FET式差動ヘッドホン・アンプ
(オープンスタジオモニター)

Simple FET Differential Headphone Amplifier for Studio Monitor


知り合いのスタジオに遊びに行った時、モニター用のヘッドホンアンプのいいのがなかなかない、という話になり、じゃあ次来るときに作って持って来るよ、なんて安請け合いしてしまったのが本機誕生のきっかけです。このスタジオは個別のブースを持たずにすべてオープンスペースで録音するスタイルであるため、ヘッドホン・モニターが欠かせません。機能的にはベリンガーのヘッドホンアンプが適合しますが音がしょぼい、ストレスも溜まるので駄目。というわけで一肌脱ぐことに。ラックに実装して、使う人のうれしそうな様子を見ていると作って良かったと思いました。

This Headphone Amplifier is for studio monitor use therefore having four sets of stereo amp unit and four outputs. Also having two selectable inputs.



■設計の考え方と構成

下の画像はベリンガー製4CHヘッドホンアンプ"POWERPLAY PRO-XL HA4700"(¥13,800・・・サウンドハウス価格)です。要するにこんなのが欲しいようなのですが、機能は豊富でも中味はただのOPアンプなので「いらいらする音」「楽しくない音」なわけで、これではいい作品はできません。OPアンプだから駄目というわけでもないんですが、SSLは普通のOPアンプであれだけの音出しますからね、私も腕がないのでOPアンプでいい音出す自信ありません。しかしまあ、ごちゃごちゃと機能をてんこ盛りにしたもんだなあと思います。原価の大半はケースとスイッチとツマミと梱包・運送費でしょう。

同時に最大4人までヘッドホンでモニターできるようにしたい、ということなので個々に音量調整を可能にするために4組のステレオ・ヘッドホン・アンプ(つまり8ユニット)を1つのケースに入れることにします。ソースは基本的にコンソールの2ミックスのモニター出力ということになりますが、複数のコンソールがあってもそれらをスイッチ1つで選べるように2つの入力を切り替えられるようにします。もっとほかにも便利な機能を・・・という話も出ましたが、これくらいでシンプルに上げた方が使いやすいだろうということで、これ以上欲張ることはやめました。というわけで、よくあるキューBOXのような簡易MIX機能はついていません。全体構成は右図のようになります。(入力をスルーしたパラ出力を1組つけてもよかったかな、と思ってます)

通常、コンソールのモニター出力は不平衡出力を併設しているので、回路が複雑になるのを回避する意味でも本機は不平衡入力とします。ヘッドホンがそもそも不平衡構造(改造しない限り)ですから、アンプ全体を不平衡構造のする方が合理的です。利得は、これまでの経験から+10dBくらいにします。

モニター用ヘッドホンの定番といえばSONYのMDR-CD900STですが、これを真似て各社からたくさんの製品が出てきています。インピーダンスはそのほとんどが50〜70Ωの範囲ですので、これらに対応したアンプであることが必要です。

入力インピーダンスは、100kΩのボリュームを4個並列にしているためにぐっと下がって約21kΩです。50kΩを使うと12kΩになってしまうので敬遠しました。100kΩという高い抵抗値にしたことによる聴感上のノイズの増加はありません。

入力端子はスタジオにおけるラインレベルの標準である1/4インチ・フォーンジャックとし、ケースは2Uというのも大袈裟なのでコンパクトに1Uサイズにまとめることにしました。電源は市販のスイッチング電源を使えば簡単に仕上がって作るのも楽なんですが、ここは大人しくトランス式の通常タイプでいくことにしました。深い理由はありませんので、同じものを製作される方は19V〜24Vくらいのスイッチング電源を使っていただいて一向にかまいません。


■全回路図

<アンプ部ユニット>

<電源部>

<ユニット接続図>・・・片チャネルのみ


■アンプ部回路の説明と電圧配分

まず、初段差動回路ですが、原回路どおり高精度で選別した2SK170(BLランク)のペアを使用します。この高精度ペアは、希望される方には当サイトで頒布しています(こちら)。電源電圧は最終的に12.2Vになりましたが、差動回路で重要なのは両ドレイン電圧をどうするかです。JFETは直線性の都合で1Vかそれ以上の飽和電圧があります。また、本機のような不平衡動作をさせた単段差動回路を低利得で使った場合、確保すべき飽和電圧は大きくなります。従って、ドレイン電圧は一般的な増幅回路のように電源電圧の1/2というわけにはゆかず、1/2よりも1Vかそれ以上高くしなければなりません。本機の設計では、12.3Vの電源電圧に対してドレイン電圧は6.7V±0.2Vくらいに設定しています。この時のドレイン電流は2SK1701本あたり2.05mAです。

