Mini Watters
ミニワッター6N6P全段差動PPアンプ
<市販電源トランス版>

6N6Pはこれしか持っていないが、1種類だけではないらしい。

<6N6P全段差動PPミニワッター概要>

ミニワッター汎用シャーシは全段差動PPミニワッターにも適用可能にすることを視野に入れて設計してあります。2011年春に出版予定のミニワッター本も脱稿したことだし、ここはひとつプッシュプルの作例くらい作っておかないといかんでしょう、ということで作ってみることにしました。

アンプ部の構成はFET差動+6N6P差動PPの2段直結です。電源部はシングルタイプのミニワッターの回路をそのまま頂戴し、そこに擬似マイナス電源を追加しています。コンパクト&簡単で贅沢こそしていませんが、できあががってみれば予想外の良い出来でパワーが必要なければメインシステムとしても通用するほどのものになりました。


<利得の概算>

2SK30をId=0.9mAくらいで使った時のgmは1.63くらい(実測)です。初段負荷抵抗を15kΩとした場合、初段の素の利得は概算ですが1.63×15=24.5倍とみなせます。出力段の利得ですが、6N6Pのμ=17、rp=2.7kΩ、負荷インピーダンス=4kΩとすると、電圧利得は10.15倍です。出力トランスのインピーダンス比は8000Ω:8Ωですので巻き線比は31.6:1となります。これらを単純計算すると以下のようになります。
24.5×10.15×1/31.6=7.8〜7.9倍
実際には出力トランスでのロスが5〜10%程度生じます。出力段のバイアスバランスの微調整のために、初段差動回路のソース側に100Ω程度の半固定抵抗を入れたとすると、半固定抵抗による電流帰還がかかうるために初段の24倍は22.4倍に低下します。それらを考えると、利得は7倍くらいになると見込まれます。


<出力段の設計>

出力トランスは春日無線変圧器のKA-8-54Pを視野に入れて、8kΩp-p負荷としてロードラインを引いています。KA-8-54Pは小型ながら一級品といっていい非常に優れた出力トランスで、他の同格の出力トランスに比べてコア由来の歪が小さく、帯域特性も申し分のないものを持っています。

電源トランスに春日無線変圧器のH17-04211を使うとして、取り出せるDC電流は80mAですから、初段等にまわす電流をざっと8mAほど引くと残りは72mAとなり、出力管1本あたりは18mAどまりとなります。この場合の設計上の理想最大出力は1.3Wです。これ以上パワーを欲張ることはできません。問題は電源電圧です。H17-04211の2次巻き線電圧は130Vと低いので、整流出力電圧は167Vくらいと見込まれます※。ここからリプルフィルタのロスを引き、マイナス電源電圧分も引くと電源電圧は154Vが上限だろうと思います。出力トランスでの電圧ロスを2Vとし、カソード電圧が16Vくらいだとすると、出力段の実質電源電圧は136Vあたりになります。

A2級の要素を少し入れて引いてみたロードラインはこんな感じです。出力管1本あたりは16mAくらいですから、この場合の設計上の理想最大出力は1.0Wです。組み上げた状態で1W出るか出ないか、くらいの動作ではないかと思います。どうも電源電圧の低さがボトルネックですね。かといって巻き線電圧160VのH12-0429だと最大65mAどまりなので今度は電流不足になってしまうため変更しても意味がありません。H17-04211でやりくりするのが正解なようです。

※簡単に「167Vくらいと見込まれます」などと書きましたがそんなことが簡単にわかるわけがありません。実は、実験回路を組んで精密に測定しています。

★・・・ここを読む前に下の<初段の設計>を読んでください。
初段の設計によって出力段グリッド電圧は11.6Vとなりました。ロードラインからバイアスは−4.5Vくらいですから、カソード電圧は11.6V+4.5V=16.1Vになります。カソード抵抗に510Ωを入れたとすると、2管合計のプレート電流は、16.1V÷510Ω=31.6mAとなり、1管あたりは15.8mAとなります。ほら、ロードラインで決めたプレート電流とぴったり一致しました・・・・というか、一致するように何度も計算して仕組んでからこれを書いているのですが。


<初段の設計>

利得の概算のところで仮に設定した初段の動作条件は、2SK30(Yランク)を使い、動作条件はId=0.9mA、Rd=15kΩでしたが16kΩに変更しています。Rdでの電圧降下は14.4V(=0.9mA×16kΩ)ですので、電源電圧はその2倍弱の26Vとしてみます(実際には2SK30のバイアス電圧分が目減りする)。ドレイン〜ソース間の電圧は11Vくらいです。出力段をフルドライブするために必要なマイナス側の振幅がかなり大きく、ドレイン〜ソース間は9V以上を確保したいためこのような動作になりました。

この動作条件での利得は26倍くらい。ソース側に100Ωのバイアス調整半固定抵抗器を入れた場合、利得は若干目減りして24倍です。この時のドレイン電圧は11.6Vですが、この電圧は出力段グリッド電圧でもあります。

