3767)を使った回路に置き換えてあります。

この方法では、電源ON直後の過渡現象を緩和することはある程度可能ですが、ヒーターが温まってからプレート電圧が下がる際の変化に対しては無力です。電源電圧の変動に対してはかなり効果的です。


■方法3・・・遅延回路+リレーを使ってプリ出力をカットする

誰もが考える一般的かつ効果的な方法です。メーカー製のアンプでもこの方式を採用したものはたくさんあります。しかし、いくつか問題もあります。

まず、使用するリレーは微小電流に対応したかなり信頼性の高いものを使わないと接触不良に悩まされることになります。普通に部品店で売っている電力型のリレーですと、作りたての頃はいいのですが何年か経つとちゃん接触抵抗が増加したり接触自体が不安定になって音が歪むようになります。リレーを遅延動作させるための回路も必要ですし、どんな方式にするかも考えなければなりません。プリアンプの電源がOFFの時はプリ出力をショートしてしまう方式では、電源ON後数十秒経ってからリレーをオープンにすればいいわけですが、電源OFF時の動作はとても難しいことになります。電源OFFをした時、アンプ部の回路電圧が低下しはじめる前にプリ出力をカットしなければなりませんが、これが難しいのです。プリアンプの電源がOFFの時はプリ出力を遮断してしまう方式でも、電源OFF時の問題は解決しません。さらに厄介なのは、電源ONとOFFがいかなるタイミングで操作されても適切なタイミングが守れないと、思わぬ時にバツンと大きなノイズが出てしまうので、これを防ぐためのロジックも必要になります。

これらを満足しようとすると制御のための回路がどんどん複雑になってしまいます。差動プリは非常にシンプルな回路構成ですから、おそらくリレーを制御する回路の方がアンプ部よりも複雑化すると思います。これは趣味の問題ですが、私はアンプが動作する際に中でリレーがかちゃかちゃいうのはダサいと思っています。あまりエレガントではないと思っています。


■方法4・・・Cds素子とカプラを応用する

本回路では光結合デバイス、一般的には光カプラと呼ばれているデバイスを使います。光カプラにはさまざまなタイプがあって、古くは発光側が電球で受光側がCdsセルでしたが、今では発光側にはもっぱらLEDを使い、受光側はフォトトランジスタを使うことで高速化しています。本回路では発光側はLEDですが、受光側は古風なCdsセルを使います。

Cdsセルは明るさに反応する抵抗器のような極性のない半導体で、真っ暗ですと100MΩ以上の高抵抗を示しますが、光が当たると数百Ωから数kΩくらいの抵抗値になります。Cdsセルは応答が遅い素子で、ON(光が当たって抵抗値が下がる)は比較的早くに反応しますがOFF(暗くなって抵抗値が上がる)はかなり緩慢ですので音声信号などの高速度伝送には使えません。しかし、本回路ではこの性質がかえって好都合なのです。

下のデータは、秋葉原で入手可能な2種類の光カプラの実測特性です。X軸がLEDに流した電流値で、Y軸がCdsセルの抵抗値です。ともに2個ずつの個体を測定しました。LEDに1mAも流してやればCdsセルの抵抗値は1kΩくらいになってしまうので、これをプリ出力に入れてON/OFFの制御をしてやれば、十分に過渡電圧を阻止することができます。

下の画像は、MACRON製のMI0202CL(左)と浜松ホトニクス製のP873-G35-911(中央)とNanyang Senba Optical&Electric製のLCR0203(右)との外観および内部接続図です。現在頒布しているのはLCR0203のみです。なお、CdsはON/OFFの立ち上がり時間にかなりのばらつきがあります。いずれの素子もONからOFFになってからCdsの抵抗値が20MΩになるまでの時間を実測したところ、早いもので1秒、ゆっくりなものでは20秒くらいかかりました。頒布ではある程度時間が揃ったものを選別してペアリングしています。


