本音爆裂・神経逆撫

師匠と弟子のいいたい放題-28


平ラグパズル
2006.9.14

弟子 「このところすっかり涼しくなりました。」
師匠 「昨晩は急に冷えたので、猫を抱いて寝てたよ。」
弟子 「いやがったりしないんですか。」
師匠 「むこうの方が寒がりだから、逆に擦り寄ってくるんだ。猫の行動を見ている季節感があるね。」
弟子 「いよいよ半田ごてと真空管の季節ですね。」
師匠 「やっぱり、何をするにしても気温は低めの方がやる気が出るな。暑いと怠惰になっていかん。」
弟子 「今回のお題はどういう意味なんですか。」
師匠 「あ、平ラグのことね。よく人に聞かれるんだよね、なんでプリント基板使わないのかとか。」
弟子 「そういえば平ラグを良くお使いですね。」
師匠 「いろいろなことが重なって、なんだかんだいいながらこうなってきちゃったんだよ。で、そのいらへんの話をしようかと。」
弟子 「じゃあ、パズルというのはどういう意味ですか。」
師匠 「まあ、それはこれからゆっくり説明するよ。」
弟子 「じゃあ、まず、平ラグを使うようになったきっかけというか、理由はなんでしょうか。」
師匠 「はじめて作った3球スーパーラジオでは使ってないな。もっぱらL型の立ラグを使ったし、改造してトーンコントロールをつけた時はユニバーサル基板を使った。そもそも、当時平ラグなんて知らなかった。」
弟子 「その後はどうなんでしょう。」
師匠 「トランジスタ・アンプしか作らなかったからすべてプリント基板だよ。」
弟子 「へー、そうだったんですか。意外な感じがします。」
師匠 「半導体回路で部品を密集させて小型化するんだったら、プリント基板が一番だろう。」
弟子 「じゃあ、真空管アンプに手を出してからですか、平ラグを使ったのは。」
師匠 「真空管アンプの作例を見ると、その多くは真空管ソケットのピンやアース母線を使って抵抗やコンデンサを取り付けているね。中継端子がどうしても必要になるとL型の立ラグを使って補ってやる風な。」
弟子 「あれはあれで美しいと思います。」
師匠 「僕もそう思う。それで済むなら済ませたいとも思うけど、真空管アンプで半導体を使っちゃうと端子が絶対的に足りなくなる。特に、3本足の半導体をL型の立ラグ使って実装するのはすごくやりにくい。」
弟子 「そこでどうするかですね。」
師匠 「そう。プリント基板に行くか、何か別の方法を考える。」
弟子 「プリント基板にいかなかったのは何故ですか。」
師匠 「作るのめんどくさいから。」
弟子 「ユニバーサル基板があるじゃないですか。」
師匠 「真空管アンプの場合耐圧の問題があるから駄目だよ。パターンが接近しすぎ。」
弟子 「たしかに、2.54mm間隔のパターンでB電源這わせるの怖いですね。」
師匠 「1個おきにすればいいかもしれないけど、それじゃ美しくないし。」
弟子 「めんどくさがらずにパターン作ればいいじゃないですか。」
師匠 「昔っから思っていることなんだけどさ、1台の自作アンプにプリント基板つかうのってどうなのかなあって。」
弟子 「え、どうしてですか。」
師匠 「プリント基板のメリットは量産した時に発揮されるんじゃなかったっけ。」
弟子 「それはそうですね。」
師匠 「工場の製造ラインで使うから半田づけも一発でできるわけだし、生産性が高くてコストも安くなる。」
弟子 「でも、自作行為そのものが非生産的な側面が濃厚なんだから、師匠、それはあまり説得力ないですね。たった1枚の基板のために丁寧にやるわけですよ。」
師匠 「それもそうだな。一方でシャーシの穴あけをこりこりやってるわけだから、理由にはならんか。」
弟子 「もうちょっとましな理由をお願いします。」
師匠 「プリント基板はね、パターンを間違えたらアウトだ。」
弟子 「師匠はしょっちゅう配線間違いしてるみたいですからそれは重要だと思います。平ラグだったら直すの簡単ですもんね。」