そこで、話を出力段の設計に戻します(★マーク)。


<電源回路の設計>

下図は春日無線変圧器の電源トランスH17-04211の実測負荷データです。実線はヒーター巻き線側が無負荷の時で、点線はヒーター巻き線から定格どおり1.5Aを取り出した時の値です。ちょっと変わったトランスで、ヒーター巻き線の負荷を与えても与えなくても整流出力電圧があまり変化しません。これを見ると70mAくらいを取り出した時の整流出力電圧は167V程度です。

ここで電圧配分について考えてみたいと思います。これまでの検討で、出力段カソード電圧=16.1Vとなり、出力段プレート電圧(プレート〜カソード間)は136Vとなりました。出力トランスKA-8-54Pの1次巻き線抵抗は100Ωくらいですのでここでの電圧降下は1.6Vになります。これらすべてを足すと、16.1V+136V+1.6V=153.7Vとなります。整流出力電圧の見込み値は167Vでしたから、その差は167V−153.7V=13.3Vです。マイナス電源用に4Vリザーブしたとすると残るは9.3Vとなり、これがリプルフィルタ回路でに使える電圧ということになります。


<全回路図>

本機の全回路図です。各部の電圧の設計値と実測値は気持ちよく一致しました(この一致にはシカケはありません)。

初段はバイアスまたはIdssである程度選別した2SK30A(Yクラス)のペアを使います。ソース側にDCバランス調整用に100Ωの半固定抵抗器が入れてありますが、これば微調整用なのでこれがあるからといって選別の省略はできません。負帰還回路側にも100Ωの半固定抵抗器が入れてあり、負帰還量を変えられるようにしてあります。出力段は準差動回路としてあり、定電流化はしませんでした。こうしたことによるデメリットは今のところ見当たりません。両カソード側にプレート電流検出用の抵抗(3.3Ω)を入れてあります。初段ソース側のバイアス調整用の100Ωの半固定抵抗器を調整して、両カソード(8pinと3pin)間の電圧が等しくなるように調整します。許容誤差は3mVとしておきましょう。

電源回路はオリジナルのミニワッターの回路と同じ基本構成ですが、擬似マイナス電源を作るために56Ωの抵抗と1000μFのコンデンサが追加されています。既発表済みの全段差動ベーシックアンプではここに5本直列にしたダイオードを使いましたが、回路をより簡素化するために56Ω/2Wの抵抗1本に置き換えています。

<製作した回路・・・やや問題あり>
(注意)ヒーター回路をつなぐ相手がアース(GND)のところを誤ってV-になっています。

初段電源は直列にした2個のツェナダイオード1個のLEDで26Vを得て簡易定電圧化してあります。どうやってLEDを点灯しようかと思ったのですが、ここに流れるブリーダ電流を流用することにしました。LEDをここに入れたことで電源ONしてからLEDが光るまで5秒ほどかかってしまう・・・つまり、電源ONしてもLEDはすぐには光らないから「あれっ」となる・・・という妙なことになりました。この方法はちょっとリスキーです。何故ならば、LEDをつながない状態で通電すると定電圧回路が作用しないために、ここに90Vもかかってしまうからです。初段2SK30Aにも76Vほどかかるので半導体が壊れます。安全を期したい場合は、ここにLEDを入れるのをやめて、ツェナダイオードのうちのひとつを13.7Vタイプ(頒布しています)に変更したらいいでしょう。LEDの点灯はミニワッターの基本回路と同じでダイオードでバイパスしたAC点火がいいでしょう。その場合は18kΩ/3Wは22kΩ/3Wに変更した方が発熱量を抑えることができます。修正された推奨回路は以下のとおりです。

<推奨回路・・・問題解決後>


<製作と調整>

本ページでは詳細は製作方法までは記述しませんが、参考のために平ラグパターンと実際の画像をご紹介しておきます。LEDの点灯回路のところが推奨回路と異なっていますので注意してください。推奨回路で製作する場合は、「LED+〜LED-」間をショートさせ、ZDも「12V×2」ではなく「12V+13.7V」の組み合わせにします。各画像をクリックすると大きくなります。

注意点としては、実装にしやすさから100Ωの半固定抵抗器に2種類のものを使っているという点です。大きい方が15回転で小さい方が25回転、ともにBOURNS製です(どちらも希望される方にはお分けします)。画像でみると一部の抵抗器のカラーコードが回路図やパターン図の値と一致していませんが回路図の記載を優先してください。

調整箇所は2つあります。1つめは初段差動回路のバイアスで、この半固定抵抗を調整することで最終的に出力段の2管のプレート電流が同じになるようにします。DCVレンジにしたテスターを出力段の両カソード(3pinと8pin)に当てて生じる電圧が1mV以下になるように調整します。球が温まってくるとずれるのでアンプが安定するまで待ってから行います。また作ってしばらくして球がなじんだ頃に再調整した方がいいでしょう。

2つめは負帰還量の調整です。調整後の100Ωの半固定抵抗の値は76Ω(560Ωがあるのでテスターを当てると67Ωと表示される)でしたので、半固定抵抗を使わず抵抗1本で済ませる場合は75Ωにしてください。

作業の順序:

