<発掘!>

STAXコンデンサイヤースピーカー専用プリアンプ
1975.8.10〜22製作

Pre Amplifier for STAX Condenser Ear Speaker


本棚を整理していたら、「1975.8.10〜22 コンデンサヘッドホン専用プリアンプ」というタイトルのノートが出てきました。おお、これは学生時代の夏休みの工作の記録ではないですか。

当時、雑誌FMfanで荻昌弘氏がお書きになっていた連載の中で、荻氏がSTAXのコンデンサ・イヤースピーカーSR-3(だったと思う)の虜になって、どんどんはまってゆく様子を書きつづっていたのに触発されて、私もSR-3を手に入れ、荻氏とほぼ同じ事態になっていたのでした。荻氏は毎晩、SR-3を耳にかけて音楽を聞きながら心地よくご就寝されることを無上の楽しみとされていたと書かれています。そんなことをすると、華奢なSR-3の導電膜はたちまちムレた上に圧迫されてダメになってしまうのですが、私も全く同じ事態になっていたのでした。

学生の身分でお金がないので、中古のアダプタSRD-5を手に入れたのがはじまりでした。SRD-5はトランス式でメインアンプの8Ωスピーカー出力につないで使います。"SRD-5"+"SR-3"の音は、これまで使ってきたダイナミック型ヘッドホンを一瞬にして駆逐するほどインパクトがありました。しかし、人の耳の何と贅沢なことでしょう、ほどなくしてこの音にも注文をつけたくなってくるのでした。ここまでいい音が出るなら、もう少しキレが良くてスカッとした見通しが得られないものだろうかと。そこで製作したのは本機です。今、回路図を見るといろいろといじりたくなるのを我慢して、当時の目線で解説を試みます。

(右画像ほか本ページの画像のいくつかはSTAXサイトより借用しています)



●SRD-5

SRD-5は、メインアンプのスピーカー出力を入力とし、本機に入力してイヤースピーカー(以下、コンデンサヘッドホンと呼ぶ)を鳴らすか、スイッチでバイパスして外部のスピーカーを鳴らすか切り替えができるようになっています。SRD-5に関してはこちらのページにレポートをまとめました。

SRD-5の概観 中はトランスと簡単な基板1枚


■真空管式コンデンサヘッドホンアンプ

当時、トランス式のアダプタではなく、コンデンサヘッドホン専用アンプを内蔵したプリアンプ SRA-12S(72,000円)がSTAXから出ていました。それはプリアンプ単体でも評価が高く、小型なのに存在感があってすごく格好が良かったです。本当はこれが欲しかったのですが、Nakamichiを手に入れたために借金をしていた私にはとても手が出せる相手ではありませんでした。

SR-3の取扱説明書には、自作する人のための推奨回路が載っており、専用コネクタも250円くらいで販売されていました。回路構成は以下のとおりです。遠い記憶をたぐっているので、正確ではないかもしれません。

工事中

初段の12AX7で増幅してから、P-K分割式の位相反転回路にはいります。終段は12AU7のプッシュプルで、トランスではなく抵抗負荷になっています。B電源電圧はかなり高かったように記憶します。負帰還はどこにもかけられていません。全段無帰還構成というのがいまひとつ気に食わなかったのと、真空管を使うのは終段だけにしてもっとコンパクトにしたかったので、この回路は見送ることにしました。


■設計

<全体の構成>

プリアンプとしての基本機能を持ち、加えてSTAXのコンデンサヘッドホンが駆動できることが基本要件です。コンパクトなアンプをめざしますので、高圧動作になる出力段のみ真空管を使い、それ以外はすべて半導体回路としました。

1970年当時のオーディオ機器のラインの信号レベルはかなり低めでした。今では300mV〜1Vくらいの信号レベルがあたりまえですが、当時のプリアンプのライン入力は低いもので50mV、高いものでも200mVくらいで、100mVあたりに設定するのが一般的でした。メインアンプ入力が1V程度で最大出力なので、プリアンプは10倍の利得を持つのがあたりまえだったように思います。いまどき、ラインアンプで10倍もの利得があったら使いにくくて仕方ないですが当時はこんなものだったのです。

そこで、利得配分ですが、PHONOのMMカートリッジ入力が4mV、ライン入力が100mVなので、PHONOイコライザの利得は25倍程度です。これを1000倍程度増幅してコンデンサヘッドホンを駆動します。
工事中
<PHONOイコライザ・アンプ部>

PHONOイコライザは少々変わった構成です。2段構成のシンプルなものですが、初段がPNPタイプのローノイズ・トランジスタ(2SA640)で、次段はJFET(2SK30)を使っています。当時はローノイズ型のPNPトランジスタが登場しはじめた頃で、PNP-NPN構成の回路が流行していました。通常なら、2段目はNPNトランジスタの2SC1222あたりの起用になるところ、JFETが使えないだろうかと思って設計してみたのが本回路です。