初段差動回路のドレイン電流を決定しているのは2SC1815を2本使った定電流回路です。定電流特性は、右下側の2SC1815のベース〜エミッタ間電圧(0.654V、気温25℃時)と160Ωで決定されます。すなわち、0.654V÷0.16kΩ=4.1mAです。この定電流回路は1V以上の電圧余裕があれば充分に動作しますので、マイナス電源は-1.55Vを供給しています。

次に2SA1015/2SC1815と2SA1358/2SC3421とで構成されるダイヤモンド・バッファ回路です。2SA1015と2SC1815のコレクタ電流は、2つのエミッタ抵抗(47Ωと1.6kΩ)と電源電圧およびドレイン電圧とで決定されます。ちなみに、2SA1015のベース〜エミッタ間電圧は0.671V、2SC1815の方は0.682Vでした。その結果、2SC3421と2SA1358の両トランジスタのベース間には1.656Vの電圧が与えられています。2SC3421のベース〜エミッタ間電圧は0.652V、2SA1358の方は0.630Vでしたので、両エミッタ間電圧は0.372Vとなります。エミッタ抵抗は10Ω×2ですから、終段のコレクタ電流は、0.372V÷0.02kΩ=18.6mAとなります。これくらいのコレクタ電流ですとかなり大きな音量になるまでA級動作領域となります。

ダイヤモンド・バッファ回路はトランジスタのベース〜エミッタ間電圧の特性をうまく生かした優れた回路ですが、所詮は安定度に置いて不安要素を抱えた2段エミッタ・フォロワ回路です。2段エミッタ・フォロワ回路の安定度を確保しているのが47Ωと10Ωの抵抗です。この2つの抵抗は終段トランジスタのバイアスを与える役割と超高域における動作安定の2つの役割を持っています。

各アンプ部ユニットはそれぞれに電源に1000μF/16Vを1個ずつ持っており、これらは他のユニットと共用し合うように作られています。つまり、電源のコンデンサは4ユニット合わせて4000μFの容量になっているという点が通常のアンプと異なります。4つのユニットには常に同じ信号を増幅するため、B電源側に抵抗を入れるなどしてユニットごとに電源を隔離・独立させることをしていません。


■電源回路

チャネルあたりの消費電流を仮に30mAとすると全消費電流は30mA×8=240mAになります。また、アンプ部に12〜13Vを供給可能な安定化電源にするためには整流出力で20Vくらい必要です。これらをまかなうためには、0.4Aクラスの電流容量を持ち、16〜20Vくらいが得られる電源トランスが必要になります。VAにすると6〜8VAの容量ですが、EIコアの標準的な電源トランスで6〜8VAの容量のものというと高さが4cmを超えてしまい1Uサイズに収まりません。そこで8〜10Vで0.4Aのトランスを2個使うとして電源トランスを探してみたところ、ノグチトランスが0.4A、9Vというのを扱っていました。東栄変成器には18V、0.2Aとか12V、0.3Aというのはありましたが微妙なところで使えるトランスはありませんでした。アンプ部が3系統まででしたら東栄変成器でも調達可能です。

電源回路は、オーソドックスな構成です。18Vをブリッジ整流し、約20Vの整流出力を得ています。整流直後のコンデンサに3300μFと1000μFを入れていますが、3300μFもあれば充分でした。トランジスタ1段の簡易型安定化電源を経て、抵抗1本で左右に振り分けて供給しています。整流出力20Vに対してツェナダイオードが17.0Vですから1kΩには3mAが流れます。本機の全消費電流は約240mAで、2SD1763のhFEが200くらいでしたのでベース電流は1.2mAとなり、ツェナダイオードにまわる電流は、3mAから1.2mAを引いた1.8mAになります。このような回路の場合、hFEが低いトランジスタでも、また整流出力電圧が低下してもツェナダイオードに流れる電流を最低1mAは確保したいので、3mAというのはぎりぎりの値といっていいでしょう。1kΩを750Ωに減じて3mAを4mAに増やした方が設計としてはいいと思います。使用したパワートランジスタ2SD1763はもう入手できない古いモデルですので、新たに購入される場合は2SC3709など入手しやすいものにしてください。

マイナス電源はダイオードの順方向電圧を利用した擬似マイナス電源です。ダイオードはたまたま手持ちのあったRL152という100V/1.5Aの通常タイプのシリコン整流ダイオードを使いました。スイッチング動作はしませんのでファースト・リカバリ・タイプである必要はなく、1A以上の定格のシリコン・ダイオードであれば耐圧は問いません。ここにはショットキ・バリア・ダイオード(SBD)は使えません。


