1U Sized Tube Mic-Pre Amplifier
1Uサイズ真空管式マイク・プリアンプ


上の2台が本機、下はDigidesignの002Rack、これでマイクロフォンは6本のマルチレコーディングができる


■マイク・プリとは

レコーディングの世界でもデジタル化は著しく、2000年を過ぎてから大変な勢いでデジタル・レコーディング機材が普及しています。今やマイクロフォンとパソコンとちょっと気の利いたオーディオ・インターフェースがあれば高品質のデジタル録音ができる時代になってしまいました。廉価なオーディオ・インターフェースでもファンタム電源付きのマイク・プリアンプが最低2チャネル分はついているので、ここにマイクロフォンをつなげば録音開始OKです。ミキシングもエフェクタもDAW(Digital Audio Workstation)と呼ばれるソフトを使ってPC上でできてしまうので、アナログ機材の出番はどんどんなくなっています。そんな中でも最後の最後までアナログが残りそうなのマイク・プリアンプの世界です。

SSL(Solidstate Logic)などのミキシング・コンソールのフロントエンドにはマイク・プリが内臓されていますから、わざわざ外からマイク・プリを持ち込む必要もなさそうに思えますが、現実はそうでもなくて特に重要なパートには何十万円もする独立したマイク・プリが良く使われますし、どのレコーディング・スタジオでもそんなマイク・プリを何台も保有しています。半導体式では何といってもルパート・ニーブ氏設計によるビンテージ・モジュールが一番人気で、今でも色あせることなく復刻版も含めてたくさん普及しています。一方で真空管式も負けてはいなくて、ビンテージ・モデル、現行モデルを問わずたくさん使われています。

そういうことなら1台作ってみよう、と思って製作したのがいきなり某スタジオの常備になって追加注文まできて4年が経ちます。本機は、その時のモデルをベースに再設計したものです。


■入力仕様

一人前のマイク・プリであるためにはいくつかの要件を満たさなければなりません。

(1)ファンタム電源内蔵のバランス入力

レコーディングで使われるマイクロフォンの定番というとノイマンのU87シリーズであり、AKGのC414であり、SHOEPSやDPA、SENNHEISER、audio technicaといったコンデンサ・マイクが知られており、一部の例外を除いていずれも48V仕様のファンタム電源で動作し、バランス接続で使用します。SHUREのSM57、SM58やElectroVoiceのRE-20といったファンタム電源を必要としないダイナミック・マイクも基本はバランス接続です。マイク・プリの入力回路をバランス入力仕様とするには、トランスを使うか、差動入力あるいはそれに類した回路でなければなりません。本機では、トランスは使わずに真空管式の差動入力としています。

平衡マイクロフォン入力だけでなく、不平衡のINST入力を持っています。加えてINST入力にはINSERTジャックが併設してあるので、ギターなどをつないだ時に本機のINSERTを使ってエフェクタを増設することができます。この機能はあるギタリスト氏からいただいたアイデアです。INST入力が不要な場合はジャックおよび連動スイッチをなくしてマイクロフォンと初段をじかにつないでください。

(2)ラインレベルのバランス出力

出力側もバランス出力が基本です。レコーディングの現場では今や600Ωのインピーダンス・マッチングを行う方式は事実上消滅したといっていいと思いますが、それでも600Ω程度の低いインピーダンス負荷に対して数V程度の出力が得られなければなりません。

(3)広い利得範囲

マイクロフォンはその方式によって感度にかなりの差があります。基準となる音圧を与えた時、感度の高いコンデンサ・マイクであれば20mV以上の高い電圧が出力されますが、ダイナミック・マイクになると2mV以下というのが一般的ですし、最近復活のきざしをみせているリボン(ベロシティ)・マイクではさらに低い出力しか得られません。マイクロフォンが使われる場面もさまざまで、ブラスの10cm先で爆音を拾わされることもあれば、ホールの片隅でもっぱら残響を拾うこともあります。こういった極端に広いダイナミクスに対応するためにマイク・プリアンプは10倍(20dB)程度の低利得から3000倍(70dB)くらいまでの利得対応能力が要求されます。それでも対応しきれなくてマイクロフォン側の減衰パッド・スイッチを使わなければならないことも起こります。本機ではトランスによる昇圧効果が期待できない真空管入力であるというハンディがあるため、利得幅は控えめに63倍(36dB)〜630倍(56dB)としています。リボン・マイクをオフで使った場合は利得が不足します。

(4)その他の機能

バランスの入出力を持ち、ファンタム電源がON/OFFできて、幅広い利得に対応できればマイク・プリとしては十分であるともいえるし、それだけでは足りないという声もないわけではありません。しかし、PCによるハードディスク・レコーディングでは、ほとんど加工しない状態で全てのトラックを記録し、後でゆっくり各トラックに対して調整・編集を加えてMIXする方法が主流ですので、このような使い方をする限り他の機能は必要ないともいえます。使用目的や考え方は一律ではありませんので、マイク・プリにイコライザやコンプ(レッサ)のような機能を必要とする人もいますし、そのようなマイク・プリも多数存在します。

ライブ・レコーディングで重宝するのはHPF(ハイ・パス・フィルタ)です。空調雑音や建物を含む環境全体から生じているバックグランド・ノイズは時として案外大きく、特性の良いマイクロフォン程これらノイズをしっかりと拾います。20Hzくらいに設定したフィルタではほとんど気休め程度の効果しかありませんが、40Hz〜160HzくらいのHPFがあると重宝しますが、本機はHPFは内臓していません。