次段に入力インピーダンスが高いJFETを置くことで、初段で非常に大きな利得を稼ぐことができます。一方で、2段目の利得はたいしたことありません。そのバランスがなかなか難しいです。また、DCバランスを取るのも難しく、本回路では初段のコレクタ電流はわずか16.5μAです。当時、コレクタ電流をここまで減らしてしまった回路例は見当たりません。それでも、計算上は成り立っており、思い切って製作してしまいました。

残念ながら当時の測定データは失われてしまったので、シミュレーションをした結果とRIAA特性の両方をグラフにしたのが右図です。赤がRIAA基準特性、青が本回路の特性です。十分に±0.3dBの偏差に収まっており、申し分ないと思います

このPHONOイコライザは、色付けのない素直な音がしました。簡単な回路なので、電源電圧と利得を見直してもう一度作ってみたいと思っています。

<コンデンサヘッドホン・アンプ部>

当時の乏しい知識で思いついたのは、LUXがメインアンプで多用していたムラード型を変形した直結型の位相反転回路でした。STAXの自作推奨回路では、12AU7を使い、プレート負荷抵抗に47kΩがついています。つまり、コンデンサヘッドホンは内部抵抗が10kΩ程度の増幅回路で駆動が可能なわけです。トランジスタを使った2段構成のフラットアンプでこの位相反転回路をドライブしたら、そのままコンデンサヘッドホンが鳴らせるのではないかと思ったわけです。これも、当時発表されたばかりの高耐圧トランジスタ2SA639と2SC1279があったおかげです。この2つのトランジスタがなかったら本機は成立しませんでした。

12BH7Aのような低μ球をこのような使い方をした場合、プッシュプル出力のバランスは決して良くありませんが、そこは目をつぶって結果良ければ的に作りました。プッシュプル・バランスは共通カソード抵抗値が大きいほど有利ですから、前段との直結電圧は85Vと高めに設定してあります。15kΩのかわりに定電流回路を使えば、もう少し低い電圧でもよくなりますし、B電圧の利用効率も良くなります。これから製作される場合は、前段のB電圧を150Vから100V〜110Vくらいに下げ、共通カソード抵抗は定電流回路にしたらいいでしょう。

<電源部>

電源トランスは500円でみつけてきたジャンクを使いました。170V巻き線と16V巻き線を持ったカットコア・トランスですが容量は不明です。電圧配分からみて、ニキシー管点灯用のトランスではないかと思います。本機の全消費電力から考えて十分に余裕があると思われたので採用しました。170Vを倍電圧整流して435Vを得ています。得られた整流出力電圧からみて、トランスにはまだ余裕があると思われます。ヒーターは16Vから抵抗でドロップして約12.6Vを得ています。

<使用半導体>

半導体名 Make VCEO Ic(max) Pc HFE 接続
2SA640 NEC -50V -50mA 250mW 450 ECB
2SA639 NEC -180V -50mA 250mW 100 ECB
2SC1279 NEC 160V 50mA 250mW 120 ECB

半導体名 Make Pd Vd Id(max) gm 接続
2SK30 東芝 -50V 10mA 100mW 1.2〜 SGD


■特性と音

残念ながら、このアンプの測定データは残っていません。回路の各定数を見る限り、今日の感覚からみても若干狭帯域の感はぬぐえません。しかし、コンデンサヘッドホン専用アンプとしてみると、SRD-5をしのぐ音が出たことは確実で当初の目的は達成できました。高域の甘さがとれましたし、なんといっても音の透明度がワンランクアップしました。ハムは皆無で、PHONOイコライザも十分な低雑音性能が得られました。実家にあったVictor製のSEA付のステレオセットのPHONOイコライザよりも良い音であったと記憶します。このアンプは、当時の私の主力プリアンプとして愛用し、夜な夜なSR-3を鳴らしていたのでした。今、思い出してもその音が思い出されるとてもなつかしいアンプです。

■PHONOイコライザの利得アップ

現代的な利得配分にするために、本機のPHONOイコライザに利得をアップさせた場合のシミュレーションをしてみました。変更ヶ所は以下のとおりです。

場所変更前変更後
電源電圧28.5V38V
初段バイアス回路15kΩ16kΩ
初段コレクタ負荷220kΩ270kΩ
初段エミッタ・コンデンサ33μF100μF
初段エミッタ抵抗1.5kΩ470Ω
RIAA負帰還素子470kΩ560kΩ
次段ソース抵抗3.3kΩ4.3kΩ
次段ソース・コンデンサ100μF470μF
次段ドレイン〜ゲート間コンデンサ47pF22pF
出力コンデンサ0.33μF0.68μF

1kHzにおける利得は38.9dB(87倍)です。各部の定数を見直し、電源電圧を38Vまで上げることで裸利得を稼いでいます。この時のRIAA特性は右のグラフのとおりとなりました。

これから製作されるのであればこちらの回路定数の方がいいでしょう。初段トランジスタは2SA640である必要はなく、入手容易な2SA970でOKです。その他、2SA836、2SA1085も使えますが、Vce-satが高い2SA872はだめです。2SK30には1.5mAを流しますのでGRクラスを推奨します。GRが手にはらない場合は2SK246にしてください。。


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