■回路図

<真空管式差動プリ用>

本ユニットの回路図です。非常に簡単な回路ですが、これで電源ON時とOFF時の両方で絶妙なタイミングで過渡電圧がプリ出力に出るのを阻止します。回路自体が無接点なので経年変化に対する信頼性の低下もなく、また動作がなめらかかつ静かなので不快な動作音やクリック音もありません。差動ラインプリへの組み込みは簡単で、このユニットの左側の2本の線をヒーターのDC点火回路につなぎ、右側の3本の線をプリ出力につなぐだけです。差動ラインプリの回路を変更する必要はなく、単純に追加するだけでOKです。

6.3Vの場合:
ヒーター電圧が6.3Vの時は、1000μF/25Vを3300μF/10Vに、15kΩを5.6kΩに、16kΩを6.8kΩに、47kΩを22kΩに変更してください。

電源ON時:

電源ONの直後、ヒーターのDC点火回路には-12.6Vがかかります。この時、本回路には1000μFのコンデンサを充電する電流が流れます。その大きさは最大で0.7mAであり、0.2mA以上の状態が15秒間くらい続きます。この間、Cdsセルによってプリ出力は3kΩ以下の抵抗でアースされたことになるため、プリ出力に現れる過渡電圧はほとんどカットされてしまいます。Cdsセルの抵抗値は、電源ON直後は1.3kΩくらいですが、時間とともに徐々に大きくなってゆき、40秒後では20kΩくらい、50秒後には100kΩくらい、そして1分後には1MΩくらいになります。100kΩは、長時間経った時にコンデンサを完全充電・完全放電させるためのものです。

電源OFF時:

電源OFFになると、ヒーター電源の電圧はあっという間に0Vまで低下します。1000μFのコンデンサには12V以上の電圧がかかっていましたから、しっかりと充電されています。電源OFFとともにコンデンサに溜まっていた電荷が放出されますが、SBDのブリッジ回路があるための放出する際の電流の方向が切り替わることでLEDが再び点灯するため、電源ONの時と同じことが起こります。つまり、電源OFFの直後にCdsセルの抵抗値は1.3kΩまで下がり、過渡電圧をカットしてくれます。Cdsセルの抵抗値は時間とともにゆっくりと上昇しますが、その頃には過渡電圧は消滅しています。

電源ON/OFFの不規則な繰り返し:

1000μFへの充電途中で電源がOFFになって放電に切り替わっても、またその逆が起こってもLEDを一定時間点灯させ続けることができるため、本回路の機能が損なわれることはありません。

<FET差動プリ用>

この回路は、真空管式だけでなく、FET差動ラインプリにもほとんどそのまま応用できます。その場合は、ACアダプタからのDC24Vを使います。


■製作

説明を要しないくらい簡単な構造です。本ページ冒頭の画像では、実験目的で半固定抵抗器を使ったために1000μFが右に寄りすぎてしまい平ラグの取付け穴を邪魔しています。下図のパターンにすればそのような問題は生じません。

実験機→←現行版(但し画像についている四角いのはMI0202CL)


■部品

使用部品は以下のとおりです。LED-Cdsカプラ(光結合デバイス)を除けば特殊な部品は使っていません。部品精度は必要ありません。本ページ冒頭の画像では、実験用ということで15kΩのかわりに20kΩ半固定抵抗器を取りつけていますが、信頼性を考えると固定抵抗に置き換えるのがよろしいです。

<1カプラ方式>
No.名称型番・規格数量MEMO
1.LED-Cdsカプラ(光結合デバイス)P873-G35-9112-
2.SBD(ショットキバリアダイオード)11EQS06、BAT41、BAT43、BAT46など
耐圧60V以上、定格電流0.1A以上
4シリコンダイオード不適
3.アルミ電解コンデンサ1000μF/25V1-
4.抵抗器13kΩ1/4W1-
5.抵抗器100kΩ1/4W1-
6.平ラグ6P 2列1-
7.スペーサ類8mm〜10mm2任意

※すべての部品は頒布可能です。


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