楽器に近接した使い方をする場合にありがたいのがピーク・インジケータです。マイクアンプが飽和して歪が激増する少し手前-3dB〜-6dBくらいのところでピカッと点灯するくらいがいいでしょう。ネオン管は約60Vで放電開始するという性質を使ったシンプルなピーク・インジケータをつけています。


■出力仕様

出力仕様は明快で、信号レベルは+4dBmすなわち1.228V、平衡出力が標準です。負荷インピーダンスは、いまどきの機材のライン入力インピーダンスは10kΩ〜50kΩですが、何かのはずみで入力インピーダンスが600Ωビンテージ機材にぶつかるとも限らないので、一応、600Ω負荷でもベストな性能はでなくてもとにかく破綻しないようにしてあります。ヘッドルーム・マージンをどれくらいにするかですが、+20dBくらい、すなわち7.75Vあるのが理想です。600Ω負荷であっても7.75Vで歪まないためのバッファ・アンプが必要です。本機のヘッドルーム・マージンは、10kΩ負荷において+23dBくらいです。

■全体構成

本機の構成は下図のとおりです。

入力信号はファンタム電源の脇を通って利得可変型のマイクアンプにはいり、30dB〜50dB増幅されます。マイクアンプの出力側にはネオン管を使った簡易型のピーク・インジケータがあります。マイクアンプ出力はレベル調整(いわゆるボリューム)を経てライン送り出しアンプに送り込まれます。ライン・バッファ・アンプの利得は6dBです。

総合利得は36dB(63倍)、46dB(200倍)、56dB(630倍)の3段階で、本格的なマイク・プリに比べると利得範囲がやや狭いですが、これくらいで十分に実用になります。

楽器に近接したマイクからの過大入力に対する耐入力特性が気になるところですが、マイクアンプ部の最大出力電圧が90Vrmsと強大なので、30dBの増幅率に対する耐入力は3Vほどもあり、いかなるマイクロフォンに対しても十分なヘッドルームが確保できています。



<マイクアンプ部>

マイクアンプは全段プッシュプルという贅沢な構成で、特に初段は定電流回路を使った差動アンプになっています。2段目は定電流回路は使わずにバイパス・コンデンサなしの抵抗1本で済ませていますが、こんな回路でも平衡度の向上には貢献しています。利得は初段カソード回路のインピーダンスを変えることで裸利得および負帰還の両方のバランスによって変化させています。初段定電流回路は、低雑音JFETの2SK30Aの"O"ランクからIDSSが0.9mA〜1.0mAのものを選別して使いました。この選別JFETは当サイトで頒布しています。



<ラインバッファアンプ>

ラインレベルのバランス出力を得るために半導体式のラインバッファを使っています。私のライン・プリアンプやヘッドホンアンプと同じ回路をバランスアンプ用にアレンジしてあります。JFETの単段差動増幅にエミッタフォロワをつけただけの至ってシンプルな回路ですが、私にとっては非常に多くの実績を積んだ練れた回路で、安心して仕事をさせられます。こんな簡単な回路は嫌だ、という方もまあ騙されたと思って使ってみてください。

このラインバッファの存在は少なからず本機のキャラクタに影響を与えています。2SK170はBLランクのものから精密に選別したものを使います。2SC4408が手に入らない場合は2SC3421で代用できます。



<電源回路>

本機は規模の割に電源回路が複雑です。電源電圧が異なる5種類のプラスマイナス電源が必要だからです。

種類電源電圧消費電流
マイクアンプ+243V8mA
マイクアンプ−10V−1mA
ラインバッファアンプ+21V30mA
ラインバッファアンプ−10V−30mA
ファンタム電源+48V7mA
ヒーター電源12.6V0.65A

電源回路の設計にあたっては、電源スイッチON/OFFにおける各電源の立ち上がり下がりのタイミングを考慮して各時定数を決めてあります。残留リプルは業務用として通用するだけのレベルまで落としてありますので、欲張ってこれ以上大きな値を投入する必要はありません。回路は至ってシンプルで特別な説明は要しないでしょう。電源回路のすべての部品は1本の20Pの平ラグに載せることができます。

ファンタム電源は非常に変わった回路で私のオリジナルです。このファンタム電源は、抵抗×2、コンデンサ×1のシンプルなしくみですがON/OFFの際のショックノイズが出にくいようにしてあります。この回路は、マイクロフォン側のファンタム電源のON/OFFにかかわらず、常時一定(約7mA)の電流をツェナダイオードに流している一種のシャント型定電圧電源です。ファンタム電源がONになると、28kΩと100μFによって電圧が急激に上昇しないようになっているためマイクロフォン入力に大きなショックがかかりません。ファンタム電源がOFFの時も、100μFに溜っていた電荷が徐々に放出されることでやはりマイクロフォン入力に大きなショックがかかりません。凝ったメカニズムでなくても、一見幼稚とも思える仕組みでも目的の効果は得られるという見本ではないかと思います。100μF/63Vのコンデンサはできれば220μFにした方がより安全です。


■全回路図

<アンプ部>


<電源部>



■あとがき

このマイクプリアンプは、実際にプロの現場で活躍中のモデルをベースに再設計したものです。ベースとなったモデルではマイク入力にトランスを配していますが、本機ではトランス・レスにしてより汎用性を高め、より幅広いソースに対応できるようにしてあります。実力としては、OLD-NEVE、Focuslite、TUBE-TECHといった著名マイクプリにひけを取らないだけの内容があります。



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