Goodbye Our House

さようなら、我が家


マンションのリフォーム

今から10年とすこし前、大阪転勤から東京に戻ってきて、調布に仮の住まいを借りました。転勤の間中、人に貸していた上板橋にあるマンションの内装に手を加えるためです。リフォームの準備は、ちょうど1年前からはじめました。

どんな雰囲気の家にしたいのかについては、話し合ってゆくうちに家族の思いがだんだん整理されてゆきました。家のイメージがまとまってきたので、おもだった家具を揃えはじめました。白を基調とした塗り壁風に、白熱灯のやわらかい明かり、ややダークで木目を生かしたオーク(楢)の家具の組み合わせです。家具のスタイルは、重厚でも、猫足でもない、クラシックな英国スタイルで、しいていえば1800年代のヴィクトリア時代に近い雰囲気ということになりました。

ところで、工事をどこの業者にお願いしたらいいのかが最大の問題でした。週末になると、新聞にたくさんのチラシがはいってきますが、大手業者の宣伝にはいまひとつピンとくるものがありません。どうしても、我が家の希望するスタイルに合わないのです。困り果てたある日、我が家の家具をお願いしている吉祥寺の家具屋さんに相談してみました。家具屋の店長さんも、我が家の難しいお願いにどうしたものかと、首をひねっていらっしゃったのですが、やがて、思い付いたようにある建装屋さんを紹介してくれました。

伊勢丹百貨店等の業務用の内装ほか、一流どころのお屋敷ばかりを請け負っているという話に、ただのマンションのリフォームがごときをお願いしてもいいのかどうか、不安ながらも早速紹介していただいて、こちらの思いをお伝えしたところ、快く受けてくださいました。社長さんひとりでやっているちいさな建装屋さんです。

おつきあいをはじめてみて、この社長さんのこだわりに圧倒されてしまいました。天井の白、壁の白、ドア等の白、どれもほんのわずかな違いなのですが、ていねいに色合わせをしてゆきます。イメージに合わせて色を作るのだそうです。ドアノブ、引き出しのちいさな取っ手ひとつを決めるにも、サンプルで確認し、ショールームに足を運ばなければなりません。建具はすべて、一から家のイメージい合わせてデザインを起こしてくださいました。

そうこうするうちに、別注の家具のデザインがはじまりました。たった60uの面積に、2つの寝室、巨大なリビングルーム、3人が同時に立てるくらい広いアイランド・キッチンを入れようというのです。既製の家具では、センチメートル単位でサイズが合いません。そこで、レコードケース、キッチンのローボード(いわゆるアイランドです)、チェスト、ベッドは注文することになりました。同時に、家具で使うニスと床材の色合わせもやりました。床よりも家具の方が、ごくわずかに濃い目に設定されています。

マンションは、中央に位置する部屋の採光がいつも問題になります。そこで、すべての部屋に窓をつけることにしました。つまり、家の中に窓があるのです。たとえば、子供の部屋の廊下側にも大きな窓をつけます。こうすることで、リビングルームからでも、子供がまだ起きているのか、もう寝てしまったのかがわかります。また、深夜、廊下に出たときでも、窓からほんのり明かりが漏れてくれて、他の家族の迷惑にならないように(強い明かりをつけなくても)洗面所までゆくことができます。寝室も同様に、天井ちかくに窓をつけました。この家の中にしつらえた窓は、換気をよくするという点でたいへん効果的でした。子供が、部屋にはいってドアを閉めて、プライバシーを確保した状態であっても、窓のすきまを風が通ってくれるのです。

このように、並々ならぬ思い入れの深いリフォームとなりました。元の内装はおろか、壁・天井・キッチン・バス・便器すべてを取り外し、一旦コンクリートむき出しの状態まで戻して、一から作り直したのです。

転居の決断

あれから10年が経ちました。子供は音大に行くようになり、さすがに練習場所の確保が難しくなってきました。いつも家族3人が一緒、というわけにもゆかなくなりました。パパは、買い込んだ真空管やら、作ったアンプの置き場がなくなってきました。家族ひとりひとりの衣装もずいぶん増えました。あらゆるものについて、無駄に持たないようにしてきたのに、気がついたらクロネコヤマトの収納便のお世話になっていました。おまけに、ねこが2匹いるというのは、マンションの規定違反です。もう、限界という感じになってきました。

かといって、あまり遠くに引っ越すわけにはゆきません。わが奥さんは、毎週、近所のテニス・クラブに通っていますが、そこでとてもすてきなお友達がたくさんできています。以前、調布からここ上板橋に引っ越した時、なかよしだった合唱の仲間とは分かれ分かれになってしまったといういきさつがあります。家族ひとりひとりの生活圏の大切さを思い知ったできごとでした。できれば、永くここに住みたい。でも、諸般の事情から無理がある。近くに手ごろな引越し先はないものか。

実は、ここだったらいいな、と思っていたマンションがあったのです。ちょうど一軒、売りに出た時に応募したのですが、優先客というのが現れてはずれてしまいました。何事も出会いとはよく言ったものです。たまたま、新聞にはいっていたチラシを見たわが奥さんと娘が見に行った現場というのが気に入って、ほとんど即断したのが今度の新しい家です。

新しい家を作るという楽しみもありますが、今、住んでいる家だってものすごく気に入っているんです。でも、これを売らなければ、新しい家に移り住むことはできません。引越しの日はだんだんと近づいてきてきます。幸い、我が家をとても気に入ってくださった方が見つかりました。少々、痛みも出てきていますが、これからも大切に住んで欲しいと思っています。いや、手放したからには、余計なことは言いますまい。

さようなら、我が家。幸福で素敵な10年をありがとう。


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