師匠 「ラグのいいところはさ、後から部品を取替えやすいんだよ。」
弟子 「いえてます。一旦プリント基板に取り付けた部品をはずすのって、ものすごく気が重いです。第一、基板そのものをはずして裏返さなきゃならない。」
師匠 「だいたい自作アンプなんてものはさ、いつまでたっても試作品みたいなもんだし、いつでも気軽に回路を変更したり部品を取り替えられるのは重要だと思わないか。」
弟子 「それは人によりけりでしょう。後々いじろうとは思わないで、完成度の高いきれいに仕上がったやつを作りたい、という人だっていますからね。」
師匠 「僕の場合は、後になってから必ずといっていくらい改良の余地が発見されるのでプリント基板はやはり具合が悪いわけ。」
弟子 「平ラグになった理由のその一は後から修正がしやすい、ってことなんですね。」
師匠 「そゆこと。」
弟子 「でも、それだけじゃないんでしょう?」
師匠 「え?」
弟子 「だって、それで終ってしまったら今回のテーマはここでおしまいになってしまいますけど。」
師匠 「そうさな、プリント基板にしないもう一つの理由は、プリント基板のパターン設計はものすごく難しいというのがある。」
弟子 「ああ、一層構造だと交差できないとか?」
師匠 「そういうんじゃなくて、プリント基板特有の制約とか癖があって、それをちゃんとわかってないといい基板にならないというお話。」
弟子 「プリントパターンの銅箔は非常に薄いので電気抵抗が結構大きいから、油断するとその影響が出やすいって聞きますけど。」
師匠 「どれくらいの抵抗値があると思うね。」
弟子 「一般的な0.0035mm厚だと、幅1mmのストリップの場合、1cmあたり0.0048Ωですね。ということは長さが10cmになると0.048Ω、21cmで0.1Ωになってしまう。」
師匠 「僕が平ラグのジャンパーに使っているのは24AWGの銅単線なんだけど、これだと抵抗値は1kmで75Ωというから、1mで0.075Ω、10cmだと0.0075Ωだね。」
弟子 「一桁違うじゃないですか。」
師匠 「28AWGの細いのも使うけど、これでも10cmで0.015Ωだからやはり3倍の開きがある。」
弟子 「6.4mmのぶっといストリップでやっと24AWGと同等ですか。」
師匠 「抵抗値だけで競争してもあんまり意味ないけど、1mm幅のストリップは結構電気抵抗があるということは知っておいた方がいいね。それから、通常サイズのストリップだと数cm程度でもインピーダンスが出てしまうので、どこから分岐させるかが非常に重要になってくるというわけ。」
弟子 「プリント基板のパターンでは最短につないじゃいけないということかしら。」
師匠 「そういうこと。回路によっては共通インピーダンスができないようにあえて迂回させなければならないことがあるのさ。」
弟子 「耐圧とかはどうなんでしょうか。」
師匠 「いろんな規格があって、JISだとAC100Vを扱う場合のパターンの間隔は0.508mm以上、ってことになってる。」
弟子 「へー、そんなもんでいいんですか。」
師匠 「実はダメなんだ。電取法では2.5mm以上を要求している。」
弟子 「じゃ、350Vだったら?」
師匠 「5mm。」
弟子 「それはきついです。線路が複数あったら面積ばかり食ってしまってパターンにならないじゃないですか。」
師匠 「導線だったら余裕だろ。」
弟子 「高圧を扱う真空管回路では、安全ルールを守ってプリント基板使うのは結構難しいんですね。」
師匠 「というか、昔ながらの配線というのが結構理にかなっている面もあるんだよ。但し、工数がかかるし、作業者のスキルに依存するから量産には向かない。」
弟子 「ちょっと思ったんですけど、回路インピーダンスが低くて大電流を扱う半導体アンプこそ、プリント基板は不利なんじゃないでしょうか。」