私が行った作業手順は以下のとおりです。

  1. 平ラグユニット上の部品取り付けと配線。2SK30の取り付け向きに注意してください。20P平ラグのセンター穴周辺では、ここにネジが通ることを想定してよけるように工夫してください。
  2. 音量調整ボリューム上の抵抗器の取り付けと線出し。
  3. シャーシの内側のサンドペーパーがけ。入力端子穴、ボリューム穴は取り付けた時に部品の金属部分と導通するようにします。これを怠るとハムが出ます。
  4. シャーシへの主要部品の取り付け。
  5. AC100Vまわりおよびヒーター回路、LEDへの配線と通電試験。
  6. 電源ユニットの取り付け、電源トランスへの3本の配線。
  7. 通電試験。V+電圧は電源ON後数十秒をかけてゆっくり電圧が上昇すること、ヒーター回路に正常な電圧(約6.3V)が出ることを確認。アンプ部にまだ電流が流れていないので電圧は高めに出ます。
  8. 真空管ソケットのセンターピンをつなぐアース母線の取り付け。
  9. アンプ部ユニットの取り付け。
  10. すべてのアース(GND)線のアース母線への接続。電源ユニットから1本、アンプ部ユニットから1本、音量調整ボリュームから1本。
  11. 電源ユニットからのV+、V-をアンプ部ユニットに配線。
  12. 通電試験。真空管にはまだつなげていませんが、アンプ部ユニットは動作できる状態です。通電して初段に約30Vの電源が供給されているこを確認します。マイナス電源はまだ機能していません。
  13. 真空管ソケットまわりの抵抗器とアンプ部ユニットと真空管とをつなぐ配線。
  14. 通電試験。真空管を含めたアンプ全体の電圧が設計どおりであるか確認。
  15. 入力端子〜音量調整ボリューム〜アンプ部ユニット間の配線。
  16. スピーカー端子まわりの配線。
シングルのミニワッターよりもラグ板が1枚多いですが、それでもあいかわらずシャーシ内部はすかすか。


<部品頒布を希望される方へ>

部品の内訳が以下の点でミニワッターと異なります。ご面倒でも具体的にご指定ください。製作に必要な部品は(真空管以外)すべて手持ちがあります。

  • 抵抗器およびコンデンサの内訳が異なるのでミニワッター用のセットは適さない。
  • 整流ダイオードは4本ではなく2本。
  • 立てラグは3P×3ではなく、5P×2、3P×1。
  • スペーサは、10mm×3に加えて8mm×2が必要。
  • 新バージョン2012、2014が出たので本機の頒布リストは終了。必要な場合は他の例にならってリストを作ってください。
部品頒布ページはこちら→http://www.op316.com/tubes/buhin/buhin.htm


<測定>

オープンループ利得は計算値よりも大きくて8.2〜8.3倍でした。負帰還調整用の半固定抵抗を調整して総合利得は4.2倍に設定しています。負帰還量は5.8dBです。この時の残留ノイズは22〜33μV(帯域80kHz)ですので大変なローノイズとなりました。出力0.9Wに対するS/N比は98dBですから、16bitのCDのダイナミックレンジを上回ります。こんな静かなパワーアンプははじめてです。半固定抵抗を使わない場合は75Ωの抵抗器で置き換えられます。以下のデータは負帰還をかけた状態です。最大出力は0.9Wとミニワッターのお約束を守っています。帯域特性、歪み率特性ともに予想を上回る申し分のない結果となりました。

100Hzでの0.01W以下の領域での歪み率が高めなのは残留ノイズ由来のものではないことはわかっており、かといって出力トランス固有の歪みにしてはちょっと多いなあ、と思ったりそんなものかなあと思ってみたり。この歪みの傾向は6DJ8全段差動PPミニワッターでも同じだったので、出力トランス由来のものだということがわかりました。

このアンプは小さいながら全段差動PPらしい、そして測定数値に恥じない一人前の音がします。製作された方々の評価が高いのであらためて聞いてみましたが、なるほどこの音を聞いてしまうと普通のパワーアンプには戻れないかも、と思いました。廉価にコンパクトに全段差動の音を楽しみたかったら、このアンプはちょうどいいのではないかと思います。消費電力は30W以下ですのでほとんど熱を持たず、省エネアンプでもあります。


<5687、7119、7044への適用>

5687・・・・5687は6N6Pと特性が酷似しているので、アンプ部の回路はそのまま適用が可能です。しかし、ヒーター定格が6.3V/0.9A×2ですのでこの電源トランスを使う限り電流容量が不足します。というわけで、ヒータートランスを追加する必要があります。また、6N6Pとは真空管のピン接続が異なりますので注意してください。

7119、7044・・・・7119と7044は別の球ですが同じに扱えるくらいよく似ています。ヒーターは余裕がありますので問題ありません。6N6Pよりも内部抵抗が低いのでもう少しプレート電流を増やすことができます。出力段のカソード抵抗を510Ωから470Ωに変更してください。μがやや高めなので総合利得も少し高くなるため、負帰還量が増えますが調整は不要です。7119/7044も6N6Pとはピン接続が異なりますので注意してください。


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