■実装上のポイント

<ケース>

ケースはパネルやシャーシ、底板など部品を集めて自分で加工して作りました。パネルは1Uサイズで3mm厚の標準品が700〜800円で入手できます。シャーシは奥澤(ラジオデパートB1)製の400mm×200mm×40mmのものを使いました。ここの弁当箱シャーシは、単なるアルミ箱とはいえ細部の切れ込みや折り曲げまで配慮されたなかなかのものです。底板は400mm×200mm×1.5mmのものをやはり奥澤で調達しました。サラネジを使う関係で1mm厚では穴が広がってしまって具合が悪いです。

ラックマウント可能な構造にする場合、ひとつ厄介な問題が生じます。それはパネル周りの処理の問題です。パネル板の厚みが3mmあり、ケース側にも1mm厚のパネルがありますので、都合4mm厚のパネルってことになります。ところが、市販のロータリースイッチ(ALPSの青いやつ)はネジの長さが短くて4mm厚のパネルに取り付けるとネジがはいりません。そこで、内側の1mmのパネルにはロータリースイッチがすっぽりはいるくらいの大きな穴を開けて貫通させ、3mmパネル側のみで固定しています。

<アースの始末>

8ユニットものアンプがずらりと並んだ場合のアースの処理は通常のステレオアンプのようにはゆきません。入力は事実上1系統のステレオですから入力まわりのアースは共通になります。1つの電源から8台すべてのアンプに電源を供給しますから電源側からみたアースも共通になります。出力側はヘッドホンごとに独立しますが、通常品のヘッドホンジャックを使うと、アース側でパネルと導通してしまうのでここでもアースがつながってしまいます。つまり、入力系、電源系、出力系それぞれにアースが共通になる要素がありますが、実装では1つしか共通化できません。

出力系は、絶縁タイプのヘッドホンジャックを使うことでアース側がパネルに接することを回避させます。入力系と電源系の競合問題ですが、入力側で揃えることで割り切ることにします。各アンプユニットはアースを入力側で出し、これらを太目の線で横に8個つないでやります。このラインには入力信号のアースと電源へのリターンが共存します。アースの結線は、上のユニット接続図がほ実装の引き回しをそのまま表していますので参考にしてください。

<アンプ・ユニット>

アンプ・ユニットはおなじみの平ラグを使っています。プリント基板を使えばもっとコンパクトになると思いますが、平ラグは作りやすい、修正しやすいのと性能が出しやすいこともあって愛用しています。画像を見てのとおりすし詰め状態でなかなか壮観です。

<部品の取り付け>

本機の部品のシャーシへの取り付けには、ビスの頭の出っ張りを嫌ってすべて皿ビスを使っています。皿ビスを使うには、皿穴を確保するために1.5mm以上の厚みが必要ですが、本機のシャーシは1mm厚のアルミなので皿ビスの根元がスペーサに当たってしまいます。そこで、スペーサの穴を皿状に加工しています。なお、皿穴は専用の工具がありますがバリ取りで代用できます。


■測定など

下のデータは、68Ω負荷時の周波数特性です。もっとも、無負荷でも32Ω負荷でも特性は一定で0.3dBほどの差異も生じません。信号レベルは100mVおよび1Vで測定しましたが結果は同じでした。この時の利得は3.05倍(9.7dB)です。高域側はややまるい肩特性なので、これですとオーバーシュートは出ないできれいな方形波になりますね。この回路は回路定数を少々いじっても、実装方法が異なっても常にこのような特性が得られるので、誰が作っても再現性があります。

こちらは歪み率特性です。同じく68Ω負荷で測定しました。出力電圧1V以下で水平になっているのは簡易型の測定系の限界値のためです。半導体アンプにしては裸利得が小さいため、結果として負帰還量がそれほど多くないのですが(せいぜい16dB程度)その割には低歪みです。差動回路のご利益です。


■音

FET式差動回路のいつもどおりのキレの良い広帯域感のある音です。打ち込み系のパーカッションなどの立ち上がり感の良さも、ブラスやボーカルなど中域の存在感もいつもどおりです。コンデンサ容量をやや増やし目にしたためか(どうかは知りませんが)超低域の出方がちょっと変わりました。また、いわゆるオーディオ用を標榜した電解コンデンサを使わずに標準品を使ったため色付けのないストレートな音が得られました。オーディオ用を謳ったアルミ電解コンデンサの多くは私の耳にはきらびやかに聞こえます。


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