師匠 「真空管アンプに比べて部品点数が圧倒的に多いし、部品の構造が最初っからプリント基板への実装を念頭に入れているから、痛し痒しだね。」
弟子 「じゃあ、平ラグの欠点はどうなんでしょうか。」
師匠 「あるよ。何と言っても実装密度においてプリント基板には勝てない。」
弟子 「でも、全段差動PPアンプみたいに、数個程度の半導体を扱うんだったらこれでいいと思います。」
師匠 「それから、穴の位置の自由度がない。」
弟子 「それくらいですかね。」
師匠 「うん、そんなもんだと思うね。」
弟子 「実装密度については、工夫次第で結構いけると思っているんですけど。」
師匠 「そうなんだ、だから『平ラグパズル』なんだよ。」
弟子 「全段差動ベーシックアンプを3段化するための追加ユニットなんかは、平ラグがあってヨカッタ的なところがあると思います。」
師匠 「これだと、プリント基板を使ったとしても大きさはあまり変わらないと思うし、なんといっても200円かそこいらの平ラグ1個買ってくれば誰でもすぐにできてしまうのがいいね。」
弟子 「ところで、このような平ラグの使い方は一般的なんでしょうかね。」
師匠 「記憶をたぐると、40年くらい前にこういう使い方をしたのを見たことがあるんだ。これが何だかわかるかい?
弟子 「あ、AMか何かのトランスミッターっぽいですね。」
師匠 「昭和40年代の初歩のラジオに掲載された、泉弘志さんの製作記事からの抜粋だよ。」
弟子 「もろに平ラグを使い切ってますね。」
師匠 「だろ?こんなのがほとんど初心者で金がない僕にも作れてしまったのは、平ラグのおかげではないかと思うよ。このシリーズには2SC838を2個使ったFMトランスミッターもあって、一発で動作したのを覚えている。」
弟子 「はは〜ん、さては師匠の平ラグ好きのルーツはこれだったんですね。」
師匠 「正解。安い、簡単、誰でも作れる、性能が出しやすい、追加修正が簡単、汎用性が高い・・・ほら、いいことずくめじゃないか。」
弟子 「ところで、平ラグをうまく使うポイントってあるんですよね。」
師匠 「もちろん、あるさ。たとえば、こういうのはどうだい?」
弟子 「あ、平ラグのパターンシートですね。」
師匠 ここに置いておくから、欲しい人はご自由にダウンロードして使ってくださいな。」
弟子 「配線パターンなんかでは、どんな工夫をされてますか。」
師匠 「これは差動ヘッドホンアンプの平ラグパターンなんだけど、どう思う?」
弟子 「うまく詰め込んだなあって。」
師匠 「じゃなくて、一定のルールがあるんだけど。」
弟子 「わかりません。」
師匠 「これをユニットとして組み上げてからシャーシ内に実装するとしてさ、配線する時に何か感じない?」
弟子 「あ・・・これ、組み込んだ後の配線がしやすいですね。」
師匠 「そういうこと。周囲とつなぐ端子、たとえば「IN」とか「E」とか「B+」とか、すべて穴が遊びになっているんだよ。」
弟子 「なるほどね、これだとシャーシ内に取り付けてからでも無理なく配線作業ができますね。ところで、こういう無駄のない配線パターンってどうやって考えつくんですか。」
師匠 「こつが知り合いかね。」
弟子 「当然です。」
師匠 「そんなもの、ないよ。」
弟子 「え、じゃ、どうやってこれができたんですか。」
師匠 「パターンシートを使って、何度も、何度も、何度も書き直した。」
弟子 「地道に?」
師匠 「そゆこと。何度も書き直してゆくうちに、ここがまとめられる、ここがスマートに収まる、みたいな感じでちょっとずつひらめいてゆくんだよ。」
弟子 「なーんだ、そうだったんですか。」
師匠 「これは、『平ラグパズル』という高度な頭の体操。」
弟子 「はあ。」
師匠 「頭を使うのって、ほんと、面白いね。」
弟子 「・・・。そういいうのは、はっきり言って苦手です、私。」